第7話 ご挨拶

 僕はヴァーミリオン王立魔法学校の門をくぐる。ここは全寮制になっており、生活の全てを卒業までこの学校内で過ごさなければならない。夏のバカンスと年明け、あとは親族の冠婚葬祭くらいしか里帰りを許されず、学校に閉じ込められるというわけだ。幸い、敷地は広大だからメチャクチャ窮屈というわけではなさそうだ。けど、良い気分はしないな。僕はひきこもりではあるけど、閉じ込められるのは嫌いなんだよ。


 早速、荷物を持って自分の寮生部屋に向かう。明日に迫った入学式を前に荷物の整理は終わらせておきたい。寮というから他の生徒と相部屋になるのかと心配したが、幸い寮は個室だ。これから最長で6年間もこの学校に在学させられるんだから、部屋くらいはプライベートを守ってほしかったからな。ありがたい。……って感謝するのはおかしい気もするが、貴族精神的には感謝しておくべきだろう。


 今年の入学者は百人程度だと聞いている。各地から僕のように強大な魔力を有していることが判明した人たちが集められるそうだ。身分に関係なく、才能があると認められた者たちが一同に会する。魔力は突然覚醒することもあるから過去にはかなり高齢な人も学校に入学させられたらしい。だがそんな極端な例を除けば、大半は十代だ。僕は5歳だからかなり若いんじゃないかと母が話していた。


 自室で簡単に荷物の整理を終わらせると、僕はお隣の部屋に挨拶に行く。ドアを2回ノックすると無精ひげを生やした細身のマッチョなおじさんが出てきた。


「ほいほい、どちらさんですかっと。お、こいつはまた小せえお客さんだな」


 フランクな様子で僕に接してきた。


「隣の部屋のテンプレート・グライムスと申します。これ、お近づきのしるしに……」と僕はクッキーの箱を手渡す。

「お、こいつは西の街の名物じゃねえか。こんな高いもんもらってもいいのか?」

「ええ。母から預かったものなんです。お隣さんには渡しておきなさいって」

「ほーん。小僧のうちは金持ちなのか?」

「そんなことはないんですが……」

「その歳で落ち着いた物言いができるってこたぁ。まあまあ良い家の坊っちゃんってことだな。にしてもこんなガキも入学させるのか。才能のある奴は全員入れるってのは本当みてえだな」


 男はぽりぽりと頭をかく。


「オレぁこの首都ヴァームで鳶をしてたんだがよ。突然お役人さんに呼びとめられて『君から強力な魔力を測定した。今後は王国の管理下に入ってもらいます』なんて言われてよう、気付けば今日この場所だぜ。まったく勘弁してくれよなぁ。もうオレ三十だってのによ。十代の若い連中と『仲良くお勉強』なんてしたかねえんだよ」

「ははは」と苦笑いを浮かべる僕。

「ま、お互い大変だな。この食い物の礼はまたなんかでさせてもらうぜ。オレの名前はグレイってんだ。これからよろしくな」

「いえ、こちらこそ。それでは失礼します」


 グレイさんと別れた僕はもう片方のお隣さんのドアをノックする。


「はーい!」


 えらく幼い声だった。少年ではなく、少女の声……。いや、幼女と言ってもいいくらいの声。ドアノブを背伸びで回して開けた幼女は将来絶対美人になるに違いないと思えるほどには顔立ちが整っていた。


「あんただれ?」

「え、えっと、隣の部屋のテンプレート・グライムスと言います。ご挨拶にと思って……」


 良い歳したおっさんのはずの僕なのに思わずどぎまぎしてしまう。それくらいこの金髪美幼女は輝いて見えた。僕が年齢通りの見た目なら事案だろうね。


「あの、これお近づきのしるしに……」と僕はクッキーの箱を渡そうとするが幼女は受け取ろうとしない。代わりに僕のことを不審者でも見るような眼で見る。久しぶりだな、この視線を受けるのは……。心が苦しくなるからやめてほしいんだけど。


「あんた……。もしかして貴族か何か?」

「え? う、うん。そうだけど……」

「じゃあいらない! アンタたちが私たちにいいことをしようとするときは大抵裏があるんだから!」


 そう言い残して幼女は背伸びをしてドアノブに手をかけるとバタンと閉めた。一体どうしたんだろう。僕何か悪いことをしたんだろうか。

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