29勇者、北部都市決戦(四)

「やっと見つけましたわよ、勇者!!!

 この戦い、楽しんでいただけているかしら!!」

「ブラッドカァァァァス!!!」


 獅子浜はとうとう見つけた。この事件の首謀者を。長らく探していた宿敵を。

 ▪️▪️▪️


 燃える街を背に、ブラッドカースは口元にえみを浮かべる。

 相変わらず仮面に隠れ、その顔は見えないがあれは、心から楽しんでいる。

 この状況を心から楽しんでいるえみだ。


「それにしても…アナタ自ら教会に来てくださるなんて…。実に好都合でしてよ」

「どういう事だ!」

「こういう事でしてよ!」


 そう言ってブラッドカースは右腕を天に掲げた。

 次いで大きな紋章が宙に浮かび上がり、火炎球が生成され始める。

 以前見たことがある、あの巨大な炎球だ。アレを街の中央部へぶつけるつもりだろう。


「やめろぉぉぉぉぉお!」


 教会内には怪我人や治療スタッフが大勢いる。この状況であの魔術を使われたら、かなりの死傷者が出るのは明らか。

 その危険性を察知した獅子浜はとにかく叫んだ。


 だが、無論、ブラッドカースは魔術を止める気はない。

 天に浮かぶ火炎球はどんどん大きくなる。3メートルはもう超えただろうか…

 獅子浜が以前見たものよりも、更に大きくなってきた。

 そんな時、異変を嗅ぎつけた冒険者や衛兵が何人か集まってきた。そして杖や剣を掲げて呪文を唱える。


「ライトニングソード!」

「アイスジャベリン!」

「バニッシュエア!!」


 バシューーーーン!


 いくつもの攻撃魔法が生成され、弾丸の様に飛んでブラッドカースに直撃する。けたたましい音と共に煙が舞い上がり、あの女の姿は見えなくなった。


「やったか!」

「これでどうだ!」

 魔法をぶつけた人達がガッツポーズを作り、笑顔を見せた。これで勝てたと思ったのだろう。

 だが、獅子浜は違う。あの程度でブラッドカースが負けるとは思えなかった。


 ──残念なことにその通りであった。

 獅子浜が睨み続けたその先、煙が収まったその奥には、無傷のブラッドカースがいた。

 空いた片腕で障壁を張り、全ての魔術を防いだのだ。


「舐められたものですわね」


 そう言って空に掲げていた腕を前に、教会の方へと振り下ろした。それに伴って5mはある巨大な火炎球は隕石かのように落下し、教会に激突した。


 ドゴオォォォォォン!!


 けたたましい轟音が鳴る。爆発を伴う激しい衝撃が教会を襲う。屋根は崩れ落ち、柱と僅かな壁を残して大部分が砕けた。建物の中から助けを求める悲鳴が聞こえ、外からは救助に向かおうとする声が発せらる。


「さあ!これで教会の厄介な守りも消えましたわ。もう時期、アンデッドがこちらに押し寄せるでしょう…。オーッホッホッホ!!」

「なん…だと…」


 ブラッドカースは地上近くまで降りてきて獅子浜を嘲笑った。

 今すぐ救助に向かいたいがそうもいかない。背後の出来事を気にしつつも、獅子浜はブラッドカースを睨み続ける。


「そしてもうひとつ……。コチラをやり終えてワタクシの計画は完成でしてよ…」


 そう言ったブラッドカースは再び上空へあがり、両手を掲げて街を見渡した。

 息を大きく吸ったのか、身体を反らせ、そして……


「ワタクシこそが魔王側近、ブラッドカース! この街は勇者への見せしめのために襲わさせて頂きましたわ!! 恨むのであれば!勇者獅子浜を恨みなさって!! オーッホッホッホ!!」


 辺りにいる人々へ聞こえるよう、大声で叫んだ。

 ブラッドカースの発言の後、静寂と共に背中へ視線が集まるのを獅子浜は感じた。いや実際、周りの人々が獅子浜を見ているのだ。

 憎しみや怒り、行き場の無い感情が視線とともに獅子浜へ集まってきた。


 そんななか、獅子浜は転生前に女神に言われたこと、中央都市でアースに言われたことを思い出した。


 ──勇者の力の源は勇気

 ──無力化するには恐怖心で心を充たさせること、絶望させること


 これまでは特に気にしていなかった。だが、目の前の出来事とそれらの事情がブラッドカースの行動理由を結びつけた。


 ──だから、勇者の心を折るためだけにこの街は襲われ、一般人たちは殺された。

 ──一人の人間を絶望させるためだけに、この街の人々は利用されたのだ。



 心臓がけたたましく鳴る。それも周囲の音を拾うのを邪魔するほどに。

 頭がズキズキと痛む。苦しみか、緊張か、理由は分からない。いや、考える余裕もない、とにかく頭が痛んできた。


「いい顔になりましたわね、勇者。それでこそ、ワタクシの努力が実ったというモノ」


 ブラッドカースは再び地面近くまでに降りてきて、獅子浜へ語りかけた。

 項垂れ、動かない獅子浜。その様子を見て、満足気なブラッドカース。

 周囲には多数の人がいるが、魔王側近の女を邪魔する者は誰もいない。ただ、遠くから冷たく眺めるだけだ。


「………ない」


 ポツリと、獅子浜は小さく呟いた。とても小さく、誰の耳にも届かない程に。


「おや?なんでして?」

「ゆるさ、ない」


 今度はハッキリと言った。それは自身を鼓舞するためか、相手に宣戦布告をするためか。

 獅子浜はブラッドカースを睨みつけながらゆっくりと立ち上がった。そして右腕を天に掲げ、変身のポーズをとった!


「お前は許さない! ブレイブアップ!!」


 獅子浜の腕輪は輝き、全身を光が包んだ。

 白い光はほんの一瞬で収まり、中からは白銀色のスーツに身を包んだ戦士が現れる。


「その姿……。まだ戦える力があるのですか!?全く、しぶといですわね!」

「俺は負けない!助けを求める人がいる限り、何度でも戦える!」


 若干慌てるブラッドカースに対し、獅子浜は心から叫んだ。

 自身がまだ戦えることを。

 自分が正しいということを。


 ブラッドカースを睨み、臨戦態勢をとった。今この場でこいつを倒す。

 その意志を全身で示すかのように敵意を示す。


 周囲にはアンデッドが集まってきており、教会の周辺では人々が応戦しているが、今の獅子浜の目には入らなかった。

「いくぞ!」と叫び右拳を振り上げると左脚を踏み込み、一気に接近した。


「ハァッ!」


 相手の胴体を目掛けて、力任せに拳を振るった。

 しかしひらり、と躱される。


「相変わらず読みやすい攻撃な事でしてよ」


 二撃、三撃と続けて拳を振るうが、当たる気配はない。それどころか以前相対した時よりも容易に避けられている。

 獅子浜もそれを察知し、少し距離をとる。その後、腕輪に右腕を重ねた。


「だったら……これならどうだ!」


 そう言って獅子浜はフォトンブレードを腕輪から取り出し構えた。

 柄から生じる純白の刃がジリジリと輝き、暗い周囲を照らす。その眩さは周囲の人間やアンデッドを魅了し、視線を集めた。


「いくぞ!」

「面白いものを使うのね。よくってよ」


 相も変わらずブラッドカースは余裕の表情を浮かべる。

 獅子浜は勢いよく走り込み、「ブォン」と白い残光を作りながら、胴の辺りへ必殺の剣が振るわれた。

 だが、ブラッドカースは上半身を反らしてギリギリのところで回避。が、一瞬、ブラッドカースの口元が締まる。

 そして直後、手元に極小さな火炎球を作り爆破させた。

 反動で自身の身体を大きく仰け反らせたのだ。


「くっ……なんて熱量ですの…」


 この剣を警戒したのか、ブラッドカースは後方に下がり始めた。

 しかし当然、獅子浜に逃がすつもりは無い。走り、追いかけながら追撃を放った。


「ブォン」「ブォン」

 二撃、三撃、急所を狙った連撃がブラッドカースを襲う。

 これらはかすりともしなかったが、大きく避けることを要するブラッドカースを疲れさせた。

 この連撃が続けば、いつかは当たってしまう。そんな気配がブラッドカースの脳裏に過ぎった。


 だがそんな攻勢も長くは続かない。獅子浜の動きが明らかに鈍くなってきた。斬撃は鈍り、踏み込みが遅くなってきたのだ。

 獅子浜は半ば病み上がりの状態であったため、実のところフォトンブレードを生成した時点で残魔力はごくわずかであったのだ。

 本来なら体力面で大きなアドバンテージがあるはずだが、フォトンブレードの維持が彼を限界へと追いやった。


「その剣、少々厄介ですわね」


 その結果ブラッドカースは逃げ切り、再び上空へ浮かび上がってしまった。

 こうなってはお手上げた。飛び道具を持たない獅子浜にはどうすることも出来ない。剣を投げることも考えたが…


 ジジジ…………

 蛍光灯が切れるかのごとく、情けない音を出しながら剣は消滅した。

 せめてもと、変身スーツは維持出来たが魔力不足で身体がふらつく。


 ドサッ…

 よろけて地面に膝を付けてしまった。方膝に手を置き、倒れるのを堪えるが、立ち上がることは出来ない。


「あらら…。少しは追い込まれたと思いましたのに…。ここまでの様でしたわね」


 ブラッドカースは皮肉を込めたかのように残念そうなセリフを言い、右腕を空に掲げた。再び巨大な火球を落とすのだろう。

今度こそは獅子浜を狙った、殺意ある一撃だ。


「まさかここまで効果があるとは思いませんでしたわ!今日トドメを刺すつもりはございませんでしたが…このチャンス、逃すわけなくってよ!!」


 火炎球はおおよそ3mを超えた。あれの直撃には耐えられないだろう。

 しかし…身体は動かず、逃げるだけの力は残されていない。その上、周囲の人々に助けてもらえる気配もない。


 ──ここで終わりか……


 悔しさで自分が惨めに見える。

 助けはなく、逃げ道もない。

 自身を応援する声がなければ、むしろ消える事に期待する目さえある。


 ──俺がやってきたことは間違いだったのか


 そんな後悔が浮かんできた。

 腕輪の宝石はくすみ、力を行使出来ない今、獅子浜は猛る炎をただ静かに眺めた。


「………ッ!」


 巨大な火炎球の完成間近に迫った時だ。急にブラッドカースが視線を動かした。つられて獅子浜もそちらを向く。

 そこにはコチラへ全力で走るコウキがいた。彼の目は真っ直ぐにブラッドカースを捉えている。


「見つけた!ブラッドカース!!」

「あら、アナタのような三下に用は無くてよ。そこでおとなしく見てなさいな。『ファイアーウォール』」

 そう言ってブラッドカースは空いている片腕で、宙を仰いだ。

 すると炎の壁が獅子浜、ブラッドカースを囲うように現れる。


「こっちには用があるんだよ!!破魔の槍よ!今この一時、力を解放せよ!『掻き乱す羽音(アナイレート)』!」


 キィィィーーーン!!

 耳をつんざくような音と共に、槍の穂先に触れた炎は消え去った。

 その直後、一本の煌びやかな槍がブラッドカース目掛けて放たれる。


「なッ……!」


 炎の壁が消えたことに驚くブラッドカースは、その投擲には瞬時に反応出来なかった。瞬発的に体をそらし、両手で顔を覆ったが、彼女の足を刃がかする。

 槍はそのまま通り過ぎ、宙に浮いていた巨大な火炎球に命中。こちらもキィィィーーーンと耳をつんざく音を発生させ、跡形もなく炎は消え去った。

 投げ出された槍はその後緩やかに落下し、刃分から地面に突き刺さった。


 一連の光景をただ眺めていた獅子浜はここでやっと我に返り、槍を回収する'彼'に目をやった。

 やはりコウキだ。だが、どこかがおかしい。普段の真面目さというか…、明るさがない。ただ暗く、怒りに溢れている。

 そんなふうに獅子浜は感じられた。


「……コウキ…」


 彼の急激な変化が気になり、獅子浜は恐る恐る声をかけた。

 だが、言葉は返ってこない。コウキは獅子浜には目もくれず、地面に刺さった槍を回収するとブラッドカースへ向き直った。


「お前が…この事件の首謀者でいいんだよな」


 その言葉からは怒りが溢れている。

 いや、それだけじゃない。悲しみ、怨み、後悔……。様々な感情が入り乱れたものが、彼の口から溢れてきている。


「…えぇ、そうですが何か?アナタには最初から用はなくってよ。下がっていてくださるかしら」


 脚を怪我した時にバランスを崩したのであろうか。地面に落下したブラッドカースが、立ち上がりながら話す。


 彼女の発言を聞いて、コウキは額へ左手を当てた。そしてクシャリ、と髪を掴む。

 彼の左腕が震える。獅子浜からは顔が見えないが、きっと、いや、確実に、彼の顔には多くのシワが浮かんでいるだろう。


「前からそうだった…。俺のことを見ちゃいねぇ。まぁ、そうだよなぁ…。俺、弱かったもんなぁ」


 コウキの語尾が強くなってくる。槍を掴む腕が明らかに強くなってきた。


「だけどよぉ…今回そうはいかねぇぞ!お前を倒すために訓練した。お前を倒すために武器を揃えた。お前を倒すために策を考えた。そうだ…俺はお前を倒す…殺す!」

「なん……ですの…」


 ブラッドカースに戸惑いが浮かぶ。これまで無下にしてきたものの執念に怯えているのか、予想外の力に困惑しているのか…。獅子浜が知る限りではこれまでで一番の焦りが、あの女に浮んでいる。


「俺はお前に復讐を果たす」

「そんなことッ……!ッここは撤退させていただきますわ。また会いましょうッ」


 ブラッドカースは悔しそうな言葉を吐き、後ろへ下がった。


「逃がすかよ…ッ!」


 だがコウキに逃がすつもりは無い。全力で走り、追いかけた。


「…ッ!しつこくてよッ!『ファイアボール』!」


 ブラッドカースは更に慌てる。彼女はコウキの追跡を退けようと呪文を唱えた。

 瞬時に紋章が浮かび、彼女の手元から50cm程度の火炎球が何発も放たれる。


 だが火炎球の狙いは甘く、およそ半分はコウキの横をすり抜けていった。それに残りの半分のうち、殆どはかすりそうになるがコウキは最小限の動きで回避する。

 そして、数少ない直撃弾は…

「『掻き乱す羽音(アナイレート)』!」


 コウキの呪文により、槍と接触した際に打ち消された。


 ──このまま行けば勝てるんじゃないか!?

 この光景をただ眺めていた獅子浜はそう思い浮かんだ。

 出来る魔力は尽き、見守ることしか出来ない獅子浜はただ胸に手を当て、思い浮かんだ希望にすがりついた。



 その一方、コウキは尚も走り、ブラッドカースとの距離をどんどん縮めていった。


「そんな…ッ!そんな…ッ!そんな…ッ!」


 そんな事態にブラッドカースの動揺は更に強くなる。

 火炎球の狙いは更に雑になり、コウキに殆ど当たらなくなった。


「こっちならッ!『ファイアブレス』!」


 機転を効かせたのか、呪文を変更して右腕を左側へ向けた。

 紋章が発生し炎が生成されると、ブラッドカースは炎で周囲を薙ぎ払った。


 ──だが、なぜ、それならば効果があると考えたのか。それは恐らく、彼女がパニックに陥っていたからであろう。


 コウキは降りかかる炎の吐息に向かって槍の穂先を突き出し、「『掻き乱す羽音(アナイレート)』!」と唱えて無力化させた。

 もう、すぐ先にはブラッドカース。


 ──届く!


 獅子浜がそう思った時、コウキとブラッドカースの間で爆発が起き、土埃を伴う煙幕が舞い上がった。

 獅子浜が以前、ブラッドカースに受けた技だ。

 倒すことが出来ないと悟ったブラッドカースは、逃げることに専念したのだろう。


 だが、そんなことをさせる気のないコウキ。彼は躊躇なく煙幕に飛び込んで行った。


「ブラッドカァァァァァス!!!」


 彼の魂からの咆哮が響く。その執念が身体を動かさせることを示す。


 彼の叫びの直後、煙幕の向こうで黄色く光る壁が発生した。あれは一目で分かる、「プロテクト」だ。

 そして壁が生成された直後……


 バキィッ!


 何かを強く殴ったような、陶器が砕けたような音が鳴った。


 ──…決着か


 煙に遮られ、獅子浜には見えないが、コウキの一撃がブラッドカースに届いたのだろう。

 その証拠にか、先程まで二人か発していた走る音、火炎魔術の音、魔術を消す音が無い。


 煙が晴れた先には、コウキが立っていた。その先には倒れ、動かないブラッドカース。


「お前は、お前だけは……許せねぇ」


 コウキはまたもや沈みきった声を漏らす。

 右腕に持っていた槍を地面に捨て、ブラッドカースへ歩み寄る。


「………ッァ!」


 ブラッドカースは声にもならない音を口からだした。仮面は砕け、苦悶の表情を浮かべている。

 そんな彼女の事を気にすることも無く、コウキは左手で胸ぐらを掴むと、右拳を振り上げた。


「お前がァッ!」


 バキィッ!

 拳が振り下ろされるのと共に、鈍い音が鳴る。ブラッドカースの身体がそれにつられてビクン、とはねた。


「お前のせいで!」

 バキィッ!

 続けてもう一度、音が響いた。またもや身体が小さくはねる。


「………あぁぁぁぁ!!」


 バキィッ!バキィッ!バキィッ!

 コウキは半狂乱になって叫び、拳を振るう速度は早くなる。

 女性の顔面を殴り続けるその様は、街を危機から守ったヒーローには到底見えない。それ程までに、彼を怒りが支配してしまった。


「もうやめて!!」


 どこかからか、その様子を止めようと止めようとする人が走り込んできた。

 リーズだ。近くで見ていたのだろう。彼女はコウキの振り上げられた右腕に両手で抱きつき、押さえ込んだ。


「……離せ、リーズ」

「ダメだよ…、もうやめて!お願い…、お願いだから…コウキ!」

「無理だ。この女は許せない」


 リーズが懇願するが、コウキは聞き入るつもりは無い様子。ブラッドカースを睨み続け、右拳は握らたままだ。

 そんな様子に気圧されてか、リーズは再び口を開いた。


「でも……殺しちゃダメ。…殺した、ら……メイの場所、分からない…でしょ」


 震えながらに発せられた言葉。まるでこれだけは、言いたくなかったかのように。

 だが、その言葉は効果があったようだ。

 コウキの右腕からは力が抜け、拳を下ろし、そして左手でつかんでいたブラッドカースを離した。


 両手が自由になったコウキは黙って立ち上がり、意識を失ったブラッドカースを見下ろした。


「(…………………………。)」


 その無言に何が含まれていたのか、獅子浜には分からない。だが、これで終わりにさせる気は無い。そんな気概を感じ取った。


 一方のリーズは、立ち上がったコウキの背中に抱きついた。煤や土、血で汚れた背中に顔を填め、小さく震える。



 ──朝暉が街を優しく照らす

 ──彼らは戦いの果て、朝を迎えたのだ


 ──旭日が差し込み、家々の隙間を通った先、一本の明るい光は彼、彼女らを照らした

 ──そこには表情を滅多に変えないリーズの、大粒の涙が煌めいていた


【第29話 完】

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