タイトル.01「ヒーロー、参上!」
アクビ。一目など気にせず愉快なマヌケ面。
「それとも……梅雨明けのセミの合唱? それもウルさいなぁ~ホント」
服装からして大人ではない。ここにいる少女二人よりは年上の印象だ。
「全く、ウルさくして叩き起こしやがってさァ~? 美貌ってのはしっかりとした睡眠が大事なのよ~? 夜は早く寝て、朝までグッスリ……って、もう朝じゃねェかァーッ!?」
もう一度眠りかかろうとした男は慌てて飛び上がる。
目覚めの一杯に中身の残っていたウイスキー瓶を飲み干すと、自分自身へドツきツッコミ。俗にいうセルフ式ノリツッコミというものだ。
「お母さ~ん、今何時~?」
飲み干したウイスキー瓶を窓ガラスへ投げつける。割れた窓からは空できらめく太陽の日差しが目覚まし代わりに差し込んできた。
「今日もお仕事あるわけじゃないけど、眠りすぎもよくないからねぇ~。ちょっと軽くジョギングの一つでも、」
「さぁ、要件は伝え終わったぜ。 大人しくついてきてもらおうか」
便利屋少女は突如現れた学ランの青年の事などガン無視。
「え? あ、あぁ! い、いやです!!」
誤魔化す様に、床の上でポカンとしているシルフィへと声をかけていた。
何とか空気を戻すつもりでいるようだ。というか二人は何となく直感していた。
この男に絡めばきっと面倒くさい事になる。
そこらの酔っ払いのオヤジレベルには取り扱いに難がありそうだ。
「無視してんじゃないよぉ~。こんなイケメンが訪ねてるんだから、あからさまな悪役の姉ちゃんは『何者だ、テメェ?』ってくらいは声かけなさいよ。それがオ・ヤ・ク・ソ・クってもんでしょ!?」
「ウッゼェーなァッ、コイツッ!!」
と思ったら向こうから絡んできた。
手早く話しを進めたいが全く進まない。こんなワケの分からない男のせいで。
便利屋少女は声かけるどころか酔いのままに張り付いて来る彼を何とか引きはがそうとする。ナメクジみたいに粘着してて鬱陶しい。
「おい! コイツはなんだ!? あのゾンビ紛いはなんだッ!?」
何とか引きはがし、青年を元の席へと蹴り飛ばす。
「じ、実はぁ……昨日からずっとここにいて、なかなか帰ってくれなくてぇ……」
カウンター席で一人、ちょび髭顔の小太り店主が人差し指同士を交差させながら回答してくれる。どうやら昨日から残っているという迷惑な客らしい。
「おい、コーヒーが何処にもないぞ。モーニングサービスとかないのかぁ~? 俺の一日は、朝のブラックコーヒーがなければ始まらないんだって」
「急にやってきたかと思ったら後ろの席を陣取って。他の女性のお客さんにナンパしたり、ピーナッツ一気食いチャレンジ挑戦したり……とにかく迷惑してるんです! 閉店だーって言ってるのに『夜はこれからだ!』とか言って帰らないし!」
話によれば……突然お店に現れ、そのまま奥でウイスキーや酒のつまみなどをある程度購入してドンチャン騒ぎ。
大量の酒を飲み干した後の彼はそれはもう面倒臭い酔っぱらいぶりを披露して、ちょっと大人な雰囲気のこのお店を無残な地獄絵図へと変えてしまってこの始末。
疲れ果てて眠ってしまった青年を帰そうと何度も声をかけたが、結局起きることなく朝まで放置したというわけだ。
一応の応急処置。姿が見えないようにシーツで隠しておいた。これくらいの無礼、許してくれなければ流石に精神がもたない。
「追い出せばよかっただろ」
「それがその……そのお兄さん、すっごく面倒で」
店主の言いたいことは分からなくもない。マジで絡むのが面倒な客だ。
「なぁコーヒー頼むよォ~。こんなハンサムが頼んでるだろォ~? あぁ……ねぇ誰か、耳かき持ってない? あと出来れば、マブい姉ちゃんを求む。膝枕と耳元で慰めの言葉かけてくれる40分コースでプリーズ」
マーーーーーーーーーーーーージで、面倒くさい。
飲み会直後、シラフの部下の介護がないとまともに電車も乗れない中小企業の中間管理職なりの出来上がりっぷりだ。相手にしたくないと言いたくなるのも真っ当な理由である。
「あぁ、そうだ。格好はバニーガールで。大好きなんだよね、バニーガール」
学ラン男は自身の頭に二本指を立てた両手を添えて遊んでいる。口でぴょんぴょんと何やら発しているが、ウサギの真似事でもしているのだろうか。
「……わりぃ。オレには手に負えねぇ」
あの男は無視を決め込むのがベストだ。『面倒な奴には絡むな』と偉い人も昔からそう言っている。ご愁傷さまと一言残して退散するのが賢い選択だ。
「とっとと行くぞ。どう見たって、 長居は禁物だろ……ほら」
酔っぱらいに変な絡まれ方をされる前にと、金髪の少女は地面に跪くシルフィに向って乱暴に片手を突き出した。
「だから、聞いてくれってぇ~」
面倒な絡みはまだ終わらない。またも寄ってくる。
「クッソ……言ったそばから!」
金髪の少女の片腕は学ランスーツ男に捕まれ、ピタリと止まる。
「泣いてる嬢ちゃんに乱暴はいけないぞ。そんな酷い事してたら、育ちの良い兄ちゃん達に振り向かれなくなっちまうぜ?」
「----ッ!?」
途端、背筋が凍った。
今の青年の目つき。その態度。その言動。
今の今までと九十度打って変わっての……変貌ぶり。
「ねぇ? 今の俺っち、スッゴイ格好よくなかった? シネマのA席でポップコーン片手の女子高生とかが一目惚れしちゃうレベルじゃなかった?」
「触れんなッ!!」
慌てて男を引きはがす。
アルコールが残っていたのかトロンとしていた瞳、フラつくようにヘナヘナだった体。聞くだけでも力が抜けてしまいそうな覇気のない声。
(……なんだ? 今の悪寒は!?)
だがそんな今までと違って、低いトーンであの男は耳元で警告した。
(この悪寒、何に対してのモノだ……!?)
今はもう、いつも通りのくだらないテンションのお兄さんに戻っているわけだが。
「引っ込んでろよ部外者」
「はっ! そういうわけにもいかないのが余の務めェ!」
歌舞伎なポーズで反対行動。引っ込むどころか再び前進!
空いた片腕で髪のセットを整え始める。顔面を隠すように倒れていた前髪を逆上げ、Yシャツもネクタイも整えていく。
「拙者ァ、見てしまったでござるよ! ダチ公助けるため必死に交渉して回ってる
「-----ッ!?」
少女シルフィは顔を上げる。
便利屋少女へと人差し指を突き立て、反抗的行動を続ける男の姿が視界に入る。
「そんな健気な少女がこんな生臭い油水舐めてるのを見ると気が引けまくり! そういう救いようのない昼ドラストーリーとかお断り……俺っち、見た目も心もハンサムでイケメンなのよ? わ・か・る? そういう頑張り屋には、ココアの一杯でも御馳走やりたい気分じゃない?」
わざとらしいウインクの一つも見せている。
やはり見てて思う。ウザイ。とにかくウザイ。視界に入れるどころか言葉すら耳にすれば蕁麻疹が浮かび上がりそうなウザさに吐き気を催す。
-----だというのに、なぜなのだろうか。
シルフィはその間だけ、学ラン男から目を離すことが出来なかった。
「……ああ、決まった。完全に決まったわ。来週の女性週刊誌のトップを飾ること間違いなしだわ。インタビューの内容、今のうちにデモンストレーションでもしちゃっておこうかなァ~?」
「おいおい」
片腕言いたい放題言われている金髪の少女は不快を露わにし始めている。
今すぐにでもヒビの入る音が響きそうな血の管を額に浮き立たせながら。
「何、不細工が気取ってんだ? キモチわりぃ」
仕事の邪魔をされた挙句に面倒くさい絡み。最後にはカッコつけの臭くて寒いキメセリフなんかも吐かれて臨界点突破。
理性こそ保ってはいるが怒りで我を失う寸前だ。便利屋少女は歯ぎしり一つ起こしながら男を睨みつけた。
「ハッキリ言って、寒いんだよ。そういうの……なぁッ!?」
怒りのあまり、便利屋少女は沸騰するかの如く熱くなる。
「……熱ぅう!?」
熱くなる。彼女の周囲の温度が途端に高まっていく。
それは比喩表現でも何でもない。明らかに彼女の周囲に熱気が溢れていく。
「えぇっ! えええええッ!?」
その叫び、当然の事である。その発狂、当たり前の事である。
「ウルさいのならテメェが黙ればいいだけだろうがよ!!」
なぜなら彼女の腕……その腕自体に灼熱の炎が纏わりついていたからだ。
「あちちちちッ!? あちちちィイッ!? 熱ィイーッ!?」
男は途端に距離を取る!
真っ黒こげ寸前! ムカデに刺されるよりも数億倍は痛い火傷と腫れの予兆に男はその場で派手にタップダンス! すぐさま近くにあったソファーに飛び込み、床掃除用の汚れたモップを何度も付けた汚水のバケツを体に被せた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」
焼け死ぬかと思った。男のキメ顔はあっという間に崩れ去っていた。
「あんまりカッコつけるなよ。似合わないんだよ」
ソファーで死んだように倒れている男。それをニタリと笑う便利屋少女。
---その右腕はマグマのような真っ赤な輝きと共に、燃え盛っている。
---それは地球に住む人間達になら理解などできない力。
漫画やアニメ。
そんなSF作品でなら一度は見たことがある【異能力】。
「あぁっ、あああ……ッ!」
シルフィの唸り声。
”いらない被害者が現れた”……シルフィはその罪悪感で顔をゆがめている。
「あぐぐぐっ! アッぶねぇ、ステーキになるところだった……!」
「痛い目あいたくなければ、今からでもおウチに帰りな。お前が散々飲み散らかしたメシ代は払っておいてやるよ……ほら、お前も何か言え」
呆れた表情で炎を引っ込め、シルフィへ告げる。
「分かってんな? これ以上長引けばどうなるか?」
「……はい」
シルフィは観念したように首を縦に振る。
脅迫と警告。この二つさえしておけば、そこらのビビリなら逃げてくれるだろう。
「あ、あのっ。これ以上私達には関わらな、」
「……帰りたくてもコレじゃ帰れないんだって」
ところがこの男。即答。
「女の子に払ってもらうとか、そんなカッコ悪くて情けなーい姿を見せちまったら子供達も泣いて呆れちゃうじゃないの。ここに子供いないけど」
汚水を被った学ランを一度抜いて搾る。水気を掃うと再び袖に手を通す。
「俺っちは美味いメシの食い逃げはしたくない主義でね。美味いモン御馳走になったのならしっかりと自分で払う。不味いメシ作る店はレビューであることないこと、メチャクチャ書くつもりなんでヨロシク」
余計な気遣いは無用だと男は告げる。
「あとさ。帰れない理由がもう一つ」
ズボンのポケットから取り出すのはワックスの入った小瓶。
必要分を片手に添付し、それを変に固まった短めの黒い髪に塗りたくる。モチャモチャと最近流行りのファッション風味に仕上げていく。
「俺っちさ、ヒーローなのよ」
なんの恥じらい一つなく。
「そういうことなので逃げられません。勝つまでは」
ダサく、寒い。ウザったく言い放つ。
「最強無敵のファンタジスタ! 通りすがりの正義のヒーローの大活劇! そうだな、第一話のタイトルは……」
ファッションも整え、声も態度も準備完了。
ドラムロールを口で。テーブルの上に土足で駆け上がる。
男は片手を突き上げ、宣告した。
「『ヒーロー、参上!』でどうよ?」
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