タイトル.03「呼んでもないけどヒーロータイム(前編)」


 酒場を飛び出し、ゲロ臭い泥水まみれの路地裏を駆け抜ける。

 ドブネズミだらけの薄暗い世界から、ヒーローはヒロイン片手に脱出!


「ご到着ゥー!!」

 闇を抜けた先。彼らに待っていたのは、なんとも近未来な繁栄都市。

 見渡せば超高層ビルの羅列。空中ホログラムの巨大モニター。モニターにはそれぞれ放送中のチャンネルとテレビコマーシャル。

 液晶ビルボードにバス停の液晶ボード。空飛ぶバスに車両。あちこちにハイヴリッドな科学的大進化を見受けられる文化。

「かぁあッ! 朝日が眩しいッ!」

 そんな街を照らすのは朝一番に輝く太陽と、光を反射するソーラーパネル。

 太陽に向かって『おはようございます!』。カルラはヒロインを俵担ぎしたまま気持ちの良い目覚めを果たした。


『はぁ~い! 皆さん、おはよーございまぁ~す☆』

 朝の挨拶直後。彼に答えるかのように街全体のモニター全部が切り替わる。

『皆の妹アイドル・リンちゃんが朝九時をお知らせしますよ~☆彡 今日も一日、一緒に頑張ろうね! 私からのエールだよ! 頑張れ~♡』

 イルミネーションのように輝く金髪。先端は桃色に染まったショートカット。

 水着のように肌を晒す大胆な上着とスカートの衣装。金と黒、白と緑のニーソックスに虹色の手袋。

 とにかくハイカラなデコレーションが特徴的な小さな女の子が、テンション高く片手をあげて挨拶をしている映像だ。

『それじゃ! 今度は昼休みに会おうね♪ ごきげんよ~!!』

「無駄にテンションの高い二次元アイドルキャラのモーニングコール! あんまり、そういうのに興味はないけど、今日一日頑張りたいという気持ちは一緒だねぇ! おう、お昼休みまで頑張らせてもらうぜっ!」

 カルラは映像から消えたバーチャル・アイドルに対し敬礼!

 あのキャラクター。どうやらこの街では有名なアイドルだったりするらしい。特定の時間になったら全ての放送があの子の映像に切り替わるらしい。

 カルラ自身、バーチャルに興味があるわけじゃない。だが元気なのは嫌いじゃない。今日一日の元気をもらったと一礼。太陽に負けないその明るさぶりを賞賛していた。


「さぁて、まずは落ち着ける場所に行きましょうかね! オシャレな喫茶店か、或いはファミレスか……何なら、ホテルを一室取っちゃうかい!?」

 空気を入れ替えたところで、いよいよ悲劇のヒロインから聞く事を聞かなければ。

 シルフィが助けを求めている事は知っている。だが、その理由と全貌を知っているわけではない……それを今から彼女自身の口から一度聞く。

 落ち着ける場所ならどこでも良い。まずは彼女に判断を委ねる。

「お嬢さん、お好きなステージをどうぞ!シンキングタイムは30秒! それでは張り切って参りましょう! はい、よーい、」

「……」

 無駄にテンションが高いカルラの声にはシルフィは無反応だ。

 こんな絡むだけでもダルいテンションは無視決め込むのが定石ではあるかもしれない。ノリが悪いと言われようが逆ギレしても許される展開だろう。


「ひぃいいっ!!」

 カルラはシルフィに何か一つ文句を言いたい気分だった。

「……むむむ~?」

 この、耳障りで気分も悪くなる悲鳴が聞こえてくるまでは。

 カルラは足を止め視線を向ける。米俵のように肩に担がれたシルフィが、だんまりと視線を送る先へ。悲鳴もその方向からだった。




「犬なら主人の言う事聞けよ、おい?」  

 視線の先に広がる光景。

「や、やめて……」

 地に転がり助けを求めるのはガリガリに萎れた男。

 ガラの悪い大男はそんな萎れた男の頭を鷲掴みにし、耳元で何か呟いている。まるでボロ雑巾でも扱っているような粗暴さだった。

 頭を掴まれた男は大きな声を上げる事はしない。ただ小声で何度も同じ言葉を呟くのみ。頭から手を離してほしいと懇願するばかり。

「やめて欲しかったらちゃんと働け! 人間サマに逆らうんじゃねぇよ犬がッ!」

 鞭の代わりに、鉄パイプが飛んでくる。


 倒れていた男の頭にはが生えていた。

 人間の耳とは別に、獣のようにフサフサとした揺れる耳が。


「はぁ……はぁッ!」

「ほら、急げ!!」

 立ち上がった獣耳の男は逆らう事も出来ずに立ち上がり、あるべき場所へ戻る。

 それは馬車だった。引いているのは馬ではなく、彼と同じで動物の耳を頭に生やすのみ


「……ごめんなさい」

 シルフィは声を漏らす。

「すぐに、助けに来るからっ……!!」 

 歯がゆい気持ち。身を小刻みに震わせている。


「なぁ、そういえばウチが買い取った奴隷の一人が逃げ出って話らしいが、結局見つかったのか?」

「さぁな。ボスが言うには腕利きの便利屋を雇ったらしい。そいつに探して貰っているらしいが……まっ、見つかったら見つかったでだし、野垂れ死んでたら死んでたで別に問題ねぇだろ」

「だな! コイツらには餌も労働費も必要ネェからな!住所も人権も持たねぇはどんなに扱おうが文句を言われる筋合いがないのが嬉しいところ! 俺達人間サマに良い時代になったもんだよな!! ガッハッハ!!」

 男達は去っていく。異種族と呼ばれた者達・人間馬車を連れて。


「……おっかねぇでやんの」

 カルラはその場からシルフィを連れて立ち去った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 -----ここは聖界アウロラ。

 -----今いる街の名前は中央大都市・ロックロートシティ。

 アウロラの中でも一番の発展都市。数多くの人間と異種族がここへ訪れ、更なる工業発展と土地開発のため労働と商業を営んでいる。

 だがそれ以外、化学では証明できない文化も発展している。

 それこそ……異能力。即ち、魔法や術。俗にいうファンタジーだ。


 そう、ここは地球とは違う異世界と呼ばれる場所なのだ。

 君たちの住む世界とは違う、別の次元の世界なのだ。


「どうして、あんな酷い事を……命を命として扱わない粗暴を平然と!!」

 喫茶店。レストラン。その他諸々場所を探したが……

 例の一件もあって、アチコチに警察がいて邪魔で仕方ない。何とか人目の離れた場所を見つけ出し、事情を聴きだすとなる。

 中央の街の風景から離れた展望台。自販機前のベンチで二人きりとなった。

「あれが……人間のする事なんですかッ……!!」

 到着するや否や、シルフィは抑えていた感情を吐露している。

 強く何度も、何度も鉄の柵を殴り続けている。華奢な体、小柄な体、そこからはイメージも出来ない大きな怒りを感じられる。


「……お嬢さんが助けたいのは、あの方々?」

 この世界には、そこらの人間とは少し違う特徴をしたなる存在がいる。この世界では多くの種族が手を取り合って生きているのだ。

「そうです」

 ……ただし、一部種族を除いて。

 人間とは思えない扱い。家畜にも似た非道な扱いを受ける者達もいた。

「オーケー。あの光景で何となくだが状況は理解した」

 朝っぱら。カルラは唯一手入れをしていなかった爪を切っている。

 大暴れしたことで荒れに荒れた爪にはマニキュアを塗って彩りを戻す。香水もかけ、仕事内容の確認をしながら、最後のエチケットをしている。


 少女の名前は【シルフィ・アルケフ・スカイ】。異種族の一人だ。

 そして、街で見かけた他の異種族達。シルフィが助けようとしている仲間とやらが、その例の非道な扱いを受ける者達だった。


「私は、あんなクソみたいな人間から仲間を助け出したいんです……!」

「コラッ、女の子がそんな汚い言葉を使ってはいけません」

「思ったことを言ったまでです……あんな酷いモノ見せられてッ……!」

 背中を向けたまま会話をするカルラに反論する。

 シルフィは赤く目を光らせ、歯を尖らせている。爪もそこらの人間と比べてナイフのように鋭い。まるで狼人間だ。

 シルフィはカルラを睨みつけていた。これ以上反論するのなら、その首を食いちぎってやろうかと威嚇するかのように。

「……まぁ。見てて心地良いものじゃなかったけどさ」

 カルラはその形相を見てはいない。だが背中越しでもわかる。

 荒い息、そして声のトーン。溜息交じりにカルラは首を横に振った。


「人間に一人や二人あんな卑しい奴。幾らでもいるよ。悲しい事にさ」

 手入れを終えたのか、カルラはマニキュアを手荷物のポーチの中にしまい込んだ。

「あなたも同じ人間なのに……正義のヒーローを主張しているのに、綺麗もクソもない事を言うんですね」

「だから、ぶっちゃけ言っちゃうんですよ……そういう人間を沢山見てきたから、お嬢さんみたいな人の味方をしたくなる」

 何度見ても、真面目さの欠片も感じられない。

 カルラはシルフィの頬に触れながらキザなセリフを吐いている。そのヒョウキンな目つき、軽はずみな口ぶり。物事の重要さを左程考えていないような軽薄ささえも、その行動から感じ取れてしまう。

「……触らないでください」

「おっと失礼。セクハラで裁判は勘弁で」

 しかし、シルフィは心の奥で嫌悪を抱きながらも感じていた。

 この男の実力は本物である。腕利きの便利屋、アキュラ・イーヴェルビルを追い返してみせた。


 -----この男なら、仲間を助けてくれるかもしれない。

 地を這いずって足を舐めてでも懇願して、頼み込むべきかもしれない。

 これがきっと、最後のチャンスなのかもしれない、と。


「カルラさん、って言いましたよね」

「その通り! 最強無敵のファンタジスタで正義のヒーロー。大日本帝国の、」

「まず一つ。ありがとうございました……助けてくれて」

 カルラの言葉を遮る。あんなクソナガ自己紹介はもう御免だ。

「あ、ああ、いいってものです……」

 ちょっと残念そうにうなだれた、が。

「正義のヒーローとして、当然のことをしたまでですから……くぅーーー!! 一度でもいいから、言ってみたかったんだよねぇー! こんなヒーローみたいなセッリフゥー!!」

 名乗り向上を邪魔されてテンションが落ちていた。だが、人生において一度でもいいから言ってみたかったセリフを口に出来たことに一人感動していた。

「……助けてはくれるみたいですが、いくらで動きますか」

「こらこらー、人の話は最後まで聞くのが筋ってもんでしょう~。コッチは自己満足でお嬢さんを助けるんですぞ~。それにヒーローは見返りを求めないんですぜ……って言いたいところですが、そんな贅沢言えないのがブラック社会の悲しいところ」

 ちょっと残念そう。ちょっと面倒そう。

 どちらとも取れる表情をしながらも、カルラはシルフィの腕から報酬金の入った小さな巾着袋を奪い取った。


「服のクリーニング代で手を打ちましょう。どうでしょう?」

 命をかける仕事になる。しかし、カルラは小額の金で引き受けた。

 本当ならば疑うべきだろうか。何か裏があるのではないかと。何か企んでいるのではと、このカルラという男の事を。

「……お願いします。仲間を、助けてください」

 しかし、今のシルフィにそんな疑う時間などあるはずがなかった。

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