21 勇者、北部都市に住まう(一)

 獅子浜とコウキ、リーズの三人はメイの奪還に失敗。

 悔しさを胸に押し詰めて北部都市へ帰還するのであった。

▪️▪️▪️



 北部都市へ戻る揺れる馬車にて獅子浜は考え事をしていた。

 今回、ブラッドカースはメイを連れ去る時、何もヒントになることを言わなかった。奴の性格上恐らく、メイを殺す時は必ず獅子浜の前でやるだろう。

 つまり、奴が獅子浜の前に現れるまではメイの身はある程度安全だと考えられる。

 そして、ブラッドカースが再び現れるにはおよそ2、3日はまたかかるだろう。


「なあ、コウキ君、リーズちゃん。一つ相談があるんだけどいいかな?」


 メイを取り戻し、鉱山の問題を解決するまで北部都市から移るのは得策ではない。

 こちらの顔を伺うふたりに一つの提案を獅子浜は述べる。


「俺たちは北西にある軍事都市を目指して旅をしてきたけども、しばらく北部都市に留まらないか?」


 これは急な予定変更だ。元々一つの都市にはあまり滞在しない方針を立て、ここまで来た。本来ならばすぐにこの都市を出発し、北にある湖を目指すべきだ。

 だが、獅子浜の提案はそれを否定する形になる。

 二人がこの変更を受け入れてくれるか、彼はそれが心配となった。


「いいと思いますよ!北部都市は防衛も固い所だし…、あそこなら、しばらく居ても大丈夫だと思います」

「……私も、同意。カイマナにしばらく滞在して、ギルドのクエストやっておくといいかも」


 二人の同意が得られた。

 ならば今後のするべきことも定まった。

 まずはブラッドカースの居場所を見つけること、そして戦うための対策をとること。

 次は鉱山で行方不明になったもの達の身体を探し出し、アンデッド化していればこれを討伐。さらにその元凶も倒すことだ。


 魔王軍と戦うに辺り、今のしかかっている課題はあまりにも大きい。

 その上、獅子浜個人がやるべき事は更にある。この世界の知識を増やすこと、戦闘経験を積むことだ。


 旅を止めるのにもいい機会なのかもしれない。

 ここが第二の故郷になる気持ちで、定住を決意するのだった。

▪️▪️▪️



 三人が北部都市へ帰宅すると、宿に向かった。それは勿論今後の住処を確保するためだ。

 依頼したのはこれまで同じ四人分、ひとまず十日間の宿泊で依頼した。一人分多くしたのは、いつでもメイを迎えられるように願いそうしたのだ。


 そして、次に向かったのはギルド会館。そこへ依頼掲示板を見に行き、魔人がどこへ出没したのか、どこかでブラッドカースが現れていないかを見に行った。

 しかし、その期待と裏腹にそのような依頼は何一つなかった。


 ギルド会館へ訪れた冒険者たちに聴き込みも行ったが、アンデッドを生み出す魔人の手がかりは得られなかった。

▪️▪️▪️



 アレコレしているうちに夜になった。一日かけて特にヒントが得られず、不貞腐れていた獅子浜達はギルド会館の食堂で夕食をとっていた。


「にしても、アンデッド関係の手掛かりが何も無いなんてね〜。ほんっと、今日は気疲れしましたよ」

「……仕方ないでしょ。鉱山の内部が分かったのが昨日のこと。…今日だって、ギルドから冒険者が再調査に向かったばっかり」


 リーズの言う通りだ。獅子浜たちが帰ってきてギルド嬢に聞いて分かったのだが、本日の朝、鉱山内部を詳しく調査するための大部隊が編成され、出発したのだ。

 あのカイマナ第一鉱山はこの都市の産業を支える重要な地点。獅子浜達の報告書だけでなく、さらなる報告が必要とされて冒険者を向かわせたらしい。──尤も、それのせいで今日、自分たちの情報収集がままならなかったのだが……


 彼らは未だ帰ってきておらず、それを待ちがてらギルドで食事をとっているのであった。


「はい、こちら注文のエールです」

「……ありがと」

「あ!俺にももう一本!」

「……コウキはもうダメ。まだ私たちはやることがあるんだから」


 酒を運んできた給仕担当の娘へコウキが自分の追加分を注文し、リーズがそれを止める。

 コウキを酔わせたくないのは分かるけども、ならばリーズも呑まないで欲しい…。と思う獅子浜であった。


 そんなこんなで食事をしているうちに、建物の外が賑やかになってきた。


 ──編成部隊が帰ってきたのだろう。

 声から察するに、およそ10人は超えている。それだけ慎重に、信憑性のある情報がギルドは欲しかったのだろう。


「おーっす!ただいま!」


 そんな部隊の先陣を切って一人の男が入ってきた。浅黒い肌、金髪の髪に金色の刃の槍。そして、金色のギルド証。彼の名は──


「へリムさん!おかえりなさい!それに皆さんも!」


 ──そうだった、へリムだ。彼は確かリーズと面識があるらしいが…


 彼ら部隊がゾロゾロと会館内に入ってくる。皆を見る限り、疲れはあるが大きな怪我は無いらしい。


 ギルド嬢が声をかけると、そこへへリム一行がゾロゾロと歩いていった。これから調査の報告をするのだろう。それが気になる獅子浜は食事を一旦止め、彼らのいるカウンターの方へ歩いていった。


「で、へリムさん。鉱山の調査の方はどうでした?何か手がかりになるものはありましたか?」


 ギルド嬢が手に紙とペンを持ち、真剣な眼差しで尋ねる。すると冒険者たちの騒いでいた口は塞がり、鎮まる。次いでへリムが少し気まずそうに口を開いた。


「いやぁ…。これといったヒントは何も無かったよ。確かに鉱山を潜っていったら戦闘の後は見つけた。あれは多分、この前潜った人達の戦った後でしょ。うん、そうだ、そうしよう。ただ、何も死体が無かったんだ。──


 そこで獅子浜は息を飲んでしまう。

 ──死体が無い!?

 ──そんな馬鹿な…

 ──あの数の死体を誰かが回収したのか?

 ──1日足らずで全部!?

 ──そんなの、人間の仕業じゃない!


「死体の片付けなんて、俺たちはしていないですよ!?」


 予想外の報告に獅子浜は口を挟んでしまった。


「あれれ、君はあの時の…──


 へリムはここでようやく獅子浜のことも意識し始めた。そして獅子浜含め、周囲にハッキリと聞こえるように話し始める。


 ──だけど、本当なんだよね。あそこで見つかったのはひどい量の血液と幾つもの溶かされた跡。でも肝心の死体やそいつらが持っていたような武器が何も無いんだよ、本当に。もし疑うなら他のメンバーに聞いたっていいとも」


 この言葉に嘘はない。それは誰が見ても分かる事だ。

 でも…、だからこそ、獅子浜は、獅子浜達は悔しい。


「情報ありがとうございます。ううん…、結局行方不明者の手がかりはなさそうですね」


 ギルド嬢は報告書を書き込みながら、残念そうなため息をついた。


「ありがとうございました、こちらが報酬金になります。皆さんで相談して分けてください。鉱山の件は上部からの連絡がき次第、皆さんに連絡しますね。それではお疲れ様でした」


 ギルド嬢は定型文のようなセリフを言うと彼らを返し、彼女も奥へ行ってしまった。


 ──これ以上ここにいても仕方ないか…


 獅子浜もこれ以上の収集を諦め、しょんぼりとした様子で元のテーブルへ戻った。


「……おかえり。結構大声だったから内容は分かってる。…手がかりは私達が動いて探さなきゃいけない」

「そうなんだよ。あの毒の魔人も特に何も言ってなかったからね…」

「……でも、どんな魔人かは分かった」


 何本ものエールを飲み干し、顔が少しだけ赤くなったリーズが話を続ける。


「…その魔人は物凄く慎重で、計画的な性格。…こんなに冷静な魔人は多分ナチュラル。そして、どこかしらに基地を構えてるってこと」


「それはどうして…──


 リーズに訪ねようとしたけども、そっぽを向かれ、無視される。それくらいは自分で考えろ、ってことだろう。


「これからが大変ですね、シシハマさん。でも頑張りましょ!これからどんどんクエストをこなして、手掛かりを集めましょ!」

「そうだな!」


 ここで考えてばかりいても仕方が無い。

 これからしばらくはこの街に滞在し、自分たちの足で調査して手掛かりを集めよう。

 だからこれからは勇者としての身分を隠し、しばらくは一人の冒険者として活動するんだ。


 一人の少女を取り返すため、未だ謎多き事件を解決させるため……

 男は小さな決意を胸に秘め、新たな目標を建てるのであった。



【第21話 完】

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