23 冒険者たちの葛藤

 俺たちはギルドのクエストを受け、シシハマさん、リーズと魔人の討伐へ第二カイ山へ向かった。

 俺たちの作戦は成功。誘き寄せた魔人を撃破したけども、メイさんに関する手がかりは得られなかった。

 そしてクエストの帰り道、俺たちは報告にない魔人に遭遇したんだ。

 ▪️▪️▪️▪️▪️


「シシハマさん!」


 謎の魔人の攻撃を受けシシハマさんは倒れ込んでしまった。俺が呼んでも返事がない。外傷は無さそうだけども、かなり深刻なようだ。


「力が…みなぎる。みなぎるぞ」


 それに対して、魔人は更に力を付けたようだ。腹部の魔晶石が強く光っている。

 魔人が一歩踏み出した。先程まで使っていた武器はもう使えないみたいだ。近距離でトドメを刺すように見える。

 そうはさせまいと、俺はリーズと顔を見合わせる。俺たちの仲だ、詳しい事を話すまでもない。目を見て頷くとすぐに行動に出た。


「魔人!今度は俺が相手だ。シシハマさんはやらせない!」


 俺は倒れたシシハマさんの前に出て槍を構えた。その後ろではリーズが回復魔術を使用、介抱している。


「どけ。お前に用はない」


 やっぱりそうだ。こいつは俺に興味が無い。見ているのは、俺の後ろにいるシシハマさん。

 この魔人の態度に、これまでの事を思い出す。悔しさのあまり口を強く噛み、眉間にシワがよる。


 だけども今、そんな感傷にふけっている場合ではない。

 一歩一歩近ずいてくる魔人へ槍を構え、雄叫びを上げて突撃した。


「うをぉぉぉぉ!!」


 自分一人で勝てる見込みなんてない。それがわかっている以上、今やるのは時間稼ぎだ。リーズがシシハマさんを馬車へ回収するまでの間、俺がこいつを引き寄せればいい。

 それくらいならできる。いや、出来なきゃ俺の立場ってものが無い。


「邪魔だ」


 そんな俺の決意を無意味にするように、魔人は槍を奪い取り、俺を払い除けた。


「うわぁ!」

 跳ね除けられた俺は、砂埃を上げながら地面をゴロゴロ転がり壁にぶつかった。すぐに体勢を建て直し、立ち上がる。

 ──危なかった。

 もし反対側に転がされていたら今頃崖の下だったかもしれない。


 魔人は今も一歩づつ、ゆったりとシシハマさんを引っ張るリーズの方へ近づいていく。

 二人が馬車に戻るまではあと少し。あと少しだけでいいから時間を稼がないと。


「はぁぁぁあ!」

 自分に再度喝を入れ、魔人の懐へ突っ込んだ。今の俺は丸腰、攻撃を受ければ反撃する手段はない。けども、それでも、時間を稼ぐぐらいはできる。


「うっ…ぐぅぅ。どけ、どくんだ」

「させない!行かせない!これが俺の意地なんだ!」


 魔人が俺を振りほどこうと身体を捩り、腕を振り回す。だけど俺は必死に抵抗する。腰に両手で抱きつき、太ももで片足にまとわりついて動きを止める。


「これが俺なりのなんだ!」


 みっともないのは分かるけども、これが今の精一杯。必死にすがりついた。


「ぐぁぁぁあ!離せ!」


 突然魔人が強く暴れだし、とうとう俺は振りほどかれてしまった。


「うぐ……ぅがぁ!」


 魔人の魔晶石が青く点滅し、苦しそうにうめきだした。脚は止まり、上半身を丸める。


 ──今がチャンスなんじゃないか?

 そう思った俺は全速力で駆け出し、魔人にタックルを仕掛けた。


 ドォン!と激しくぶつかり、俺はその場から勢いよく転倒した。魔人はそのまま飛ばされ転がっていく。

 その先は崖。魔人は勢いを抑えきれず落ちていった。


 ボシャァァン──


 崖の下から水に落ちた音が聞こえてくる。どうやらあの下は川だったらしい。

 身を立て直し、安全を確認した俺はリーズが待つ馬車に戻った。

 ▪️▪️▪️



「ふむぅ…。これは深刻な魔力不足ですな。明日の夜には意識を取り戻すじゃろ」

 教会医の診断結果はあっさりとした、簡単な答えだった。安静にしていれば問題なく回復するらしい。


 あの謎の魔人に襲撃された日の晩、俺たちは急いで都市へ戻りシシハマさんを教会へ運び込んだ。そして教会医にこの症状を診察してもらっていたのだ。


 今打つ手が無いと分かった俺たちはシシハマさんを抱えて宿へ戻った。

 無事戻ってくると俺たちはシシハマさんをベッドに寝かせ、その様子を見ていた。


「はぁ…はぁ…」と、今も苦しそうに唸る。額には汗が浮かび、相変わらず具合は悪そうだ。

 魔力さえ戻れはどうにかなると分かっていても、不安なものは不安。今なにか出来ないかと思慮するのであった。


「昼に一度、マジックポーションは飲ませたんだよな?」

「……うん。馬車まで連れ戻した時飲ませた。だけどやっぱり、効果はなかった」


 やっぱりそうか…、と落胆する。

 普通、人はマジックポーションを連続して飲んでも意味が無い。大抵二本目以降は飲んでも魔力を得られないか、微量しか増えない。だいたい丸一日は開けないと回復効果は得られないのだ。

 シシハマさんは勇者に選ばれた人だから、もしかしたら…と思ったけどダメだったようだ。


「はぁ…」

 思わずため息が出る。

 できることが本格的にない上に、クエストに行くこともできない。

 この時間どうしようか…。なんて考え始めてしまった。


「……コウキ、ここは私が見てるから、少し外に出ていっていいよ」


 手持ち無沙汰になっていた時、リーズが助け舟を出してくれた。

 ここは好意に甘えて外に出よう。それに少なくとも、明日の夜まで俺達が介抱することになる。そのための買い出しもしてくるか。

 …っとその前に、クエストの報告をしてこないと…

 ▪️▪️▪️


 クエストの報告を終え、報酬を手にした俺は夜の街中へ繰り出した。


 普段ならこのまま酒屋に向かって一日の疲れを癒すところ…だけども今日はそう行かない。

 今日壊された槍の代わりに、とりあえずは新しい武器を買わないと…


 俺の足は武器屋の方へ向けて進み始めた。


 今度の武器はどんなものにしようか…と、武器屋に並ぶ様々な商品を眺め、俺の頭はそれで満たされていた。

 買う武器は槍で決まっている。だけどその今度買う武器は三人で戦うこと前提のものを買うべきだ。

 これまではリーズと二人で戦うことを踏まえて、前衛を一人でやるからかなり長めの、身の丈位の長さの槍を使っていた。

 しかしこれからは前衛が二人になる。もしくは…俺がサポートを担当することもある。だから必要なのは……中程度の長さの槍だ。


 よし、と槍の系統を決める。次に並ぶ中から、俺は一番良い魔法槍を選んだ。

 柄部分は精霊樹の幹を使用し、石突には魔晶石が着いている。先端には青緑色に艷めく金属刃がつく紛れもない一級品だ。


 俺はそれを手に取って軽く振り回す。問題ないことを確認すると店主に差し出した。


「あんた、この槍を買うのかい?驚いたよ。高級素材使ったせいで高いくせ、ピーキーで使いにくいコレを買う奴がいるなんてね」


「どうしても、勝ちたい相手がいるんです」

 ▪️▪️▪️



 私はコウキを部屋からだすと、獅子浜へ向き直った。

 彼の汗を布で拭き取り、その顔を観察する。

 魔人に襲われた直後と比べるとだいぶ追いついてきたみたいだ。これなら教会医の言った通り、明日には動けるかもしれない。


 私はひと安心して顔を上げると隣のベッドに腰掛けた。

「……ふぅ…」

 小さく溜息をつき、上半身をベッドへそのまま倒す。


 体から力を抜いてリラックスし、この十日間で起きたことを少し振り返る。

 私たちはこの十日間で、四体の魔人を倒した。無名の冒険者であればありえないその功績に、私たちは少し有名になった。近いうちに星が追加されると思う。特に、シシハマ様は一気に銀階級になれるかもしれない。

 そんな嬉しい戦績の一方、メイの手がかりはまだ得られて無い。正直、生きているのかも分からない。

 ──こんなこと、二人に言ったら凄い怒るだろうけど。

 それと……────


 ──────────────────────………。


 バタン


 扉の開く音に私の意識は戻された。どうやら少し眠っていたみたいだ。

 私はまだ、はっきりとしない視界を扉の方へ向けた。


「よう。ねむってたのか」

「……そうみたい」

「まあとにかく、お疲れ様。これ差し入れな」


 室内へ入ってきた彼は、上体を起こす私に袋を一つ、差し出してきた。

 袋を開いてガサゴソと中身を確認する。蒸しパンにふかし芋、ミルクゼリー。どれもこれも私の好きなものだ。いくつかの店を回って、わざわざ買ってきてくれたんだろう。


「……ありがとね」


 私は心からのお礼を彼に言い、視線をその背中の方に移した。

 どうやら新しい槍を買い直したみたいで、私が見たこと無いのを背負ってる。


 武器の知識がない私でも、それはひと目で分かった。──魔法槍だ。

 杖みたいな魔術補助道具に使う素材で作られた近接武器。それは魔術も白兵戦もする変わった人が使うって聞いたけども、コウキは魔術を使えない。


 じゃあなんでそれを手にしたのかを考えると、きっとあの槍は保護に特化したもの。魔術を強化するのでなく、魔術を斬って壊すことができるのだと思う。

 もちろん、そんな武器なら素材は高価になるし、用途が変わっているから通常の武器より耐久性も低い。


 こんな変な槍、冒険者ならまず手にはしない。…と思う。

 でも、コウキがそれを買った理由が一つだけ思い当たる。

 ブラッドカースだ。

 あの人を相手にするなら、幾らか有利に働くかもしれない。


 それだけに、コウキはブラッドカースを考えている。そしてその先にいるメイのことも考えている。


 胸の奥がチクリと傷んだ。

 あんな短い付き合いなのに、そんなに思ってもらえるなんて…

 初めてメイと会った、あの日の彼の顔。あんな顔は初めて見た。

 ──あーあ。はぁ…

 私の胃が重くなる。そんな表現が正しい感じの何かが、私におきた。


「リーズ。ここは俺がいるからもう大丈夫、また明日会おう、おやすみ」

「……そうだね。おやすみ」


 コウキから貰った食べ物を持って、私は部屋に戻った。

 一人で使う二人分の部屋。満腹になったお腹、スッキリとした身体。

 快適に眠れるはずのその日の夜は、何故かやたらと長かった。

 ▪️▪️▪️


【第23話 完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る