27 勇者、北部都市決戦(二)

 獅子浜たちはギルドの依頼で都市地下へ向かい、行方不明者の調査及び水路の確認へ向かっていた。

 いつまでも遭難者を見つけることができない中、彼ら三人は下層部の遺跡までたどり着く。その最深部には捨てられた研究施設と…ブラッドカースがいた。

 彼女が言うには地上に大量のアンデッドを向かわせたらしく、それを知った獅子浜も地上へ急いだ。


 ──地下通路を抜けた先、三人の視界に入ったのは地獄のような惨状であった。

 ▪️▪️▪️



「ブラッドカァァァァァァス!!」


 獅子浜は怒りに身を任せ、天に向かって叫ぶ。怒りが全身を巡る。この惨状を許せまいと熱くなる。


 周囲の家々は燃えあがり、逃げ惑う人々をアンデッドが襲っている。

 三人の前方にはアンデッドたちが固まってうずくまっている。

 何をしているのかと凝視したリーズは小さく声を上げて固まった。

 ──足だ。人間の足が奴らの隙間から見える。

 あのアンデッド達は人間を食べているのだ。


「うわぁぁぁぁぁあ!」


 コウキは叫び、群れるアンデッドのところへ走り出した。

 槍を低めに構え、何体かいるうちの一体の胴体に突き刺す。ブシュッ…と鈍い音を立て、血が溢れだした。

 しかし……、心臓部を刺したはずなのにアンデッドは何も反応を示さない。


「ッラァァ!」


 コウキは腰に力を入れて踏んばり、槍を思いっきり振って、アンデッドを横方向にに飛ばした。


「……当たって!」


 リーズは掛け声と共に瓶を投げ、群れを成す他のアンデッドへ命中させた。割れた中身がアンデッドの背中にかかった。ジュゥゥ…と音を立てて湯気が立ち込める。


「アアアアアアアアアア!!!」


 効果があったらしく、アンデッドは苦しんで叫び地面へ倒れた。

 背中から出ていた湯気は青い炎になり、アンデッドを包むと燃え始めた。

「アアアアア…」とか弱く声を上げ、リーズに向かって腕を突き出す。しかし炎で全身が見えなくなる頃には話すことも、動くことも無く、ただの屍となった。


 他の食事中だったアンデッド達も獅子浜達に注意が移ったらしく、立ち上がってこちらを振り向いた。

 個体ごとに劣化具合が大きく違うが、明らかにどれも生気はない。どう見ても死んだ人間たちだ。


「二人とも…悪いが、俺は生きている人の救助に向かいたい。二人はどうする?」


 獅子浜は目の前にいる敵意むき出しのアンデッドよりも、生存者の救出に向かいたかった。


「俺もそうしたいですけども…。っとにかく!こいつらを倒したら合流します!シシハマさんは生きてる人を助けに向かってください!」

「……私はコウキをサポートするッ!…シシハマ様は自分のしたいことを!」


 コウキは余裕のない顔を獅子浜に一瞬向けると、すぐにアンデッドへ向き直る。リーズもアンデッドから目を離さずに答えた。


「……それと!…私の部屋に聖水が沢山置いてある!…持って行って!」

「リーズちゃんありがとう!使わせてもらう!」


 獅子浜は二人へ感謝を述べると、宿の方へ走り出した。

 この距離なら走って体感10分程、普段なら直ぐに到着できるだろうが、…今日ばかりはそうはいかなさそうだ。

 視界内にはアンデッドが四体。──せめて、逃げる人の手助けくらいはしなければ。


 そう決めて獅子浜は近くにいるアンデッドのうち、手前側の二体を無視。そいつらの両脇を走り抜けて、逃げ場を失い、動けなくなった村人に襲いかかろうとするアンデッドに狙いを付けた。


「うをりゃゃゃあ!!」


 雄叫びを上げ、助走をつけての飛び蹴りを放つ。横脇腹へ命中。

 いくら生身の状態とはいえ、体格で勝る獅子浜の一撃を受けたアンデッドは弾きとんだ。


「(決定打の無い今はこれで十分だ)」


 アンデッドが倒れ込み、すぐに襲えないのを確認したら手を差し伸べて村人を立たせた。


「さあ早く!今のうちに安全なところへ!」

「あ……、ありがとうございます!」


 そう言って村人を走らせる。この街全域が危険な以上、彼を安全地まで連れていきたかった。

 だが、そうもいかない。獅子浜は他にも困っている人を救わなければならない。

 今はただ、あの村人が無事に目的地へたどり着くのを祈るだけだ。


 彼を見送って振り向くと、先程蹴飛ばしたアンデッドが近寄ってきた。道を作るために再度蹴り飛ばす。

 自身の進路を確保すると獅子浜もまた、目的地へ走り出した。

 ▪️▪️▪️



 地下の探索で既に走り回っていたせいか、周囲の酸素が薄いせいか、移動速度は遅くなる。

 それにアンデッドに襲われてる人の救援もおこなったせいで、ギルド会館へ着くのにだいぶ時間がかかった。


 目的地は目前。遠目から確認した限り建物は無事。これなら聖水も問題なく確保できそうだ。

 そう思いながら獅子浜は歩いて息を整え、ギルド会館の扉を押して開いた。

 ──だが…


 ギッ……ギッギッ……


 いつもなら簡単に開くはずの扉が動かない。内側から鍵が掛かっているのだろうか。

 そう思った獅子浜は扉を強く叩き、中に合図を送った。


 ドンドンドン!

「すみません!開けてください!」


 するとその直後、先程まで音のならなかった建物内で何かが動く音がした。

 それに続いて扉の鍵の開かれ、玄関は勢いよく開く。中から一人の男性が顔をのぞかせて、獅子浜の顔を見るなり腕を掴み建物内に引き込んだ。


「静かにしろよシシハマ。周りの連中がこっちにきたらどうするんだ」

「……す、すみません」


 男性は扉を素早く閉めた後、こちらへ文句を言いながら幾つもの鍵やかんぬきをかけ直した。

 獅子浜を引き込んだ男性がこちらを振り向く。先程は室内が暗く、一瞬の出来事だったから誰なのか分からなかったが、ダクだったようだ。

 獅子浜は彼の生存に喜びつつも、ホールの方へ振り返った。暗い建物の中を見渡すと、そこには何人もの冒険者たちと少数の町人がいる。

 皆暗い顔をして黙り込み、怯えるようだ。それに人によってはひどい怪我をしており、回復魔術を使える人が治療にあたっている。


「ここにいる人達は?」

「皆、ここでじっと静かに耐え忍んでるのさ。この災害前からここに居たやつ、災害でここに逃げ込んできたやつ、過程は色々ある。理由はどうあれ、朝になるまでこのギルド会館で篭城するつもりで備えてるんだよ」


 獅子浜は驚いた。

 ここにいる人達は皆、今も外で逃げる人たちを救いに行こうとはしていないのだ。

 血気ある若者も、老練な老人も、志ある初心者も、鍛錬を詰んだ経験者も。

 ここには大勢の冒険者たちが集まっている。しかしこの誰もが、この状況かに怯え、逃げようとしているのだ。


「どうして…、助けに行こうとしないんですか!あなた達は!冒険者なんでしょう!人々を助ける仕事をしているのでしょう!?」


 我慢が出来なくなり、獅子浜は人の大勢いるフロアに向かって叫んだ。

 獅子浜は裏切られた感じがしたのだ。転生前からずっとやってきた人助け。その行為に共感してくれる人達とようやく会えたと思ったのだが、現実は違ったのだ。


「シシハマ!」


 獅子浜の背後から怒声が起こる。

 振り向くとそこには苦虫を潰したような顔のダクがいた。


「俺たちはな、冒険者なんだ。人助けをするのはクエストがあるからなんだ。慈善活動じゃないんだ。わかってくれ」

「外に向かったヤツらの殆どは帰ってきていないんだ!そんな状態でどうしろって言うんだよ!」


 ダクの発言に続き、誰かの怒りが表れた。それを皮切りに何人もの苦しむ声が出てくる。

「早く逃げ出したいんだよ!」

「俺だって被害者だ!」

「わざわざ死にに行くなんて嫌なんだよ!」

「これ以上、人をここに入れたくないのよ…」

 皆が精神を追い詰められている。自分のことで必死になっている。


 冒険者たちの話を聞く中、獅子浜はココでの本来の目的を思い出した。

「ちょっと待っていてくれ!」

 そう言ってリーズの部屋に入り、しまわれていた聖水をありったけ運び出す。


「みんな見てくれ!聖水だ!これがあれば何体かアンデッドは倒せる!近くにいる人を助けに行くことくらいなら……


 そこまで言っておいて黙ってしまった。周囲の視線が何かを語る。

 ──そんな物には期待できない。

 ──そこまで危険を冒してまで、他人を救う気にはならない。

 まるで諦めきった、光を失った顔だ。


「シシハマよぉ、お前さんもわかっているだろうけどアンデッドの数が多すぎるんだ。それにな、噂じゃぁ聖水の効かない個体もあるらしい」


 ダクが皆の意見を代表するように、獅子浜を宥めるように口を開いた。

 獅子浜がそれを聴き、動きを止めたのを見て更に話を続けてきた。


「まぁ……つまりな、ソレじゃ駄目なんだ。お日さんが登ってくるのを待つのが、今の俺たちにとっては一番安全なんだよ」


 ダクの顔を見て頭を冷やされる。普段はあんなにも豪快な偉丈夫がこんなにも大人しく、落ち込んでいるのだ。


「俺は…俺は……!」

「あんたのやろうとしている事は冒険者じゃなくて、無謀者かのやん事だよ。まぁ、どうしてもってんなら止めはしないがね」


 ──

 その言葉に獅子浜は我に返り、決意が固まった。自分の中で一つの結論を導き出せた。

 ──この人たちとここまで意見が食い違うのは当然だったんだ。

 ──何故なら俺は、なのだから。


 元々生きる世界、見ている世界が違ったのだ。

 二週間以上、彼らと共に生活していたせいで忘れたが、この世界で生きる目的が根本的に違ったのだ。


 ならば仕方がない。

 そう思った獅子浜は、持っていた聖水20本のうち、15本を近くの机に置いた。周りの冒険者たちが不審な目で見てくるが、獅子浜は気にしない。

 机に並べ終えると玄関へ歩いていった。


「あの聖水は好きに使ってください。俺は…行きます」

「……おう。…明日生きて会えることを祈ってるぜ」


 玄関前、扉1枚向こうではアンデッドがひしめく状況。

 扉に付けられた幾つもの鍵やかんぬきを外しながら、獅子浜は別れの言葉のつもりで一言発した。

 それに対してのダクのこの反応。言葉では生還を願っているが、期待はしていないのだろう。


 ──だが、この状況では仕方あるまい。

 今は止められないことにだけ感謝をする。

 獅子浜はまた一歩、死地へ足を踏み入れた。


【第27話 完】

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