第11話 自信

 魔法学校に入学して一週間が経った。寮生活にも慣れてきたころである。僕は夕食後のお風呂タイムも終え、グレイさんの部屋に来ていた。この時間帯にグレイさんに読み書きを教えるのが僕の日課となっている。


「はぁん、なるほど。その単語はそんな意味だったのか。授業中は何言っているのかさっぱりだったぜ。サンキューな、坊主!」

「いえいえ」

「にしてもこの学校の不親切さは半端じゃないぜ。元平民や元奴隷階級の人間もいるってのにまったく読み書きを教えてくれねえんだからよ」

「はは……」


 僕は苦笑いでグレイさんの愚痴に答えたが……、たしかにグレイさんの言う通りである。この学校の魔術に関する授業はどう低く見積もっても一年生時点で既に日本で言う高校レベルはあるだろう。……ま、僕自身は高校には行ってないんだけど。多分それくらいのレベル。……それに対して平民の教養はせいぜい小学校卒業程度……。奴隷に至ってはもっと教養レベルが低いだろう。それなのに授業カリキュラムに基本教養の授業はないし、元平民、元奴隷用の特別補講があるわけでもない。学校側は一体どういうつもりなんだろうか。


「おっと、もうこんな時間か。明日も早いしな。もう寝ることにするか。夜遅くまで悪かったな、坊主」

「いえいえ。お邪魔しました。おやすみなさい」


 そう言って僕はグレイさんの部屋を後にする。部屋を出て廊下に出た時だった。


「あっ。君は……」


 僕はハンナちゃんと鉢合わせになる。彼女は今日もまた、たくさんの本を持っていた。


「なによ」


 ハンナちゃんは冷たく言い放った。きっと貴族が死ぬほど嫌いなんだろうな。


「い、いやなんでもないんだけどさ……。ご、ごめんね」

「なんで謝るわけ?」

「前にファミリーネームを聞いちゃったから……。気を悪くさせちゃったかなって……」

「ふーん。貴族だけど、元奴隷の私に気をかけてくれてるの? もういいわよ。私も悪かったわ」

「……この前もグレイさんが言ってたと思うけどさ。もし良かったら文字の読み書きくらいなら僕も教えられるから……、君さえよければ一緒に勉強しようよ」

「ありがたいお誘いだけど結構よ」


 そう言うとハンナちゃんは自室へと消えていった。その顔は不敵な笑みで埋められていた。自信満々な表情だったと言い換えてもいいかもしれない。


「あの顔……。どういう意味なんだろ……?」


 その日は疑問に思っていた僕だったが、翌日にその理由を知ることになる。


 翌日、一限目から行われたのは基礎魔法理論という科目だ。日本でいうと物理に当たるのかな? この基礎魔法理論の女講師がかなり厳しい。昔は質問に答えられない生徒をぶんなぐってたとか何とか。今はそこまではないが、答えられなかった生徒は講義中ずっと立たされることになる。現代日本だったら問題になるかもしれないような授業方法を取っていた。


「はぁ。早く座らせてくれないもんかねぇ」

「はは……」


 僕の席の隣で立たされているのはグレイさんだ。授業開始早々、質問を答えられずもうかれこれ30分くらい立ちっぱなしだ。


「だいたい、読み書きも教えてもらえねえってのにこんな難しい学問の質問に答えられるかってんだ。なぁ、坊主?」

「グレイ! 私語は慎みなさい! ……テンプレート・グライムス! お前も私語に反応するんじゃない!」

「す、すいません!」

「……テンプレート、質問に答えなさい。魔法発動方法は大きく分けて4つあるが……何かわかるか!?」

「え、えっと……。ま、魔法陣作成と詠唱による記述詠唱発動、詠唱のみによる詠唱発動、魔法陣作成のみによる記述発動、いずれも行わない無記述無詠唱発動の4つですか?」

「ふむ。まあいいだろう。立たせるのは勘弁してやる」


 どうやら正解したらしい。よかったぁ。比較的簡単な問題を当てられて……。

 なんとか、窮地を脱し、授業を受け続けていたのだが、講師が次の標的に狙いを定める。


「……ハンナ! 三級水晶に最大まで魔力が貯められた際に放出される水属性魔法の最大質量の理論値を答えよ!」


 選ばれたのはハンナちゃんだった。……こんな問題神様に能力を与えられた僕も答えるのに時間が欲しいくらいだぞ。元奴隷階級のハンナちゃんに答えられるわけ……。


「2759リドルです」


 講義室内がざわつく。ハンナちゃんは起立すると間髪入れずに答えたのだ。講師は驚いたように口を開いていた。失礼な話だが僕も信じられなかった。


「よ、よろしい」


 講師の了解を聞き、ハンナちゃんは席についた。その表情は昨日僕が見たハンナちゃんの自信満々の表情と同じだった。


「す、すごい……」と僕は呟かずにはいられなかった。元奴隷ならば、これまでに教育はまともに受けられなかったはず。一体どうやって……。


 僕が驚愕する傍らで一人の男子生徒もまた呟いていた。


「……元奴隷のくせに……」


 その男子生徒は憎々しそうにハンナちゃんに視線を向けて舌打ちをしていたのだった。

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