タイトル.03「呼んでもないけどヒーロータイム(後編)」
「しゅぱっ! しゅたっ! そりゃぁッ! どすこいッ!」
高層ビルの屋上を忍者のように乗り継いで移動するのは、カルラの姿。
「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待って、お願いだから待って! ひぃいっ!?」
相も変わらず肩に担がれたシルフィは悲鳴を上げるのみ。ラッパやシンバルに負けぬ騒音は文字通り風のように通り過ぎて去っていく。
「お願いですから一回止まってください! 話し合いましょう!? だから、ねぇええ!? いやあぁああッ!?」
カルラは仕事を引き受けた。シルフィはその額を手渡した。
仲間さえ助かるのであれば自分はどうなってもいいの精神だった。藁にも縋る思いでその救いの手を握ったのだ。
「無理無理無理ぃいいい!! 落ちる! 迫る! 吸い込まれるぅうー!?」
というわけで、仲間のとらわれている組合の事務所へと向かっているわけだが、シルフィは絶賛発狂中。
「盛り上がってるね、お客さん! もっとスピード上げちゃいましょう!」
「やめろぉおおーーーうわぁああああーーーーッ!?」
そりゃそうだ。高層ビルの真上を超高速で飛び越え移動中。それも結構なスピードで。そこらのジェットコースターやよりも刺激的な目に合う羽目に。
仲間さえ助かればとカッコをつけたものだが情けない。シルフィにとっては教訓になっただろうか。次からはもう少し覚悟を決めてから事を告げるべきかと。
「はぁ……はぁ……ッ、あのっ、カルラさん?」
「どうかしました? トイレなら、出発前にしてもらわないと困りますぞ」
「考慮もしないうえに、デリカシーも最悪とまでっ!?」
カルラのデリカシー欠如発言には殴りたくもなりそうになる。レディの扱いがどうとか言おうにも立場上贅沢は言えないのが現実か。
「……よかったんですか? あんな安いお金で?」
再度、問う。
少女一人軽々持ち上げビルの上を移動。異能力者相手にうまく撃退。
相当な腕利きと言ってもいい。そんな人物相手に『命を賭けさせる』額があの程度で本当に良かったのだろうかと。
「スッキリさえすれば、どうでもよろしいのです」
「私の事、ある程度は調べてたみたいですけど。見ず知らずにココまで」
「……まぁ、助けてあげたいと思った理由は話せば少し長くなるもので」
今から始まるのは、聞くも涙の物語。だなんて、前口上が聞こえてきそう。
下手な朗読会交じりのムカつく喋り方で、カルラは自身がシルフィの元へたどり着くまでの経緯を話していく。
「それはまだ太陽の眩しい夏の日のことじゃった……俺がこの街に来て、少し経ってからのこと。資金稼ぎにスリをして回ってたら、」
なんか、ヒーローにあるまじき、とんでもない言葉を口にした気がする。だが話を詰まらせるわけにもいかないのでここは敢えてスルーする。
「なんか、犬の耳が生えた女の子を見つけた次第で、」
「犬じゃありませんッ! 狼ですッ!!」
「おっと、分かってはいたけど相当怒るね。やっぱ」
犬。その言葉に対し、深い嫌悪を浮かべていた。
シルフィ曰く、頭の耳は犬ではなく狼のものらしい。
……彼女の場合。単なる種類の間違いとかではなく、別の理由で”犬”というワードに激怒しているのかもしれないが。
「動物博士ってわけじゃありませんが、そんな珍しいモノを見かけると興味の一つも湧いてしまいます。好奇心は人間のサガ。俺はそのサガに従って、謎の不可思議生物を追ってみたのですが、そこには涙ぐましいドラマがあったわけですよォ~……」
ハンカチ片手に、カルラは泣きの演技。
仲間の為に助けを求めて回っている少女がそこにいた。己のプライドがどうなろうにも頭を下げて。
「正義の味方として、放っておけません!」
仲間が何をされているのか。何故あんな目に合っているのか。その全てをしっかり把握したところで、今回の仕事を引き受ける事となった。カルラはそう告げる。
「……変な人」
シルフィは溜息を漏らす。
「自己満足のために軽はずみに足を突っ込んで。正義の味方の心得だとかダサいセリフだとかハッキリ言ってキショイ人。ホント不気味極まりない」
「ちょ!? 俺の優しさに惚れたかと思ったら罵倒の嵐!?」
「でも」
彼のショックなど目にもくれず、シルフィは言う。
「私も変ですね。貴方を良い人だと思えてしまう」
罵倒の後、不意に漏らす誉め言葉。
「どうしてなのか分からないけど」
「……いやぁ! アンタ、人を見る目があるねぇーーッ!!」
豆鉄砲を食らったようにピタリと止まったカルラであった。だが瞬間、カルラは目を輝かせながら、担いだシルフィの頭に手を添える。
「ひゃぁっ!?」
すると、飼い犬を愛でる様に撫でまわしたのである。それはあまりにも乱雑。反撃に噛みつきたくなるくらいの雑さだ。
「よっしゃ! 期待されているのなら応えるのがヒーローの務め!!」
「痛い痛い痛い痛い痛いッ!!」
撫でるどころか、ドライバーを捻るように人差し指を頬に突き付けてくる。
……前言撤回するべきか。
良い奴なのかどうか。こんなにも癇を逆撫でする。その指を嚙みちぎってやろうかとも考えた。
「さぁて、敵さんのアジトまで、あと何キロ……っと、その前にピットイン」
「うわぁああああ!?」
ビルから飛び降りると、たまたま目に入った自動販売機のところにまで一直線。その移動中、カルラは小銭入れから飲み物代を取り出していた。
「はぁ……はぁッ……!」
「お嬢さん、そろそろ慣れてもらわないと困りますぜぇ~?」
「ぜぇ……ぜんげん、てっかいっ……!!」
やはり前言撤回するかを考えた。
この男、心に悪魔でも飼っているのか。ここまで配慮のない図々しさと身勝手さを見ると良い人らしさなんて微塵も感じられなくなる。
シルフィは後悔した。己の発言の無責任さに。
「えっと、缶コーヒー缶コーヒー……むむっ、ブラックか微糖かが分からない。拙僧、文字が読めないもんで、どれが何なのか分からないのが不親切……よしっ! 茶色は大体微糖で相場は決まってる! 缶が茶色のやつにしますか!」
カルラは既にくたばりそうなシルフィを他所。独り言をベラベラ漏らしながらも感で缶コーヒーを購入する。
「カシャっとしてグビッ……ぷはぁ! 思いっきりブラックじゃん!!」
ハズレ。茶色の缶はブラックコーヒーであった。
「くぅ~! 英語に似た文字ではあるけど、そうとは限らないから裏をかいてみましたがァ……そのまま文字に従って買っておけば、痛い目見なかったかァー……」
何故、茶色がブラックなのか。そこは名前通り素直に黒い缶に入れるべきではないかとカルラは文句を垂れていた。
「……カルラさん」
「あっ、お嬢さんも喉渇いた?」
「アキュラと戦っている時。そして今」
あと一つだけ、彼に問う。
「おかしなことを口にしますよね。文字が読めないとか、異世界人がどうとか。私のような異種族が凄く珍しい、とか」
「まあ、言ったねぇ」
「違ってたら申し訳ないのですが」
少し間を開けて、呼吸も整ったところで最後の質問だ。
「貴方はもしかして、別の世界からやってきた……【
「……ふぅん。俺みたいなのはそう言われるのね」
一瞬。素に戻ったような気がした。
「俺みたいなのは割と珍しくないパティーンってやつ?」
「当たり前という程、日常的なものではない……でもここ最近になって、それも珍しくはなくなって」
「それって、もしかしなくても?」
カルラは空を見上げる。
「あの穴が原因かい?」
空に浮かぶ巨大なワームホール。
穴の中は宇宙のような漆黒が広がるばかり。カルラはそれを指さし、質問を質問で返してきた。
「なるほどね。まぁ、難しい話は大活躍のあとで」
カルラもまた、彼女に聞きたいことは山ほどあった。
「ささっと終わらせちゃいましょう」
だがカルラは言う。自身の事よりも先に、まずは目の前の仕事が先。
もう、目的地は目と鼻の先。
コーヒーを飲み干し、カルラは空き缶をゴミ箱目掛けて放り投げた。
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