20 勇者、人質奪還計画(二)
魔王軍側近、ブラッドカースに仲間のメイを鉱山を出た時に攫われた。
奴の交渉内容は翌日の昼、都市北部にある第一カイ山の山頂へ一人で来ること。
今はそれに従うしかない勇者獅子浜。彼女の無事を祈りつつ、指定された場所へ、指定された時間に向かうのであった。
▪️▪️▪️
「(メイちゃん…どうか無事でいてくれ…)」
山道を一人で登る獅子浜は、そんなことを考えていた。
鉱山での事件はまだ解決には至っていないが、それ以上に自身の不甲斐なさで起きた今回の問題に一人、獅子浜は頭を抱えていた。
いや、悔やんでいるのは獅子浜だけでは無い。コウキも、リーズも、連れ去られた場にいた二人も悔やんでいるだろう。
だが、メイの旅立つキッカケを与えることになった獅子浜は、二人以上に罪悪感を感じていた。
「ふうっ…」
普段は登らない山道を進み続け、幾らか疲労が溜まってきた。
後ろを振り返ると、乗ってきた馬車が木々の隙間から小さな点で見えた。頂上まではあと少しだろう。
──約束の時間まではまだ余裕がある。
ブラッドカースに備え、万全の状態で挑みたい獅子浜は一旦休憩を摂ることにした。
キュポン
持ってきた瓶を開け、中の水を飲む。幾らか汗をかいていたようで、飲み込んだ水分が体中を巡るような感じがした。
手頃な石に座っていたおかげで、足の疲れも取れてきた。
「よし…!」
体が回復したのを確認すると再び歩き出す。
目標は目と鼻の先、メイとブラッドカースが待つ山頂だ。
▪️▪️▪️
休憩をとってから少し歩き、山頂へたどり着いた。
山道の先、ゴール地点は広間となっていてその中央には奴、ブラッドカースが佇んでいる。
「おやおや、やっといらっしゃったのですね。ワタクシ、退屈すぎてこの娘で遊ぼうかと思っていた頃合でしたのよ」
ブラッドカースはこちらを見るなり、嘲るように語りかけてきた。
やつの足元にいるメイに視線を移す。
「シシハマ!」
メイと目が合うと、こちらへ声をかけてきた。
「シシハマ。私はもう大丈夫、大丈夫だから…。シシハマは勇者としてやるべきことをやって。お願い…」
言葉は震え、弱々しく出てくる発言は、見捨てろと言ってる内容とは対照的だ。
言葉ではそんなことを言ってるが、その態度を見せられては見捨てることもできない。
「メイちゃん!」
彼女の悲壮感が獅子浜の心へ突き刺さる。
すぐにでも助けたいと思い、彼女の元へ走り出した。
「そうはさせなくてよ!」
無論、ブラッドカースがさせるわけない。身の回りに火炎球を幾つも作ると獅子浜目掛けて打ち出した。
「ブレイブアップ!」
それを見てすぐさまに変身。左腕のバングルが輝くとその光が獅子浜を包みこみ戦士の姿へと変えた。
「フォトンブレード!!」
次いで新しく得た武器の名前を叫ぶ。すると柄までの部分がバングルの宝石部分から現れた。それを右腕で掴み、構えると光の刃が発生した。
「はあっ!!」
走る獅子浜は迫ってくる火焔球目掛けて光剣を振り下ろす。
バリリリィィィ!!
激しい音をたてて火焔球にぶつかった。炎の勢いは弱まり、剣に斬られた所から散り散りとなって消えた。
「なんですの!それは!」
見たことの無い武器、想定外の事象にブラッドカースは慌てふためく。
しかし、そこは経験を幾重にも積んだ魔術師。
「ファイアーウォール!」
獅子浜との間に炎の壁を作り、時間を稼ぐ。そして、その隙に…
横で倒れているメイの側へ寄り、しゃがんだ。
「くそ!」
目の前に突然現れた壁に、足を止めざるを得ない獅子浜。
スーツの上からでも伝わってくる熱量が飛び込む意志を奪っていった。
ブゥンブゥンとフォトンブレードを振り、炎の壁を振り払おうとするも手応えは無い。
壁を消す手段を持たない獅子浜は、ソレが収まるのをただ待つしかない。
「残念でしたわね、勇者」
「なんだと!」
炎壁の向こうからブラッドカースの声が聞こえてくる。
「おとなしくワタクシと交渉すれば、この娘は助かったものを……。アナタが無闇に突っ込んで来るから、もう決裂──
炎の壁が治まり、ブラッドカースの姿がハッキリと捉えられた。その右腕には両手両足を縛られたメイが抱きかかえられ、逃げられないでいる。
──これから始まるのはバーベキューってところかしらね」
ブラッドカースが口角を上げる。
「やめろぉぉお!」
嫌な予感か全身を走る。その感覚に体が突き動かされ、相手目掛けて再び走り出した。
ブラッドカースは抱えていたメイを前に放り出し、数歩下がると手に紋章をうかべた。
真紅色の紋章。火炎魔術を出すつもりだ。
獅子浜ならばともかく、メイが直撃を受ければ確実に死に至る。
「まてぇぇぇえ!」
止めようと必死に叫ぶ。目の前で殺させはしない。なんとしても助ける。
メイに向けて、大きな火焔球を作るブラッドカース。
それを止めようと走る獅子浜。
──ブラッドカースの口角が下がった。
「……!!」
ドゴォォォォン!
急に後ろを振り向くと何故かそちらへ火炎球を飛ばす。次いで周囲へ爆煙を放ち、煙幕を作った。
突然の事態に獅子浜は足を止めてしまった。そして、黒煙を吸い込み、「ゴホッ…ゴホッ…」と咳き込む。
「(…何が起きたんだ?)」
視界を奪われ、メイの場所が分からなくなる。声を出したくとも、この状況では無理だ。口に布を当てて何とか空気を確保した。
「興ざめですわ。こんなことになっては面白いことも出来ません。この娘の命、しばらく預かってよ!!」
「(……!)」
どこからかブラッドカースの声が響く。メイを再び連れ去るつもりだろう。
だが今回も助けられそうにない。
奥歯をギリリ、と噛みながらそれをただ聞くしかなかった。
▪️▪️▪️
黒煙の中で立ちぼうけ、何とか視界が戻ってきた頃だ。
辺りに広がる燃えた木々の奥に、リーズがいるのが見えた。
後ろにコウキもいたらしく、こちらを見るなり二人が駆け寄ってきた。
「……シシハマ様、失敗しました」
「すみません、シシハマさん」
「いや、いいんだ。一人だったら、きっと俺かメイちゃんが殺されてた。この場をなんとか乗り切れただけでも感謝するよ」
申し訳なさそうにする二人へ精一杯のフォローをする。実際、このふたりが来たからあの側近も撤退を選んだのだろう。
「でもいつの間にそこにいたんだい?」
獅子浜はふと思ったことを口に出した。
2人の隠れていたところは登山道から大きく外れたところ、普通に登るのは相当厳しいはずだ。
「実はシシハマさん見送ったあと、俺達もすぐに登り始めたんですよ」
「……整備されてない斜面を登るの、すごい大変だった。…でも、私たちが山を登ってるのをシシハマが知ってたら多分顔に出る」
「そうそう。だから俺たちは隠れるため、シシハマさんにバレないように山を登って来たんです」
二人の優しさに感謝する獅子浜。
昨晩の会議では、リーズに「特に策を持っても意味なんてない」なんて言われ、正面からぶつかることを考えていた。
でも、本当は色々と考えてくれていたようだ。
二人の心遣いに感謝が出た。
「……でも作戦は失敗。…ブラッドカースに気づかれて、メガフレアがこっちに飛んできた」
「あれはヒヤッとしたよ。リーズが咄嗟にプロテクトを張ってくれたから、助かったよ」
「そんなことがあったんだね」
そんなこんなで二人と別れていたあいだの事を話したり、今後のメイの事を話しながら山を下っていった。
山の麓まで降りると御者が待っていた。彼に事が終わったことを告げて馬車に乗り、北部都市へ戻るのであった。
▪️▪️▪️
【第20話 完】
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