28 勇者、北部都市決戦(三)

 獅子浜は決心を改めた。これからやることは冒険者としてではなく、勇者としての仕事。

 ギルド会館の玄関が閉まり、鍵の掛かる音が聞こえる中、拳を握り直す獅子浜は救難者を求めて走り出した。

 ▪️▪️▪️


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 近くから悲鳴が聞こえてきた。それも少女の、…苦しむ叫び声だ。

 外へ出た獅子浜は、そちらを振り向き、真っ先に向かった。

 距離は50m程だろうか、今いる道の先にアンデッドが複数固まっている。

 声の元はあそこだろう。


「今行くぞ!待ってろ!」


 そう言って獅子浜は全力で走り出す。

40m…30m…10m…

 距離はどんどん狭まる。

 接触まであと、…2m。ぶつかるギリギリのところで獅子浜は飛び上がり、回し蹴りを放った。


 ミシィ…ッ!


 腹部に直撃。アンデッドは身体を「く」の字に曲げて吹き飛んだ。

 それと同時に他のアンデッドはこちらに注目し、動きを一瞬とめた。獅子浜はそれを見逃さない。

 左側のアンデッドに対してタックルを当てて飛ばし、もう一体のアンデッドには頭部目掛けてハイキックを当てて倒した。


 これで少女を襲おうとしていたアンデッドは全て蹴散らした。

 一時の安全を確保した獅子浜は、先程叫んでいた少女の元へ駆け寄り手を差し伸べた。


「大丈夫かい!?」


 そう言いきってから獅子浜は少女の足の異変に気がついた。

 両足に大きな怪我を負っているのだ。左足は、ふくらはぎに大きな引っかき傷が出来ていて、…右足は…膝から下が無い。傷口は酷く、無理やりちぎられたかのような跡がのこっている。

 両足から大量の血液が流れており、このままでは死に至ることが見て取れた。


「ハ………ハ……」


 少女が苦しそうに呻いている。

 そして…ゆっくりと顔を上げ、こちらを向いた。その顔は恐怖と痛みで歪み、汗と涙で濡れている。


「おね、がい………助け、て……」


 少女は必死に、かすれ掠れに声を出した。その声からも余裕が無いことが分かる。

 歩くことすら出来ないこの少女は、俺が見捨てたらきっと死んでしまう。

 そんな予感が、頭をよぎる。


「ああ、そのつもりさ」


 獅子浜はそう言って少女を持ち上げ、背中に背負った。


「あ……あの、服が…」


 背中の少女が申し訳なさそうに尋ねてくる。

 それもそうだ。獅子浜の背中はほんのりと暖かい感触が伝わり、ベタベタしてきた。彼女の血液が獅子浜の背中を濡らしているのだ。


「そんなこと気にしないさ。とりあえず今は止血できる所へ行かないと」


 だが、表情ひとつ曇らせない。少女の方へ目線を合わせ、笑顔を向けて語りかけると獅子浜は立ち上がった。

 自力では動けないこの人でも安静にでき、十分な治療を受けられるところへ連れていかなければ──


 そう決めた獅子浜は周囲のアンデッドの隙間を縫うように走りだした。目的地は遠くに見える一際高い建物、名前はなんて言ったか忘れた。だが、あそこなら衛兵もいる分安全だろう。それに隣接する教会でも治療を受けることが出来るだろう。

 ──この子の為に早く、そこへ向かわなければ。


 獅子浜の足にまで血液が垂れてきた。背中は濡れて生暖かくなる一方で、肩にかかる吐息は弱くなってきた。少女の終わりが近いことを知らせる。


 焦る獅子浜は一直線に前だけをみて、辺りを徘徊するアンデッドを無視して突き進んだ。


「ちょっとそこの冒険者!その娘を安全地帯へ連れていくのかい?」

「ああ、そうだけども!?」


 そんな時、突然声をかけられた。獅子浜は思わず驚き、止まって振り向く。そこには顔色の悪い青年がいた。

 左肩から血を流し、腕は力なく垂れている。彼もこの騒動の中で怪我をしたのだろう。


「そりゃよかった。俺も右腕を怪我しちゃってな…。俺も連れて行ってくれよ」

「しかし…」


 言葉に詰まり、獅子浜は黙り込んでしまった。

 現状両腕は塞がっており、これ以上人を救助するのは厳しいからだ。

 獅子浜の考えを悟ったらしいこの青年は、返事を待たずに話しだした。


「ああ、気にしないで!俺の足は元気だから邪魔はしないさ!それに、その娘の止血を早くした方がいいんじゃないのかな?俺、いいところ知ってるから着いてきなよ」

「本当かい!?それは助かる!」


 それならば、と獅子浜は笑顔で了承した。

 その青年の言う通りに着いていき、大通りを外れて脇道へ進む。その道を進んだ先、両側に家が建つ路地で青年が止まった。

 青年は「ちょっと待ってな」と言って窓を開け、獅子浜へそこに入るよう合図を送ってきた。


 困惑しつつも獅子浜は窓から家に入り、後から青年の右腕を引っ張って家に入れた。


「ささ、こっちこっち」


 家に入った青年は間髪入れず、獅子浜を部屋の奥に案内した。

「(ここは…普通の民家だな…)」


 部屋では争いがあったようで、色々なものが散らかり、所々に傷がついている。

 そんな部屋の様子も気にせず、青年は棚から医療箱を取り出して獅子浜に突き出した。


「まずはその娘に使ってな。そして次は俺。両腕が使えるのはあんただけなんだからしっかりやってくれよ」


 場の状況を飲み込みきれていない獅子浜はあっけに取られつつも、いつも通り「ああ」と、答えて可能な限りの手当を施した。

 ▪️▪️▪️


 大量のタオルと包帯を使って、なんとか少女と青年の手当を終えた。

 獅子浜の体には二人分の血液が付着し、異臭を放っていた。さすがにこのままには出来ない、と獅子浜が服を脱ごうとした所、青年が新しい服を持ってきてくれた。

 それ以外にも新しいタオルに水、食料……

 獅子浜の意図を察してか様々なものを青年は持ってきた。


「色々と親切にしてくれてありがとう。返せるものがなくて申し訳ないけども、俺はもう行くよ」


 獅子浜は意識のない少女を背負って立ち上がり、入ってきた窓へ向かった。


「えっ…あっ…ちょっと!教会は不味いって!行かない方が……っ!」


 背後から青年が止める声が聞こえてきたが、獅子浜の耳には届かない。

 獅子浜は窓から飛び降り、再び教会へ走り出した。


「…チッ」


 青年が何を思ってか舌打ちをする。だが、残念なことに、「ソレ」は獅子浜には一切聞こえていなかった……

 ▪️▪️▪️



 再び走り出して数分後、ようやく教会前にたどり着いた。しかし、いつの間にかあの青年の姿は無くなっていた。どこかではぐれたのだろう。探しに向かいたいが、今はこの少女が先決だ。

 教会の周囲には多数の衛兵や教徒がおり、アンデッドから建物近辺を守っていた。それに、避難してきた人達がどんどん教会内に入っている。

 獅子浜も怪我人を連れていることを伝え、教会内の救護室へ案内してもらった。


 救護室に入った獅子浜は、その部屋の鉄臭さに驚いた。それに辺り一帯から聴こえるうめき声に眉を顰める。


 ──なんて人数だ…。けが人に対して医者が少なすぎるじゃないか…。


 この人達全員がアンデッドにやられたのだろう。

 医者や教徒が総動員で治療に当たっているが、怪我人が多い。多すぎる。

 このまま怪我人が増えたらどうするのか…。治療スペースの確保は大丈夫なのか…。医療品、魔術道具のストックは足りるのか…。

 気に鳴りだしたらキリがない。

 じゃあこんな場所で、自分に出来ることは…


──また外に行って救護を行おう。もしくは、首謀者を倒すか…


 そう考え、教会の外へ出ようと歩き出した時、声をかけられた。


「ここまでお疲れ様でした。怪我人の搬送、ありがとうございます。あなたもここで休んでください。アンデッドは私達教会の者が得意とする領分ですので…」


 振り向くと一人の医療スタッフがいた。身なりから察するに、凡そ雑用係と言ったところだろう。

 しかしそんな身分であっても忙しいらしく、彼の雰囲気から疲労が感じられる。


「いえ…俺は、また外に行きます。助けを求めている人がいるかもしれないんです。」

「そんな…。っ…いいえ。分かりました気をつけて、下さいね」


 何かを言いたげだったが、それを堪え

 送り出して貰えた。彼には彼の仕事、獅子浜は獅子浜の仕事がある。いくら危険なこととはいえ、それをわかって貰えたのだろう。


 街中へ戻るため、救護室を出て玄関へ向かった。その間にも、獅子浜と入れ違いになるように何人もの重体の人が治療室へ運び込まれていった。


 ──救護の限界は近い。このままではジリ貧だ。この状況を打開するためには………


 ──この騒動の首謀者ブラッドカースを倒さなければ……


 獅子浜は外に出ると、周囲の家々を観察した。彼の背後には教会があって北側は見れないが、東西と南の街の様子は見える。

 この方位の中で、最後に火の着いた方向にがいると獅子浜は考えたのだ。


「(火事が多いのはあっち側か!)」


 西側がほかの方位よりも大分明るい。火がついたばかりで、人の手が回っていないのだろう。そう思った獅子浜は、そちらへ狙いを付けた。

 そして、走り出そうとしたその時。目線の先、燃える家々の上、炎を背に、何かが浮いているのが見えた。

 炎や煙でぼやけ、ハッキリとは見えないが、あの見なれた姿に獅子浜は直ぐに誰なのか分かった。

 それは向こうも同じらしく、こちらに向かって大声で叫んできた。



「やっと見つけましたわよ、勇者!!!

 この戦い、楽しんでいただけているかしら!!」

「ブラッドカァァァァス!!!」


 ──そう。それは、紛れもなく


【第28話 完】

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