30 勇者、北部都市決戦(終)

 ブラッドカースは倒れ、この事件一番の問題は消え去った。


 太陽が登り、朝を迎える。

 街に差し込んだ光はアンデッド達を弱らせ、あれだけいた数も急減してきた。



 ──勝ったのだ。

 人間たちは魔人軍からの襲撃に打ち勝ってみせたのだ。

 きっと今日の昼頃にはこの街に勝利宣言がされ、人々は歓喜に浸るだろう。


 だが、獅子浜達の周囲に、そんな気配は微塵も沸き立っていなかった。

 魔王側近を倒した張本人は暗い顔で俯き、その傍では少女が泣いている。

 勇者と呼ばれた男は地面に膝をつき、後悔と懺悔に頭を悩ませる。

 そして周囲では、獅子浜達へ冷たい視線を送る者達で溢れていた。


 ここにいる人達は誰一人、大きく誤った選択をとった訳では無い。皆、可能な限りの最善を尽くした。

 だからこその、ぶつけようのない怒り。それが街の中央部、教会広場前の跡地に満ちていた。


 ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…


 そんな中、鎧をつけた10人くらいの衛兵たちが、獅子浜達の方へ割って入ってきた。

 彼らはコウキの傍まで来ると周囲の人へ一礼し、倒れているブラッドカースを持ち上げた。その後、持ってきた檻へ乱暴に押し込んだ。


 ギギィ……ガッチャン


 檻の扉は鈍い音を立てながら締まる。鍵をかけたことで、彼女は完全に閉じ込められた。

 そのまま台車に載せられて、囚われた彼女はどこかへ運ばれていった。


 彼女の行先は分からない。きっと、どこかの牢屋で監禁されるのだろう。

 これから様々な拷問が行われ、情報を吐き出させるかもしれない。その際どんな苦痛が伴うのか、日本で育った獅子浜にはわからない。だが、きっと凄惨なものであろう。

 しかし、ブラッドカースがこれまでやってきたことを考えれば、同情は浮かばなかった。その反面、歓喜も、愉悦も浮かばない。

 彼女が運ばれていく様子を、獅子浜は無心でただ眺めた。

 ……


 金属靴の歩行音が離れるのと同時に、今度は雑多な足音が近づいてきた。それらの音は金属靴に、革靴、木靴と、歩くリズムも種類も揃っていない。

 獅子浜がその足音の方へ向くと、そばには冒険者ギルドで会った人たちが並び、その先頭、中心にはあの'ダク'が腕を組んで立っていた。


「…ダクさん」

「よお…シシハマ。まさかお前が…勇者だったなんてな」

「…………」


 あの戦いを見ていた誰かから、獅子浜が勇者であることを聞いたのだろう。返事に困り、口を閉ざしてしまった。彼に合わせる顔がないと思い、俯く。


「これからはどうするつもりなんだ」

「…取り敢えず、この街を出ます。そして、その後は…分からない、分かりません。とにかく、この街はすぐに出ます」


 獅子浜はとにかく、心に今あることを話した。彼はただ、この街にいるべきでは無いと、思ったのだ。


「…そうか、分かった。…だが、あんたじゃ手配しにくいだろ。俺がやってやる。すぐに馬車を来させるさ」


 そう言ってダクは振り返り、冒険者達を連れ、帰り始めた。

 だが二、三歩歩いた先、彼は不意に足を止めた。冒険者達の最後尾にいた彼は振り向かず、ポツリと一言発した。


「今まで楽しかったぜ、…じゃあな」


 そう言って再び歩きだし、ギルド会館の方へ去っていってしまった。

 彼の発言からは「今後二度と会うつもりは無い」と、そんな意味合いを獅子浜は感じとった。


 冒険者たちも遠ざかり、獅子浜は再び一人になった。


「ヒール」

 後ろから呪文を唱える声がした。獅子浜の体はかるくなり、小さな傷は癒えたて消える。

 突然のことに驚いていると、リーズがやってきた。

 先程まで泣いていた彼女の顔から涙は無くなっていた。だが、目はまだ充血し、頬は紅く染まっている。


「コウキ君は、どうしたんだい?」

「……『一人にして欲しい』て言って、どこか行った。…大丈夫、すぐに帰ってくる」

「…そうか」

「……マジックポーション飲む?…魔力殆ど残ってないんでしょ?」

「……ありがとう」


 獅子浜は瓶を受け取り口をつけ、中身を一気に飲み込んだ。

 瞬く間に力が戻るのが分かる。全身の重みはなくなり、またすぐにでも歩けるようになった。

 だが、…気分は戻らない。

 これまでの行いが正しかったのだろうかと、そんな疑問が頭に残り続けている。


 空いた瓶を足元に置き、再び遠くをぼーっと見つめた。


 獅子浜とリーズの間に沈黙が流れる。

 少なくとも、これまでにこんな無言の間ができることは無かった。

 しかし今、二人の間には静かな間ができていた。


 どれくらいが経ったのだろうか。恐らく10分も経っていない。

 コウキが無言のまま戻ってきた。


 これで三人が再び集まった。

 昨晩別れたばかり、ほんの数時間ぶりの再会だというのに、獅子浜にとっては久しぶりに会った様に感じた。


 しかし、三人の間には無言の空気が流れたまま。この状況を打破しようと、リーズが話そうとした時、


「お前達なんて…どっか行っちまえ!」


 どこかから声が飛んできた。

 そちらへ振り向くと数人の青年がいた。災害に巻き込まれた一般人だろうか。

 彼らは皆、大なり小なり怪我を負い、包帯で手当されていた。


「…てめぇ…」


 コウキが苛立った様子で一歩足を踏み込む。彼らに文句を言いに行くのだろう。

 だが、…それを獅子浜は制した。


「やめてくれ、コウキ君、彼らは…間違ってはいないんだ…」

「…シシハマ、さん。…チッ」


 コウキは足を戻し、町人達に背を向けるとまた黙り込んでしまった。

 場に険悪な雰囲気が流れ始める。


 青年たちがその様子に戸惑うが、抑えきれない怒りにまた一歩踏み出した。

 それを見て、苛立ちの耐えられないコウキもまた、一歩踏み出す。

 一触即発、喧嘩が始まる直前……


 そんな中、助け舟が到着した。

 ダクが頼んだ馬車がやってきたのだ。

 御者が操縦する荷馬車は、獅子浜達の前まで来ると停車した。


「…あのぅ…えっと…」


 操縦席から降りた御者は何か申し訳なさそうに、口をごもらせた。


「チッ…分かった。俺が操縦する。あんたは帰りな」


 察したコウキは提言し、御者を帰らせた。


「……コウキ。出来るの?」

「やるしかねぇだろ」


 そう言ってコウキは操縦席へ、リーズは荷台へすぐに乗り込み、獅子浜も青年たちへ一瞥した後、馬車の荷台へ乗り込んだ。


 ピシィン!!


 ムチが叩かれ、馬車は動き出す。

 誰かに見送られることも無く、誰かに声援を送られることも無く、ゆっくりと北門へと向かい始めた。


 街中を進み、多くの冷たい視線に煽られる中、彼らは再び魔王軍打倒のために進み始める。


 獅子浜達の孤独な戦いは、ここから始まるのであった。



【第30話 完】

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おのれ魔王軍 ~異世界転生したおっさんは特撮ヒーローの力で頑張るみたいです~ ヤドクガエる @yadokugaeru

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