25 勇者、再起と祝福
どれくらい眠っていたのだろうか
虚ろな意識の中、ゆったりと身体の感覚が戻ってくるのを獅子浜は感じていた
先程まであった浮遊感、全身を締め付ける圧迫感はもうない
そして──
──ゆっくりと、その瞼をあける。
その目に映ったのは見知った天井。
次いで意識を覚ますために、上体を起こした。
「……おはよう、シシハマ様」
外からの日に赤く照らされる少女の顔が、獅子浜へ微笑みかける。
「おはよう、リーズちゃん」
その笑顔に対し、獅子浜も最大限の敬意と感謝を込めて笑顔を返した。
「なあ、リーズちゃん。俺が眠っていた間は何があったんだい?」
獅子浜はあの魔人…、勇者である獅子浜だけを狙ったあの魔人との戦闘中に意識を失い、それ以降のことは知らない。
リーズは一目見た限り、無事なのは分かった。だが、コウキは?ここに居ないコウキはどうなったのか……
それが分からない獅子浜は、不安になったのだ。
「……なんだ、それなら安心して。…コウキなら今頃食事の準備をしているか、下の階で他の冒険者と話すかしてる」
「そうか…」と、獅子浜は安堵の溜息をついた。
自分が意識を失っていた時のことも気になったが、リーズに制された。その間は大した出来事はなかったから、食事の時にでもするとの事だ。
今はそれ以上に、汗を水で流したらどうかと提案された。
そこで獅子浜は自身の身体に初めて気が向く。顔や腕に汗はなく、さっぱりしているがデリケートな部分や服の至る所から強い匂いがしてくる。
確かにこのままはまずい。そう思った獅子浜はリーズに席を外してもらい、部屋の中で一人、お湯を使って汗を流すことにした。
一階から桶いっぱいのお湯を二杯持ってきて服を脱ぐ。
タオルを浸し、絞ると顔に当てた。
むわっとした蒸気が顔を覆い油を拭き取っていくようだ。
続いて全身を拭い、ベタつきを取っていった。
たまには湯船に浸かりたい、と思うが生憎この都市にはそんなもの無い。どこか温泉地があれば、そこへ行きたいと獅子浜は思い浮べた。
ついでに服の方も石鹸を使って簡単に洗う。最後に絞り、パンパンと叩いて広げると窓辺に掛けて干した。
リーズが用意してくれた、簡易な服に着替えると一階の方へ降りた。
一階ではクエストから帰ってきた多くの冒険者たちが、今日を労う酒盛りをしている真っ最中だった。
この中の多くは、今日稼いだ銭のおおよそをここで使い果たすその日暮らしの者たち。入れ替わりが激しく、ここを毎日のように使う獅子浜でもその殆どは知らない人達なのだ。
だが、それでも──
「よおシシハマ!復活したみたいだな。明日からまたお互い、頑張っていこうぜ」
「ダクさん!……はい!」
実力がある者とは顔を合わせる機会も多くなる。直接話した事はなくとも噂が巡り、互いの事を自然と知るようになる。
そんな感じで獅子浜には知人のような相手がこのギルドで増えてきた。
他にも数人、当たりを見渡すと顔見知りがいた。獅子浜はそこらへ向くと手を振り、挨拶をする。
──これが、冒険者たちなりの挨拶であり、生存確認なのだ。
そういった冒険者たちのマナーを終え、獅子浜は本題の場所──リーズの所へ向かった。
広くないとはいえ、人が大勢溢れる食堂。少女一人を見つけるのは少々手がかかる。だが幸運にも、もう一人の仲間と話す声が聞こえてきた。それのおかげですぐに見つけることが出来た。
喧騒の中からその対話を探り出し、声のもとへ向かうと、コウキと目が合った。
「シシハマさん!」
「コウキ君。色々とごめんね」
コウキの顔に幾らかの笑みが浮かぶ。前もってリーズから聞いていたであろうに、自身の目で確認できてようやく安心できたのだろう。
「……シシハマ様、早く座って」
立って話をしている所をリーズにせかされた。そう言われて「ごめんごめん」と軽く謝り席に着く。
獅子浜たちのテーブルにはたくさんの食事が並び、三つの酒が小樽になみなみと注がれている。
こんなに豪華な食事をしたのはいつぶりだろうか…
「今日はシシハマさんの復活祝いですからね!盛大に食べましょう!!」
コウキがいつも以上の爽やかな笑顔を向けてくる。リーズも珍しく笑う。
手間をかけて申し訳なかった、と獅子浜は言いたかった。だが今それを言うのは無粋、二人の好意に甘える事にした。
目の前に広がる豪勢な肉に魚、果物たち。三人は樽を持つと、お祭り開始の合図を告げた。
「「「カンパーイ!」」」
【第25話 完】
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ワタクシはとある報告を受け、再度あの洞窟……デッドソーサラーと会った洞窟へ向かった。
勿論移動手段は浮遊、人間に見つからない為にも夜中に移動をする。
捕虜として攫ったあの娘は基地に置いてきた。今頃目覚め、周囲の環境に驚いているでしょう。雑務担当の魔人に怯え、泣き出しているかもしれない。
──もっとも、害を及ぼさないよう命じている以上、危険性はないけども。
なんて柄にもなく他人のことを考えている中、ワタクシは目的地である洞窟の入口へたどり着いた。
月明かりを吸い込む、真っ暗な穴。一歩踏み込めば湧き水が辺りに滴り、背すじをひんやりとさせる。
ワタクシは火炎魔術を発動し、周囲に浮かばせるとそれを明かりにして内部へ進んでいった。
…
…
進むこと幾許、かの魔人との合流地点へやってきた。ここは他の出入口とも繋がる分岐点、地上に出たがらない彼にはここが良いのでしょう。
もう来ているかと思い、あたりへ火球を泳がせる。すると窪地にひとつ、人影を見つけた。
「なんですの。もういるのであれば声をかけて頂ければ良いのに…」
「人違いだったら、困る」
「こんな奥地、誰も来なくてよ」
相変わらずこの魔人は用心深い。それは人嫌いが原因なのか、弱さが原因なのか、ワタクシには分かりませんが……
「ところで、あの報告書は事実でして?ワタクシの指定した数以上のアンデッドの用意ができてよ?」
「ああ、総数850。これまで作ってきた数、合わせてそうなった」
資料をワタクシに手渡しできたので、それを受け取り軽く目を通す。見た限りはワタクシの要望に沿った数を揃えたみたい。
彼の返答にワタクシは「そう…」と、淡白だけどもすこし愉快げに返す。これまで毎日毎日、研究する過程でここまでの数が出来上がったのでしょう…
「(ゴホッ……ゴホッ……)」
デッドソーサラーが咳き込んだ。改めて見直すと、動きが鈍く、身体はだるそう。
「体調でも悪いのかしら」
「悪いのは、いつもの事だ。だが、今日は特段だな」
そう言って壁に手をつきながら、地面に座り込む。
「俺が死ぬまでに…、生者の理性を保ったまま、アンデッドにする魔術を、完成させたかった…。だが、厳しそう、だ」
苦しそうに喋る彼。呪いのせいか、加齢か…
この魔人にはもっと研究を重ね、魔王軍の為にアンデッドをもっと生産して欲しかったが、先は短そう……
「デッドソーサラー…」
彼の呼び名を紡ぐ。
元研究者で現魔王軍の一人。不老不死の研究のため、アンデッド技術に手を出した異端の魔術師。資金難に陥ったところをデスジェネラルにスカウトされたとか…
まあ、その辺の細かい話はワタクシには関係ありませんが…
「その名は、嫌いだ…」
そう言いながら彼はポケットの中に手を入れ、1本の鍵と書類を取り出した。
「これを渡す。北部都市地下の研究室鍵だ。もう俺が、あそこへ行くことは無い…。後は好きにしてくれ」
「そう…有難くいただきますわ」
ワタクシはそれを受け取り、内容を見る。
デッドソーサラーの、もう使うことの無い研究室の場所と、細かい見取り図が書いてある。これならワタクシ1人でもできそう。
「要件は、これで、以上だ。俺はここで、しばらく休んでから移動する。じゃあな」
そう言ったデッドソーサラーは腕を垂らして動かなくなった。肩は上下しているからまだ息はあるみたい。彼の言葉通り、休むようです。
「ええ…それではさよなら。またどこかでお会い致しましょう…」
彼の様子を確認したワタクシは、そう言って歩き出す。向かう方向は先程来た道とは違う方、北部都市の地下深くへ繋がる隠し道。
「フフフフフ………オーーッホッホッホッホ!今に見てなさい勇者!今度こそはあなたに絶望を!孤独を与えて差し上げますわ!」
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