Ab≒HeRO ~自己満系自称ヒーローの異界冒険~
九羽原らむだ
アヴ・ヘイロ < Ab HeRO >
=EPISODE.01=『TAKE OFF a FANTASISTA』
<プロローグ>
体の強い者は蹂躙し、体の弱い者はのた打ち回る。
心の弱い者は卒倒し、心の強い者は支配する。
強い人間、そんな人物は自身からすればこう思う事だろう。
『勝って当然である』と。
弱い人間はその強さに憧れを抱き、尊敬の念を浮かべる。
嫉妬という怨念も浮かばれる。その力が崇拝の証として認識されるのだ。
本当に、そんな単純なものなのだろうか。
ヒーロー。そんな言葉、虚像以外の何物でもないだろう。
英雄など……災厄の悪魔と祟られる存在なのだ。
弱き者達は強き者達にそう呟くのだ。
---だが、我思う。
---力無き者、力を求める者、力を嘆く者。
---全ての弱い人間に、我はこう呟こう。
『弱く生まれた、お前達が悪い』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これでどうにか……ダメでしょうか」
小さな巾着袋をテーブルに叩きつける。
中身はすぐに数え終わる程度のしけた金。直後に少女は最後の問い。
「……舐めてんのか? 命張らせる額じゃねェぜ? コレじゃぁなぁ~?」
カウボーイハットの男は首を横に振る。
こんな少ない額じゃ割に合わない。そう言って金を突き返したのだ。
「そこを何とか! 足りない分は一生をかけてでも払いますから!!」
どこにでもいるような思春期少女のファッション。
緑色のショートカットの髪が靡く頭の上にはどこのブランドのものかも分からないキャップ。
少女はただ何度も何度も頭を下げて懇願する。突き返された金を何度も何度も提示するを繰り返して。
「嫌だね。悪いが他を当たってくれ」
カウボーイハットの男は呆れ気味にその場から去ろうとした。
巾着袋に再度手を伸ばすことは勿論しない。言葉一つ交わす事すらも時間の無駄だと言い放った。
「お願いします! どうしても! どうしても助けが必要なんです!」
「……勘弁してくれ。そもそも値段の問題じゃないんだ」
必死に縋り付く少女の体を押しのける。
「俺はお前ともアイツらとも関わりたくない。ここ数十年は遊んで暮らせるくらいの額は払ってもらわないと安すぎるぜ! まぁ、どれだけの額を貰っても引き受けるつもりはないがな!!」
これ以上、仕事の話をしても引き受けるつもりはない。だから、どいてほしい。
その一点張り。ここから先はどのような条件を出されても何もしない。カウボーイハットの男は言い切った。
「お願いします……お願いしますッ!」
だが、少女は何度も助けを乞う。諦めようとはしない。
「しつけェなッ帰ってくれ!じゃないと、コッチもやるべきことをやる!」
男の叫びが昼間の酒場に強くこだまする。
「ここで俺が叫んだらどうなるか分かるよなァ!? テメェは自分の立場とやらを理解すべきだと思うのだけどねぇ!? いいのか、叫んでも……」
少女にとってはありったけの金。だがそんな事情知った事ではない。
我慢の限界となった男はついに少女の体を押し飛ばす。小柄な体ゆえに手加減をしても容易いことだった。
「くっ……!!」
地に倒れ、尻餅をつく。
直後。少女の耳元で、カウボーイハットの男が呟く。
「『ここに恵みある【アルケフ】がいますよ』ってな」
「……!」
警告、というよりは脅迫といった方が近いだろうか。
「……申し訳、ありませんでした」
緑髪の少女はその言葉を前にして震えだす。今まで口にしていた無理な仕事の依頼を、その脅迫と共に飲み込んでしまう。
「つき合わせてしまって申し訳ありません」
緑髪の少女は金を手荷物にしまい、頼んだホットミルクの値段を払うためにカウンターへと向かっていく。
無念の表情は晴れることはなかった。しかし、少女は自身の立場を理解しているからこそ一秒でも早くその場を去ろうとする。
半ば逃げ腰。慌てるように。
これ以上この場に長居することは出来ない。そう少女は焦りを見せる。
「おおっと、見つけたぜ」
そんな挙動不審。隣のカウンター席からは声をかけられる。
「【シルフィ・アルケフ・スカイ】……おっと、今は違ったな? 仕事をさぼってこんなところで何やってる?」
黒い革のジャケット。チューブトップにショートパンツ。素肌の腕と脚には小道具をしまうためのホルスターが大量にまかれている。
綺麗に整えられたブロンド髪を靡かせ、黒の衣装を身にまとった少女は告げる。
「奴隷ナンバー、五号。将来有望な新人社員さん?」
「……何のことですか」
緑髪の少女はその声に対し視線を合わせることはなかった。その一瞬、目つきに明らかな嫌悪が浮かぶように鋭くなったようにみえた。
「とぼけるなよ。頭のキャップが不自然に浮いてるぜ? 耳のしまい方には気を付けなくっちゃいけねぇな?」
ブロンド髪の少女は頭に両手を添える。
動物の耳をジェスチャーで表現してる様、ニヤつき顔で忠告したのだ。
「え!?」
シルフィ。そう呼ばれた少女は、慌てて頭に手を添える。
「……バカ丸出しだな。気を付けないといけないのは、ファッション以外にもあったようだぜ?」
嘲笑。金髪の少女はシルフィを嗤う。
「くっ!! このっ……!!」
ハメられたことにシルフィは気づく。慌ててキャップから手を離したが、それはもう手遅れだ。
「まぁ、こんな問答やる以前に気づいてるんだがな」
金髪の少女は太腿に巻かれたホルスターの中から、スマートフォンを取り出した。
「そこらの奴が教えてくれるんだよ。お前は今、裏の方で手配されてるからな……金目当ての暇人達のネットワーク舐めんなよ。高飛びしたって逃げ切れやしねぇよ」
既に包囲網は張られている。
完全に包囲されたネズミに逃げる場所なんてどこにもない。ブロンド髪の少女は人差し指をくいっと、己の首元に向ける。
「とっとと、ご主人様のところへ戻りな。犬は犬小屋に戻れ」
「……犬じゃない」
シルフィはキャップを取り上げ、地面に叩きつけられる。
「私たちは犬なんかじゃないッ! 取り消せェッ!!」
----その頭には紛れもない、動物の耳があった。俗にいう犬の耳が。
ついにその鋭い瞳はブロンド髪の少女へと向けられた。
怒り、殺意。あらゆる感情にまみれた歪んだ瞳が。
「このセリフを吐いたのは私じゃなくて、その肝心の主人様な?」
少女は席から立つ。『彼女の怒りの矛先は自分に向けるものではない』と軽はずみな説教の一つでも漏らして。
「オレは雇われの便利屋だ。主人の都合がどうだろうが、アンタらが誇り高き一族だろうが……オレにとっては道端の雑草程にどうでもいいんだよ」
一人胸を張って睨みつけるシルフィの胸倉をつかむと、上から目線で叩き込んでくる。シルフィの憎しみに対しての無関心を。
「貰える金を貰って、しっかり契約してんでな……仕事なんで悪く思うなよ、可愛そうなワンちゃん?」
トドメと言わんばかりに腹を殴り飛ばす。
「うっ、くっ……!!」
「魔術がなければ誇りも意地も何の意味もねぇ。ただ吠えるだけしか能のないワンちゃんと言われても何の文句も言えねぇよなぁ?」
シルフィには彼女に対抗する力がなかった。ただ無抵抗に蹂躙され、このように地へ殴り落とされるだけ。
「く、そっ……!」
立ち上がる気力すらもうない。シルフィは悔し涙を流している。
「 アレさえあれば……あの力さえ戻ってくれば……!」
あまり掃除もされていない油まみれの床を何度も殴る。
「こんな奴ら! こんな奴らッ!! こんな奴らァッ!!」
周りにいる自称便利屋や情報屋達。仕事に手を付けようともしないチンピラ風情は助ける様子も見せずにただただ、その風景を笑っているだけ。
「叫ぶなよ。店の迷惑だ」
見上げる者と見下ろす者。
「んじゃ、大人しくしてろ。せめてもの同情で乱暴は避けてやろうか?」
便利屋を名乗った金髪少女は獣人シルフィの髪の毛を掴み、乱暴に持ち上げた。
「まだ言いたいことがあるなら、こっちだって考えが、」
「あの~、うるさいんですがァ~……?」
途端、酒場に響く間抜けな声。
それはシルフィでも金髪の少女のものでもない。
「何の音ぉ~……選挙カーの演説? それともゴミ捨て場の前でどうでもいいワイドショーみたく盛り上がる人妻たちの井戸端会議? まぁどっちにしろウルせェことに変わりはありませんねぇ、間違いない」
声の主。それは酒場の隅っこのソファーの上にいる何か。
何やらシーツのようなもので覆いかぶされている。小道具部屋の備品のような扱いを受けたソレは地面から掘り起こされた芋虫のようにウネウネと動き出すと、占拠していた複数人用のソファーからゆっくり起き上がる。
「そんなにドンチャン騒がれたら、俺っち眠れないじゃないですかぁ~」
シーツが剥がれ、その人影が姿を現す。
セットも何も整っていない。埃とポマードまみれで滅茶苦茶な頭。
胸元が開きネクタイも解けた白いYシャツの上には、ボタン全開の黒い学ランのようなジャケット。
「ふぁあ~、頭痛い……過労or二日酔い。どちらにしろ頭痛薬待ったなし……」
まだ周りの状況を理解していないのか、男はただただ間抜けな面を晒している。
「「……誰?」」
その男はあまりにも、この場には馴染めない場違いな空気を流していた----
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます