第10話 授業
入学式の翌日から早速、授業の始まりである。といっても僕たち1年生はしばらく座学しかしないらしい。
「なんだよ、こりゃ。何書いてるかもさっぱりだ。坊主読めるか!?」
「読めますよ」
「そりゃあ、ありがてえ。教えてくれよ。オレは初等学校しか出てねえからさ。文字の読み書きも怪しいんだよ。ひとつ頼む!」
僕の横に座って講義を聞いているのは言うまでもなく僕の隣部屋の住人、グレイさんだ。この王国にも一応義務教育的なのはあるのだが、日本でいう小学校までしかない。グレイさんのように簡単な四則演算や拙い文章しかできない国民が多いらしい。それなのにいきなり魔導書を読めというのも酷な話だ。僕はどうやら神様に与えられたらしい頭脳と幼少期からのグライムス家の教育で、ある程度教養を得ることができていたので問題ないけど……。
というか、基本知識を習得させるようなカリキュラムはこの魔法学校には作らないんだろうか。そうじゃないと、効率が悪いだろうに……。
などと僕が脳内で魔法学校の改善点を浅い考えで思索している内にその日の授業は過ぎていった。終始、グレイさんに文字の読み方や講師が何を話しているかを教えていただけのような気がする。ま、大丈夫さ。今やっている講義内容は基本的なもので、この手の座学はすでに家庭教師のおかげで知識として知っているからね。
「いやあ、助かったぜ。何書いてるかさっぱりだからな。オレの様な学のない元平民にはレベルが高過ぎるぜ、あの講義」
寮への帰り道が同じ僕はグレイさんと一緒に歩いていた。
「そうだ、坊主。また、アイスクリーム奢ってやるからさ。文字の読み書きから教えてくれよ」
「別に良いですよ、アイスクリームなんて……。奢ってもらわなくても教えますよ」
「ホントか!? いやぁ、良い隣人を持ったぜ。坊主は俺が今まで会った貴族の中で一番良い奴だな」
グレイさんは眼を細くして笑う。彼は僕のことを良い奴だと言ってくれているけど、グレイさんの方がよっぽど良い人だと思うね。僕みたいなちびっ子に教えを乞うのにためらいがまるでないんだから。普通、30過ぎた男なら、何かしらのプライドが働いて幼稚園児並みに幼い人間に読み書きを教えてもらうなんてできないと思う。少なくとも、生前の僕は出来なかった……。きっと器が大きいから親子ほど年の離れた僕に教わることが迷いなく出来るんですよ。
「おっ」と不意にグレイさんが声を出した。理由は僕の眼にも写る。僕たちの部屋に繋がる廊下道にもう一人の隣人がいたからだ。僕とそう歳の離れていない美幼女。ハンナちゃんがそこにはいた。
「嬢ちゃん。えらくたくさん本を持ってるな。図書館から借りてきたのか?」
『あんたたちには関係ないでしょ』とでも言いたげにハンナちゃんは首をぷいっと振ると自室に入り込もうとした。それを制止させるようにグレイさんが声をかける。
「おい、話はちょっと聞いたぞ。お前もオレと同じで元々身分が低いみたいだな。どうせまともな教育は受けてねえんだろ? オレと一緒にこの坊主から文字の読み書きを教えてもらおうぜ。こいつはいいとこの坊っちゃんみたいでな。オレ達の何倍も頭が良いみたいだからよ。悪い話じゃねえだろ?」
「結構よ」
「この坊主の何が気に食わないのか知らねえがよ。良い奴だぜ。少なくともその辺の貴族と比べたら全然な」
「結構よ」ともう一度幼女は言う。
「私は貴族の力を借りるつもりはないわ。貴族の威を借る元平民か元奴隷かしらないオッサンの力もね」
不機嫌そうにバタンとドアを閉めて幼女は自室に入って行ってしまった。
「こりゃ一筋縄じゃいかなそうな嬢ちゃんだな」
グレイさんは僕の眼を見て肩をすくめる。
「ま、夕食後にでもお前さんの部屋を訪ねさせてもらうさ。勉強の合間にあの嬢ちゃんの心を溶かす作戦を考えようぜ。これから6年間も一緒にいるんだ。仲良く暮らす方法を考えねえとな!」
そう言い残してグレイさんは自室へと入って行く。……僕も自室に入ることにした。仲良く暮らす、か。そうだよな。まだ方法は何も思いつかないけど……。
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