第6話 旅立ち

 一ヶ月後、魔法庁及び王朝から僕宛てに手紙が届く。


『テンプレート・グライムスのヴァーミリオン王立魔法学校への入学を許可するとともに、《聖者》の身分を有することを認める』と書かれていた。


 魔法の才を認められた者が入学する王立魔法学校……。生徒の魔法能力を高め、王国に貢献する優秀な魔法使いを養成する機関……となっている。もちろん魔法使い養成も目的ではあるのだが、王国が強力な魔力を持つ者を監視するという側面があるのも事実だ。


 ちなみに、『聖者』とは貴族に与えられる爵位の中で最も上位に当たるものである。僕の家、グライムス家はもともと『竜騎士』という聖者の次席にあたる爵位を持っていたので、位が上がったわけだ。


「……聖者か……。どうやら王国も強力な魔力を持つ者の自由を奪うことに多少の罪悪感を感じているようだな。でなければ、我がグライムス家がいくら竜騎士の爵位を持っているとはいえ、こんな子供に最上級の爵位を与えるわけはないからな」


 父、アレン・グライムスは手紙に視線を落としながらポツリと呟く。


「かわいそうなテンプレート……。私の魔法の才を受け継いでしまったために、魔法学校に行かなければならないなんて……。私と同じ人生を歩ませることになってしまうなんて……」


 母、アリア・グライムスは眼に涙を浮かべる。


「悲しむな、アリア。人には運命というものがある。テンプレートは神からこの運命を授かった。しかし、運命は切り開くことができる。オレもお前もそれを証明して今、ここで生きているんじゃないか。それに今の魔法学校は昔と違い劣悪な環境ではなくなっていると聞く。お前が受けたような仕打ちをこいつが味わうこともないだろう。それに『竜騎士』の爵位を持つグライムス家の長男なのだ。雑に扱われることはなかろう。……まったく、オレも弱い人間だ。『人間に貴賎なし』と言いながら、我が子には特別扱いを願ってしまうとはな」


 ……父と母の話を聞くに、もしかして魔法学校ってあんまり良いところじゃないの? 学校って名前がついてるから安心してたのに……。僕の前世は両親に甘えていた中卒ニートなんだけど。厳しい学校生活なんて乗り越えられるとは思えないんだけど……。


「テンプレートよ。厳しい試練がお前を待ちうけているだろうが……。グライムス家の誇りを持って必ず乗り越えよ」

「はい、わかりました父上。このテンプレート必ず父上の期待に応えてみせます」


 自然に口が動いていた。3歳で物心付き、それから2年間貴族としての精神を両親をはじめとする周囲の人間に叩き込まれていた僕は心と裏腹に貴族として正しい受け答えをしてしまう。いや、ほんとはそんな厳しそうなところ行きたくなんてないんだけど……なんて口走ろうものなら一族総出のお説教が待っているに違いない。


 さらに一ヶ月後、旅立ちの時が来た。グライムス家の屋敷前に馬車が用意され、家族との別れの挨拶が繰り広げられる。


「お兄ちゃん、どこ行くの……? 行っちゃやだぁ」


 妹のクレハが歳相応にべそをかきながら引きとめてくれる。可愛い子だ。できればお兄ちゃんも行きたくないんだけどね。仕方ないね。


「すまないクレハ。兄は王都で成し遂げねばならないことがあるのだ。許してくれ」と心にも思っていないことを口にする。


「テンプレート。寂しくなったらお姉ちゃんに手紙を書くんですよ?」


 姉、アリスが僕に気を使う。7歳とは思えない落ち着きようだ。ええ。書かせてもらいます。引くくらい書かせてもらいますとも。


「つらくなったら逃げ出してきても構いません。母は罪人となろうともあなたを守りますからね」


 魔法学校からの無断外出はご法度である。ましてや脱走など重罪なのだそうだ。それでも逃げ出してもいいなんて言うなんて……。母は魔法学校でどんな目に合わせられたんだろう。僕から見た母は決して弱い女性なんかじゃない。むしろ、精神的な強さを感じるほどなのだが、そんな彼女も憂う魔法学校生活とは一体……。


「縁起でもないことを言うな、アリア。……テンプレートよ。誇り高きグライムス家の長男として、逃げ出すことなど許さん。どんな困難もお前なら乗り越えられると父は信じているぞ……!」

「はい、わかりました父上。このテンプレート必ず父上の期待に応えてみせます」と貴族定型文を口にした僕は家族に別れの言葉を告げて馬車に乗り込んだ。……い、行きたくねえ。

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