18.5 司令官の日常業務case:01

 ──勇者を送り出して二日が経った。今頃はどこにいるのだろうか。

 忙殺されそうな程量のある業務に、今日も取り掛かるアースは、疲れからかそんなことに思い耽けていた。


 ドンドンドン!

「失礼します」


 扉を強く叩く音の後に、返事も待たずに一人の男性が入ってきた。


「まったく。君にはいつも言ってるけども、ノックをしたあとは返事を待ってくれないかね。ジン」

「はぁ、失礼しました。以後気をつけます」


 悪びれる様子もなく謝罪をする。この調子では今後とも繰り返すだろう。尤も、何度も言ってきたことなので、直るとは期待していないが…。

 彼は私の秘書官の一人、ジンだ。士官学校をトップの成績で卒業後、軍に入隊。粗暴な性格で人間関係で幾らか問題を起こしていたが、その仕事の速さ、素養、行動力を見込んで私がスカウトしたのだ。

 実際、秘書官を務めてからはよく働いてくれている。現場上がりの私にはない知識を存分に活かし、私の良い右腕となっている。


「で、今日はなんの連絡かい?北の峠で発見された戦闘跡のことかな」

「はい、その旨についての追加連絡です」


 そう、勇者が通ったであろう道で戦闘痕が発見されたのだ。現場には多数のデビルソルジャーの死骸と大規模な焼けた跡。そして、人間のものらしき僅かな血痕…

 最悪のケースを想定し、背筋が寒くなる。


「峠の戦闘跡の件ですが、焼けた跡の範囲、焦げの具合から相当強力な火炎魔術を使用したことが断定。方向は崖の上から道に向かってのものと、道の上で広範囲に炸裂したものがあるようです」

「相当強力な火炎魔術、ね…」


 道に向かって撃った。それは通行人を攻撃したことにほかならない。それを何発も何発も…

 強盗や盗賊がそんなことできるとは思えない。できるとなれば、腕利きの魔術師集団か、もしくは…


「この犯人は恐らく魔王軍側近、ブラッドカースでしょうね」


「やはりな…」と私は呟く。最低最悪の性悪火炎女ブラッドカース。いつかは勇者に接触してくると思っていたが、こんなに早いのは想定外であった。


「それともう一件。峠を超えた先の村にて、勇者が宿に泊まっていたそうです。また、その時大した怪我は無かったとのことです」

「それは良かった…。今頃は北部都市周辺にいるのだろうね」


 あの勇者の実力はまだ未知数な点が多いが、ブラッドカースを退けられる力はあるようだ。

 彼の生存に喜びはあるが、今は健闘を祈るしかない。


「報告は以上かい?」

「はい、以上になります」

「そうか、ありがとう。では下がってくれ」


 私がそう告げると彼は部屋を出ていった。後ほど、細かくまとめられた正式な書類が届くであろう。


 私は机の上にある山積みの書類と再び向き合った。

 夕方にはギルド連盟との会議がある、それまでに終わらせなければ。

 私は自身に喝を入れ直すと、再び職務に戻るのであった。

 ▪️▪️▪️



 気づけば空は赤く、夕方になってきた。書類に目を通し、確認の印を押しているうちにこんな時間になってしまった。

 机の上には今日のうちに終わらせておきたい書類がまだ乗っている。


「こりゃ今日も、いつ家に帰れるか分からないね」


 私は「やれやれ」と呟いて席を立つ。いつもながらのハードワークに腰を痛めてしまいそうだ。

 もうじきギルド連盟との会議がこの館で行われる。私は上着を取ると自分の部屋をあとにした。

 ▪️▪️▪️


「よお!アース。相変わらず辛気臭い顔してるな」


 部屋に入るなり馴れ馴れしい声で話しかけられる。彼こそはギルド理事官の一人、ファイバーンだ。そして私の冒険者時代の仲間であり、幼なじみだ。


「ファイバーンこそあいからわず元気なようだね」

「応とも!毎日欠かさずの運動、それに限るな!お前もたまには運動しろよ」


「時間があればするさ」と軽く答えて私は席に着いた。机を囲うメンバーを見渡して出席を確認する。

 ──空席はない。私含め、七つの席は全て埋まっている。どうやら私が最後の一人だったようだ。


「それでは、ギルド連盟と中央政府との定期会議を始めます」


 始まりの宣言をここに執った。


 会議の内容は前もってある程度、書面で伝えられてある。

 議題の半分近くは「ギルド会館の美化、設備向上」や「クエスト報酬のギルドがとるマージン料減少を求める冒険者の注文」、「粗暴な冒険者に対するクレーム」等々、見慣れたものだ。これらは何度改善しても次々に湧き、終結しない問題だ。しかし努力する素振りを見せなければ怒る人々が出てくる…

 そんな、悩ましい問題たちだ。だが危険性は低く、話途中も冗談が飛び出る等軽く進み、議題は直ぐに終わった。


 そして残った話のうち半分は魔王軍関連の問題。「中央都市西側の村の復興報告」や「各町村の警備レベルの話」、「重要都市の衛兵維持コスト」の議題だ。この議題は真面目に取り組まなければ大きな損害が出る可能性がある以上、皆真摯に話し合った。


 最後の議題は勇者に関するものだ。最近、この世界に召喚された勇者。まだ活躍が少なく大きな話題は出にくいが、単独で既に魔人を二体撃破した情報は回っていた。

 この議題に関しては疑問を抱く者、希望を託す者等々、反応はまちまちであった。

 ▪️▪️▪️



 議題が終わり、席を立つ。まだ仕事が残っている以上、私は直ぐに部屋へ戻りたかった。

 しかし、いつもゴキゲンで豪胆なファイバーンがどうしても私の部屋で話したいことがあるらしく、渋々彼を連れて部屋に戻った。


「で、二人きりでの相談ってなんなんだい?まさかまた二人で冒険しようって話では無いよね?」

「はっはっは!まさかまさか!そんなこと出来ないってのは承知だぜ」


 完全には否定しないあたり、機会があればそのつもりなのだろう、この男は。


「まあ、なんだ…俺が話したいのはな、勇者のお供の奴の話なんだ」

「お供か…、確かに私の独断で一人加入させたけども、彼女は最低限の基準は満たしてるよ。精神性に問題なく、経歴に問題なく、特技は…、サバイバル系のことならある程度知っているらしいね。そして、…身寄りが無い」


 私は少し申し訳ないことをしたと思い、彼女のためにも、私のためにもフォローを入れた。

 元々勇者のお供は、選抜会で何組もの中から選ばれた人だけが許される行為だ。それを飛ばすのは実の所、条理に反している。


「いやいや、実はそっちの事じゃないんだよ。俺が言いたいのは金髪のちっこい方さ」

「小さい方…。リーズかい?」


 私は彼女の名前が出て驚いた。あの少女のことは鮮明に覚えてる。あの少女は…はっきり言って天才だ。

 元々ギルドでも有名だったらしく、最初から注目を浴びていたが選抜会が始まると更に注目を集めた。クエストで鍛え抜かれた凄まじい戦闘センス、大陸各地を渡り歩いて得たらしい知識、優秀な補助魔術…。


「彼女の採用には誰も異議を唱えなかったけど、何かあるのかい?」

「それがな、ギルド会館に遊びに行った時に妙な噂を聞いたんだよ。彼女が火炎魔術を使ったって」

「なんだって…?」

「そうなんだよ、あくまでも噂に過ぎないけどな」


 私の知らないことが出てきて驚いた。彼女には攻撃魔術の資格は無かったはずなのに…


「だが確証なんて何も無いしな。はっはっは!変な話をしてすまなかった。また今度飲みにでも行こうな!」


 言いたいことを言った男は立ち去って行った。

 部屋で一人になった私は席につき、残っている書類とにらめっこする。


 ──リーズの噂の件、真に受ける訳には行かないな…。また話が入った時、考えるとしよう。


 そう決めた私は頭を再び仕事モードへ切り替えた。


 今日も各地では大勢の人々が自分のすべきことと必死に向き合い、今を生きている。

 私の責務は人々を指揮し、魔王軍と闘うこと。その為に今すべきは──


 机の上に乗る資料を見つめる。


 ──これを片付けることだ。


 今日も夜遅く、街に静寂が流れるまで私は職務を果たすのであった。

 ▪️▪️▪️



【第18.5話 完】

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