タイトル.02「英雄気取りのヤローが来た!(前編)」


 ただでさえ冷めきっていた空気がより氷点下を突っ切っていく。

 

「いいか!長いから名乗るのクッソ面倒くさいんでねェ……一度だけだぞー! 絶対一度しか言わないからな! リピートはしないからよーく聞けー!」

 聞いてもいないのに自己紹介と職務回答。面倒なら言わなければいいのに。

「俺の名は【カミシロ・カルラ】! 大日本帝国総督直属護衛隊長及び、第十八独立強襲部隊隊長ッ! ジャパンで俺の名を知らねェ奴は誰一人としていないッ! 日の丸印の国旗を背負って戦うスーパーヒーローってところで、夜露死苦ゥー!」

 死後まで挟んで喧嘩口調。その場にいる全員に高らかに宣言!


 ----『自分は故郷背負って戦う正義の味方です』

 カミシロ・カルラ。男は自身をそう名乗ったのだ。





「「「「「……」」」」」

 もしかしなくても閑古鳥。

 ここまで静まり返ると逆に清々しくも思える。コーヒーメーカーの音がしっかりと聞こえるくらいの静けさであった。


「……俺の名はカルラッ! 大日本帝国の、」

「一回しか言わないんじゃなかったのかよ!」

『言い返さなくてもちゃんと聞いてました』。そう突っ込むよりも先に、『聞きたくないからもう黙れ』と即答するのが先だった。

 絶妙なタイミングでの静止。これには周りの客も思わずホッとする。またあんな意味不明なクソナガ自己紹介を聞く羽目になるところだった。

「……ったく、黙って聞いてればよ」

 ここまで苛立つとむしろ冷静になれる。

 不思議な感覚に可笑しさすらも覚えた金髪少女は人差し指を突き返す。

「最強無敵? ファンタジスタ? 正義の味方ァ?」

 男が口にした言葉の羅列をリピートする。

「笑わせんな! どれも自称するのは御法度なモンじゃねぇか、似非エセモンっ!!」

 胡散臭いにも程がある。そう言い返した。


「お前が今から女の子一人庇ってヒーロー気取りでもやるつもりなのかよ?」

「気取りじゃねェ。正真正銘ヒーローなんだって」

「何の得になるんだよ」

「そりゃぁ、言われなくても分かるでしょ~。奥さ~ん」

 大した見返りがあるとも思えない。単なるカッコつけならデメリットが多すぎる。

 彼は本当に事情もよく分からない見知らぬ女の子を助けるだなんて偽善を行おうとしているのか。



 正解。ベストアンサー。

 この男、本当に見知らぬ少女を事情も分からず助けるつもりだ。


「よしっ……お前が私の事を気に入っていないということだけはよーくわかった」

 少女は呼吸を整える。

「んで、私もお前の事が今世紀最大レベルで嫌いだ! 排水溝でチョロチョロしているゴキブリよりも嫌悪が湧いてきた!!」

 グローブの付けられた右手を広げる。

 まただ! またその右手に熱気が込められていく!!

「職業柄、乱暴が許されるんだよなァ、オレはッ! 業務内容と契約内容に従って、ちょっとくらいは痛い目あってもらう! 文句は言うな不細工ゾンビィ!!」

 彼女は便利屋。職業柄法律上許される暴力行為と弾圧行為。

 そして契約者であるお偉いさん側もそれなりの強引は許されている。何せコレは……裏の業界での話なのだから。

「いけないッ! 逃げてぇえッ!!」

 シルフィは叫び出す。

 これが、正真正銘最後の警告となる。

「嫌だね」

 しかし、その警告をもってしても、これだけ覇気迫る忠告であったとしてもカルラはそこから退こうとはしなかった。


「公務執行妨害ってやつだ……覚悟する間もなく、あの世へ逝け」

 炎を纏ったグローブの中指を突き立て、少女は告げる。


「なぁ、あの全身黒衣装! 炎を纏ったグローブって!」

「ああ、間違いない……<芥焼の姫嬢>マッド・ファイア!【アキュラ・イーヴェルビル】だ!」

「数百人近くの暴力団を一人で皆殺しにした、あの便利屋ッ!?」

 燃え上がる左手を前に、野次馬達が一斉に声を上げる。

 アキュラ・イーヴェルビル。この街のみならず、各地でその名を聞くようになった凄腕の便利屋だという。

「アイツと戦った野郎の大半は丸焼きにされたって話だ……おいおい、武器も何も持ってないあの兄ちゃん、塵にされちまうぜ!?」

「おいお前! 今からでも逃げるのをオススメするぜ!? そのセットした髪型がマヌケなアフロになる程度じゃすまないからなぁ!?」

 カミシロ・カルラが何者かは分からない。

 朝っぱらまで酒を飲んで大暴れ。大した迎えも来ない。こうして粗末な扱いを受けている奴がそこまで重要な人物だとも思えない。

 アキュラは容赦しないだろう。ここまでしょうもないことで仕事を邪魔されたのにも関わらず、しかも喧嘩まで売ってきた一般人に対してなら。


「心配ご無用! ヒーローは敗北しないのですよ。それが世の中のルールってやつなんですわ。そうなんですわ」

「だったら容赦なく……こっちもスッキリさせてもらうぜ……ッ!!」

 警告はした。否定の承諾も得た。もう躊躇う必要は何もない!


「ハエの羽音みてェな無駄口! 諸共燃え尽きろォーッ!!」

 右手から放たれたファイアボールが、カルラへ牙を剥いた。

「ダメェエエエーーーーーーッ!!」

 シルフィの静止の声も間にあうはずがない。

 あの男は、紅蓮の炎に焼かれて消えるしかない。


「……おっとと、悪ィが」

 カルラはそっと、ソファーにかけられた白いシーツの中へと手を伸ばす。

「お灸のセールスは間に合ってるんですよォー!!」

 シーツの中から何かを取り出し、構えたカルラ。




 だが、炎の到達が先だった。

 正面から炎を浴びたカルラは爆発に飲み込まれる。周辺にあったソファーに料理の空き皿。ロックアイスの詰め込まれたグラスが吹っ飛ばされていく。


 それだけじゃない。

 建物自体もその爆発で揺れ始める。男達もその衝撃に怯えて隅っこへと隠れだし、テーブルや椅子のニュートラルポジションのほとんどが乱れていた。

 建物は当然引火する。店の一部が吹っ飛んでしまっていた。


「ふっ……これでやっと帰れる」

 この炎の力。多少、力の加減と制御が出来るようだ。

 指先に残った炎。マッチの火を消す感覚で一息吹いたと同時、建物に引火していた炎は自然と消えてなくなっていく。

「文字通りスッキリだな」

 邪魔者もいなくなり、スカっとしたアキュラは再びシルフィの元へ。

「……ほら、行くぞ」

「な、なにも……なにも殺さなくたって!」

 シルフィは地へ叫ぶ。

「殺さなくたって……いいのにっ……!!」

 あの男がこうして痛い目にあったのは自業自得。関わらなければよかっただけの話。

「これ以上喋るな。とっとと行くぞ」

 罪悪感を浮かべているのならその必要はない。そんな言葉をかける時間もない。

 ここまで騒ぎになれば後々面倒な輩が押し寄せてくる。そうなる前にとアキュラは再びシルフィの頭へ手を伸ばそうとしていた。


「ほら、早く」

「……!」

 手を伸ばす直前、アキュラはシルフィの視線に違和感を覚えた。

(……なんだ、その目は)

 その瞳は驚愕ではある。地ではなく、カルラのいた場所へと向けられている。

 



「熱いねェ」

「!?」

 アキュラは振り返る。

「ピザ窯の中に入った気分だよ。ピザ窯を生で見たことないけど」

 炎と爆煙が消え去ったその視線の先。


 ----赤青白黒の大量の電源コード。

 ----繋がる先は、腰に引っ掛けられた謎の装置。

 “デジタル数値が幾つも表示されたメーターにコンピューター画面”……何かしらの機器のサーバーのように見える巨大なエネルギータンク。


「だがその熱さ。俺っちの行きつけのサウナくらい丁度いいか」

 そんな謎タンクの接続先には……握られた

 デジタルチックな装飾が色々と目立つ近未来的な刀。SF映画顔負けのサイバーデザイン。ビームに近い超高温度の熱エネルギーを纏った剣。


「我慢比べなら得意だぜ……負けなしだからなァ、俺っちはッ!!」

 不思議な剣を手に、ファイアボールを弾いたカミシロ・カルラ。 

 彼はまだ、死んでなどいなかった。

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