入学一日目 (4)

「いらっしゃいませー」


 元気な声に出迎えられた僕らは、案内されるままに席に着いた。

 そして、それを見届けた後、


「ご注文が決まりましたらお呼びくださいね」


 そう言って去っていく店員ウェイトレスさん。

 歩くときに揺れる黒い髪ポニーテールも声も、スタイルすらもすべて綺麗で、僕らは見とれてしまっていた。


「ねね、さっきの人も学生さんなのかな?」

「そうですね、お歳も私達とそんなに変わらないくらいみたいでしたし」

「でも、声もすごい綺麗だったよ?」

「えっと、どうなのでしょう……」


 学生だとするなら、男子のはず。

 けれど、声は本当の女子のようだった。


「じゃあ、次来たときに聞いてみようか」


 気になった僕は、そんなことを二人に提案する。

 他の二人もその提案に頷くと、メニューとにらめっこを始めた。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい。 それと、あの、お姉さんって男の人、なんですか?」


 注文を伝えきった後、僕はウェイトレスさんに聞いてみた。


「え? はい。そうですよ?」

「ホントですか!? 声とかすごい綺麗ですよね!?」

「あら、ありがと。もしかして、あなた達は新入生の子?」

「あ、はい。今日入学したばかりです」

「入学おめでとう。そうね、私ももう少しで休憩時間だから、少し待ってもらえれば色々と学校の事を教えてあげれるけど……」


 それは願ってもないことで、僕はすぐに「もし良ければお願いします」と頭を下げた。

 ウェイトレスさんが言うには、後十分ほどだそうで、僕らの料理をすべて持ってくるついでに休憩に入る、とのこと。

 僕らは、それまでの間テンションが上がりまくりだった。

 きっと、彼の笑顔がすごく可愛らしかったのも原因のひとつだと思う。


「お待たせしました」


 十分ほどして料理が運ばれてくると、同時にウェイトレスさんは休憩に入る。

 四人掛けのテーブルに三人で座っていたため、一つ空いていた席に彼は腰をかけた。


「さてと、あらためて入学おめでとう。私は三年の結城 空ゆうきそらです」


 運ばれてきた料理をすべて食べ終わったあと、彼はそう切り出した。

 その声は、やはりどこから聞いても女性のそれ。

 もちろん声だけじゃなくて、見た目もほぼ完全に女性だ。

 それに、黒髪かと思っていたけれど、どうやら実際は深い海の様な藍色みたいだ。


 そんな彼女に見とれつつも、僕は意識を強く持って、表情を整える。

 そして僕らは、互いに自己紹介を済ませると、気になっていた事を聞いてみることにした。


「声はね、一年生の最初の方で授業を受けると思います。この学校は一応、対外的には“女学園”なので、お客様が来られた時など、女生徒としてふるまう必要があるために、そのような授業が行われます」

「でも結構難しいんじゃないんですか?」

「そうですね……飲み込みの早い子はすぐにでもできるようになりますが、そうじゃない子は一年くらいかかってしまう子もいますよ」

「なるほど」

「はいはーい! 先輩はなんでここで働いてるんですかー?」

「えっと、アルバイトかな? 分かってると思うけど、校外は距離的に厳しいので、学校の学食内でアルバイトをして、お金を稼ぐ子もいるの。 仕送りだけじゃ足りない子とか、貯めておきたい子なんかが働いてるわ」

「誰でもアルバイトできるんですか?」

「アルバイトみたいに雇ってくれる場所は、学食ならここの他に三つほどあるし、時期は決まってないんだけど草むしりや、壊れた機械の補修なんかの仕事も出てくるみたい」

「募集ってことは、どこかに張り出されてたりするのでしょうか?」

「各寮の出入り口のところに、掲示板みたいに張り出されると思うから、それを参考にすればいいと思うわ」

「働くとしたら、体を動かせる仕事がしたいなー。私ってじっとしてるの苦手だし」

「鈴莉ちゃんらしいね。僕は人と接する仕事がいいかな、辛いけど楽しそうだから」

「わ、私はあんまり動かなくて済むほうがいいです……。お菓子作りとかならできますけど……」


 見事にバラバラだ、ある意味すごいよね僕ら。

 というか、声の授業があるなんて、それもある意味すごいなぁ……。


「えーっと、遥さんだっけ? 君、ここで働いてみる?」

「え?」

「君だったら、この服も似合いそうですからね」

「で、でも僕、声とか全然ですから」

「ん~、それなら自信がついたらおいで、歓迎するわ」

「あと、吹雪さんはこのお店の裏にある“トルテ”がいいかもね、ケーキなんかのお菓子の専門店で、厨房の中の人を募集してたみたいだから」

「先輩! 私はー?」

「君は部活でもやってなさい」

「ひどっ」


 そんなこんなで、気付けば話し始めて、一時間近くが経過していた。

 先輩は「まだ仕事があるから」と立ち上がり、その後一枚の紙切れを渡してきた。


「それに私の連絡先を書いてるから、困ったことがあったら連絡してね」


 そう言って、先輩は僕らの返事を待たずキッチンのほうに帰って行った。


「そういえば、僕らも連絡先の交換ってしてないよね。 困ったときに連絡取れるように交換しとこうか」


 ということで、連絡先を先輩のも含めて三件登録した。

 とりあえず全員に確認のメールを送り、僕はそのついでに実家の方にも荷物を送ってもらえるよう、連絡を入れておいた。


「よし、じゃあそろそろ寮に向かおうか」

「さくら寮の一○五号室でしたよね」

「場所、わかる?」


 訊いてみたけれど、やっぱり誰も寮の場所を知らなかった。

 そこで、会計の際に先輩に場所を教えてもらい、僕らは無事にたどり着くことができたのだった。

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