24 冒険者たちの葛藤(二)

 部屋に差し込む僅かな光に、私は目を覚ました。

 広い部屋の中で一人…。上体を起こして意識を動かさせる。

「(たしか昨日は……。コウキにシシハマ様の介抱を任せて寝たんだっけ…)」


 様子が気になった私はせめても、と髪形を少し整えてから部屋を出た。

 二人がいる隣の部屋の前に来ると、ゆっくりと扉を押す。無防備に鍵のかかっていない扉は「ギギッ…」と小さく音を立てて動いた。

 部屋の奥には小山のできたベットが二つ、上下に小さく動いてる。


 起こさないようにソロリソロリと近づいて、シシハマ様の顔を覗き込んだ。

 その顔に汗はなく、苦しそうな様子もない。ただ静穏に眠っているだけ…。

 きっと、コウキが夜中に見ていてくれたんだろう。


 振り返った私は、今もぐっすり寝ているコウキの額に手をあてる。

「……ありがとうね」


 …っと気づかれたらまずいまずい。私は手を直ぐに引っ込めて、部屋を出た。


 そのまま自室へ戻り、身支度をして食事のために一階へ降りた。コウキが起きるまでの間、何をしようかな…なんて考えながら朝食のパンに齧り付く。


 朝食を摂るには少し早い時間だからか、周囲に人は少なくギルド会館内は静寂に包まれている。

 調理場から漂う良い香りと、ギルド嬢の作業音が食事の良いスパイスになる。


 特に目をやる場所がない私は、ギルド嬢が掲示板にクエストを張り出しているのを眺めながら、パンとスープを交互に口に運んでいった。

 そんな時、ギルド嬢と目が合った。まあ当然かもしれない。だって私は彼女のことをずっと見ていたんだから…。

 私のことに気がついた彼女は笑顔でズイズイとやってきた。


「リーズさん。いい加減金階級になりませんか?」

「……またその話?…何回も断ってるでしょ。…私はこれ以上階級をあげない」

「ですけどぉ……


 ギルド嬢が不服そうな顔を浮かべる。


 …金階級になるのってそこそこの名誉なんですよ。政府からの仕事が入りやすくなるし、場合によっては衛兵として雇って貰える。安定した地位を得られるかもなんですよ!?」


 ギルド嬢の言う通り、金階級はなるのが難しい分、かなりの社会的地位を得られる。何も持ってない浮浪者がこれを目標に冒険者を目指すくらいだ。

 でも私は、ある理由があってそれを断り続けてる。


「……でもその代わり、都市間の移動に制限ができるんでしょ。…私は旅をする身、それは困る」


 そう、金階級は都市に雇われる身分。定期報告やら何やら、仕事が出来て拘束されるのだ。今後も旅を続ける以上、それが不都合になる場面があるから私はこの階級で止めている。

 だからこれからも、私はこの星が四つ付いた銀の札をぶら下げる。


「……じゃあ、また後で」


 そう言って私は席を立った。尤も、コウキの様子を伺いに行きたい頃合だったのだ。ギルド嬢から逃げた訳じゃない…。…うん、そうだ


 コウキ達の部屋の前にまた戻ってきた。中からガサゴソと、なにかが動く音が聞こえてくる。きっとコウキが起きたんだろう。

 それを確認した私は普通に扉を開けて押し入った。


「おはようリーズ」

「……うん、おはよう」

「シシハマさんはまだ起きないみたいだな」

「……そうだね。…私は食事済ませてあるから、食べに行ってきなよ」

「ありがとな。そうするよ」


 そう言って、コウキを食事へ促す。シシハマ様を一人にするのはまずいから、その間は私がここにいよう。

 でも暫くは暇、どうしようか。

 ………そういえば、バッグが少しほつれてきてたっけな


 そう思った私は自分の部屋に戻ってバッグを確認する。

 ──やっぱりそうだった。底の角の辺りが少しほつれてる。

 私は宿の一階へ降り、針と糸を貰うとコウキの寝ていたベットの上でチクリチクリと縫い始めた。

…………

………

……



 昼前、コウキがやりたいことを終わらせたらしく、私たちのいる部屋に帰ってきた。裁縫を終わらせて暇になっていた私は彼と交代。コウキの持ってきたご飯を食べて私は外へ出た。

 ひとまず一階へ降りた私は、ギルドの掲示板の確認や、ほか冒険者といつもの情報交換をして時間を過ごした。

……

……


 そんなかんなで、コウキと交代。またシシハマ様の寄り添いの番がきた。

 外は赤く染まり、地上には小さなあかりがぽつりぽつりと付いてくる。


 今日は久しぶりに何も無い日だったな…と、

 こんな平穏だった日はいつぶりだったかな…と、


 外から子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。

 扉の向こう、ギルド会館一階からはクエスト帰りの冒険者たちの声が響いてくる。

 外がそんなに騒がしい中、静寂な室内で小さな音が聞こえてきた。

 ──布がめくれて擦れる音

 ──ベッドの骨組みが軋む音

 私は今か今かと待っていた、誰かさんの方へ振り向いた。


「……おはよう、シシハマ様」

▪️▪️▪️



【第24話 完】



 ────────────────────────────────────────────────


「はあっ…はあっ…」


 必死になって走る。

 目指すのは地上への出口。

 青年は一人、手元のランプの明かりだけを頼りに逃げていた。


 ここは北部都市カイマナの地下空間。

 地下に広がる下水施設のさらなる奥地。


「ヒッ…ヒッ…」

 走るのも限界がきた。足は鉄のように重く、心臓は叫ぶように煩く鳴る。全身をめぐる血液も熱く、燃えるようだ。

 どこかに休めるところは無いかと探していた時、ちょうどよく脇に逸れる道を見つけた。

 青年はそこへ入ると壁に背中を預け、身を隠した。健康に育ったその丈夫な身体は、恐怖に縮こまりガクガクと震えている。その様子に健全さは見られない。


「なんなんだよぉ…ただの整備のはずだろぉ…」


 青年が小さく声を漏らす。

 彼が受けたクエストは、都市地下の下水施設に住んだ危険生物の排除。

 何ら難しくはない、経験を積んだ冒険者でなくともほぼ確実に生還できる内容だ。

 しかし──


「なんなんだよぉ…あのアンデッドの数…」


 思い浮かべるのはあの地獄絵図

 人間、動物、魔人…

 生物だったものが、種族関係なく密集していた部屋

 探索を進めていた彼らは下水施設のさらに深部、捨てられた区域までたどり着いていたのだ。

 そこで依頼書に書かれていなかった、大量のアンデッドが密集した部屋を彼は、彼らは、見つけたのだ。


「……アクア……ロック……………」


 心細さから、はぐれた仲間の名前を呼ぶ。無論、返事はない。

 青年は現実をまだ受け入れきれていない。彼は、まだ理解しきれていない。


 あの部屋を開け、アンデッドを見て逃げ出した後、一人の男の苦しむ絶叫が聞こえた。

 ──あれは、ロックだろう……


 しばらく逃げ続けたあと、気がついたら浄化魔法を唱える声が聞こえなくなっていた。

 ──……アクア…


 まだ初心者なりにも、協力して冒険してきた二人の姿を思い浮かべる。


 そうこう考えているうちに呼吸も整ってきた。

 自身に喝を入れて起き上がり、足に力をいれる。


「(生きて帰るんだ。そして報告しないと……)」

 通ってきた通路にアンデッドいないことを確認して、再び走り出そうとした。


 ──その刹那


 ガシッ……

 何者かが青年の首を後ろから掴み、持ち上げた。驚きのあまりランプを落としてしまう。


「カハッッ……………」

 恐怖のあまり叫びそうになったが気道は潰され、出たのは小さな吐息だけだった。

 手足を振り、必死に逃げようとするがその強い力の前には意味がない。


 青年は何とか首を曲げ、必死の思いで後ろを見る。

 視界の端にやっと映ったのは、右手を失い腹部に大きな焼き傷のある魔人のアンデッド。


 絶対に勝てない相手。

 もう逃げることも出来ない状況。

 死を覚悟させる状況に、恐怖が限界を超えた。


「(………ニヤリ……)」


 無意識なのか、口角が上がっている。それはどんな心情であろうか…

 首を締め付ける力はさらに強くなる。これは、必要な力の量を理解していないかの如く。素早い絶命を望むかの如く。

 だが、そんなことをするまでもなかった。青年は既に動かず、目は血走り、恐怖から抜けていた。


 魔人から発せられる強烈な酸の匂いが、腐臭と共に周囲を本格的に覆ってきた。それは人間には耐え難きもの、生者は本能的に避けるもの。──しかし幸か不幸か…この青年にはもう、効かないのであった。


「逃げられては、困る。基地を見たものは、誰も還さない」


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