18 勇者、鉱山にて(二)
鉱山の奥地で魔人を発見した獅子浜たち。多数のデビルソルジャーに囲まれながらも、獅子浜の奮闘によりこの窮地を脱することに成功した。残る敵は魔人、ポイズンウィップのみ。
今、勇者獅子浜と魔人の決闘が始まるのであった。
▪️▪️▪️
「はああっ!」
魔人との距離は8~10メートル程。リーチは相手の方が圧倒的に上、そのハンデを打ち消すために獅子浜は全力で走った。
「近づかせないぜ!」
奴の左腕のムチがしなり、獅子浜を襲う!
右方向から振られてきた腕を前転して回避、続けて左側から腕が戻ってきた。
「はっ!」
しゃがんだ状態のまま、剣を盾にして受け止める。ガキィィンと激しい衝突音が響く。
──しなやかな動きをする上にとても頑丈なのか!?
デビルソルジャーの剣で傷一つつかないムチに獅子浜は驚く。
ムチを防ぎきってまた走り出す。目標まであとわずか。獅子浜は剣を立てて突撃した。
「ふんっ」
魔人の右腕が刃を掴んで攻撃を阻む。そして振り上げられたムチで弾き飛ばされてしまった。
「ぐはッ!」
折角縮めた距離を離される。体制を建て直し、相手の魔人を見て獅子浜は驚いた。
──あの刃には毒があるはずだ、奴の言った通りなら傷口に入れば致命打になるはず──
しかし…魔人はものともせずピンピンとしているではないか。
「なんだ。俺に毒が効かなくて驚いていんのか?ハッハッハ、当然だろ。この毒は俺の体内で作ったものだぜ。俺に聞くわけないんだぜぇ!」
魔人は地面にポイ、と剣を投げ捨て笑う。そして指でクイクイと挑発のポーズをとった。
これはかかってこいと示すのだろう。
「うおぉぉぉぉぉお!」
獅子浜はその挑発へ素直に乗っかり、拳を構えて突進する。
「はあっ!」
魔人の目の前まで来ると、腹部目掛けて正拳突きを放った。何故か魔人は抵抗する素振りをせずに受け止める。
バシュッ!と手応えのある音を立てて魔人の胴に命中。グオォと、声を上げてよろめき魔人は転んだ。
一方、獅子浜は殴りつけた右拳に違和感を覚える。妙に熱いのだ。すぐに手を引き確認すると、装甲の一部が溶けているのが見えた。
奴の体液が獅子浜の鎧を溶かしているのだ!
「なっ!」
「これで分かったか!」
立ち上がった魔人が獅子浜を睨む。奴の胴から一滴、体液が垂れるのが見えた。もし、大量に体液を流させたら…、装甲を貫通して身体まで溶かされてしまうだろう。
獅子浜は焦る。
──どうすればコイツを倒せるんだ。拳はダメだ。毒もダメ。何か…策が…。
カランカランカラン…
「……シシハマ様!…これを」
後ろの方からリーズの声が聞こえてきた。それと同時に、獅子浜の持っていた剣が転がってくる。
どうやらこの時間で、リーズが魔物から剣を引き抜いて持ってきたようだ。
──この剣の方がまだマシだ。
「ありがとうリーズちゃん!」
そう思い、剣を拾って構える。
「そんなもんじゃ俺には勝てないぜ!」
「やってみなければ…分からないだろ!」
刃に亀裂の入った剣を、強く握り直す。魔人を睨みつけて再度走り出した。
目標は敵の首横。次の一撃でトドメを刺す。胴を斬ってはならない。返り血を浴びてはならない。剣は一度使えばそれで腐食し、壊れるだろう。だから一撃だ。
条件は難題、滅茶苦茶だ。だが、こんな所で負けてはいられない。迷わず走れ、走るんだ。
「ハアッハアッ!!」
身体を全力で動かす。最大の速度を乗せた一撃を放つんだ。
「やらせないぜ!」
魔人が自慢のムチを振るい、獅子浜を右側から襲ってきた。
「…ッ!」
それを寸でのところでジャンプして回避、自身の勢いを殺さずそのまま走り続ける。再度左からムチが飛んできた。肩の辺りに当る高さ、ジャンプでは間に合わない、脚を掬われるだろう。
「はっ!」
転ぶギリギリの高さまで背を屈め、突っ込んで回避した。
魔人はもう目前。ムチのない右手側に回ると──
「ハアっ!」
バシュュュ!
──全速を乗せた一閃を首目掛けて放った。
「やったか!?」
直ぐに振り返り魔人の様子を見る。
魔人は「グオォ」と呻き声を上げ、斬られた首の部分を右腕で抑えている。
まだトドメには至っていないようだ。
追撃をするため剣をカチャリ、と構えた。が、そこで剣の大部分が腐食して刃を失っていることに気がついた。
「ざ、残念だったな勇者。お前に武器はもうないぜ。俺に勝つことは、もう、出来ない。ハッ…ハッ…ハ」
首から血を流して力無さそうに、しかし勝ち誇ったような態度をとってくる。
──あと少し、あと少しで倒せるんだ。だが…そのあと少しが無い…。
悔しさを見せ、迷う獅子浜にポイズンウィップはムチを放った。
ドカァン!
不意を突かれたせいで直撃を受け、背後の魔晶石に叩きつけられた。
余りにも当たり方が悪かった。獅子浜はその場で意識を失ってしまった。
▪️▪️▪️
「……シシハマ様!」
魔人に飛ばされたシシハマを見て、私は思わず声を出す。変身は解け、魔晶石に背中を預けてぐったりとしている。──意識を失ったようだ。
「勇者はくたばっちまったぜ。あとはお前たち二人だ」
魔人、ポイズンウィップは振り返って私達に告げた。
嘘だ、私は信じない。彼はまだ生きている。
魔人は1歩1歩、ゆったりとこちらに歩いてきた。
「……」
今どうすべきか。久しぶりに訪れた致命的な危機に脳内が全力で回り出す。
今の私の状況を見直す。残魔力量は満たん。回復魔術なら3度、魔術障壁なら2度使える。そして残されたマジックポーションはあと一本。
コウキには治療魔術は施し済み。じわじわと回復してきているけども、まだ走ることは出来ない。せいぜい私が手を貸せばゆっくり歩ける程度。
そしてこの距離ではシシハマに治療魔術は届かない。それに…私だけでは彼の元まで到達出来ない。
そう、私一人だけでなら逃げ切れる。この二人を見捨てれば、私は助かる…。
私は…、私は………!
「リーズ…俺を、置いてけ…」
「…ッ!」
私の迷いを察知したらしく、コウキに促される。
しかし、私は首を横に振り否定する。
「……いい?…私は三人で地上に戻る。…シシハマ様を諦めない。…コウキのことも、諦めない!」
私は立ち上がり、魔人へ向きなおった。
「プロテクト!」
これは分の悪い賭けだ。私はここで障壁魔術を貼り、ポイズンウィップの攻撃に耐え続ける。使える回数は最大で四回。それまでにシシハマに目を覚ましてもらう。その後彼に治療魔術を施し、三人で逃げ帰る。
成功する保証なんてどこにもない。ただ、三人で帰るために、私はそれを選ぶ!
「へぇ…、健気だねぇ。何時までその気持ちが持つか、楽しみだぜ!」
ポイズンウィップがムチを振るってきた。
バァァン!と激しい音を立てて激突する。障壁が震え、小さな破片が落ちて消えた。更に立て続けに二度、三度と障壁をなぐりつけてくる。
ぶつかる度に大きな音を立て、破片が舞う。ヒビも生じてきた。一枚目の障壁はもう持たないことを示す。
「これで最後だぜぇ!」
ポイズンウィップが気合を入れて大振りの一撃を放った。
バリィィィン!と激しい音を立て、壁が割れた。
「プロテクトッ!」
それを確認するなり私は、二度目の障壁を張る。そしてすかさずマジックポーションを飲んで魔力を回復させた。
「リーズッ…。逃げろッ」
隣でコウキが私の服を掴み、懇願する。
でも、私は迷わない。逃げない。
三人で帰るため、彼に賭ける。
「シシハマ様!!」
私はありったけの声を上げ、彼の名前を叫んだ!
「シシハマ、さん!!」
私の考えが伝わったのか、コウキも声を上げる。
「シシハマ様!!」
「シシハマさん!」
私達の命を賭けた勝負だ。彼はまだ生きていると信じてありったけの声を何度も掛ける。
バリィィィン!!
二枚目の障壁が破れた。続いて三枚目の障壁を張る。
「そんなに声出したって無駄だぜ。なんたってあいつはもう死んでるからな!」
「……そんなことは無い!シシハマ様はまだ生きている!」
「そうかいそうかい!じゃあ希望を抱いて無駄死にしな!」
ポイズンウィップは私の願いを嘲笑い、障壁を殴り続ける。この壁も深くヒビが入ってきた。
次の障壁が最期。それが破られれば私たちは全滅、そのあとはアンデッドにでもされるのだろう……
私は諦めない、シシハマを呼ぶ声も止めずに、最後の障壁を貼る準備をした。
「さあ、これで三枚目も最後だ!あと何回障壁を出せるか楽しみだぜ!」
ポイズンウィップの言う通り、三枚目の障壁が割られ、私は四枚目の障壁を貼った。これが…最後だ。
「シシハマッッ!!!」
私は最後の願いを賭けるつもりで力いっぱい彼の名を叫ぶ。
「だから、あいつはもう死んでるんだぜぇ!」
ポイズンウィップはまたも馬鹿にしてくる。障壁をまたムチで殴り始めた。
これが壊れたら…。
亀裂の生じ始めた障壁を見て、私は再度彼の名を叫んだ。
「シシハマッ!」
その時、魔人の後方で強力な光が放たれた。
魔人も、コウキも、リーズもそちらを振り向く。
そこには──
輝くバングルと共に立ち上がった、獅子浜の姿があった。
▪️▪️▪️
ここはどこだろうか…。
自分は確か、魔人に殴り飛ばされて、それで…
真っ暗な空間の中に一人、獅子浜は佇んでいた。さっきまで戦っていた場所では無い。
ここはどこだ。俺は、行かなくては…
しかしどこに行けば良いかが分からない。そもそも出口があるのかも知らない。
何も無い虚空の中を獅子浜は一人、観察していた。
周りを見て分かったのは、この空間には上下があること。自分の足元には、見えないが地面はあり、重力もある。それ以外、一片の光もない世界。
何も出来ないことを悟った獅子浜は、目をつぶり、耳を澄ませた。
最初は音なんてないと思っていたが、微かに声が聞こえている。
「………マ」
この声は……
「シ……マ」
この声は、リーズのものか。徐々にハッキリと聞こえてくる声に注意深く耳を澄ませた。
「「シシハマ!」」
いや、リーズだけでは無い。コウキの声も聞こえてくる。二人が助けを求めているのだ。
行かなくては!
獅子浜は強く決心し、目を開けた。
──すると、暗黒だったはずの世界で目の前に白い光が差し込んでいる。
「待っていてくれ!今すぐ行く!」
獅子浜は叫び、そこへ一目散に走っていった。
▪️▪️▪️
背中の強烈な痛みで目を覚ます。獅子浜の目の前では、魔人が障壁を殴りつけリーズとコウキを襲っている。
自身の体はまだ痛むが、動けることを確認して立ち上がった。
「シシハマ様!」
「シシハマさん!」
二人の顔に笑顔が浮かぶ。しかし今見るべき相手はそちらでは無い。広間の中心に居座る魔人だ。
「なんだ勇者…生きていたのか。だが無駄だぜ、今のお前じゃ俺を倒せない」
魔人の言う通りだ。これまでの獅子浜には決定打が欠ける。このまま戦っても勝ち目は、無い。
「ああ、これまでの俺ならそうだな。だが!──
獅子浜は輝く腕輪を空に突き出し、「ブレイブアップ!」と叫んで変身した。
──俺は確かに、お前の攻撃で死の淵に立った。しかし!、二人の助けを呼ぶ声が俺をここに戻したのだ。そして新たなる力を得た!これを見ろ!」
獅子浜は折れた剣を拾うと強く握り、前に突き出す。
するとその時、さっきまで輝いていたバングルがさらに強く輝き出した!
それに応じるように、剣も白く光り出す。
剣全体を光が覆うと、形を変えて輝きは収まった。
「これが俺の新しい
獅子浜は柄部分までしかない剣を一本手に握る。
「そんなもので何ができる!」
「こう使うんだ!」
獅子浜は走り出すと同時に、握った柄に青白い光の刃を発生させた。
魔人は近づかせまいとムチを奮ってくる!
「はあっ!!」
獅子浜はムチに向かってフォトンブレードを一閃放つ。
バチィィィィ!と激しい音を立てて衝突。そしてそのまま切り裂いた。
「ぐあぁぁぁあ!」
魔人は苦しむ声を立てる。
怯み、慌てる様子を見せたが体勢を直して今度はムチを突くように出てきた。
今度は点での攻撃、剣で防ぐのは困難だが回避は容易だ。ステップを踏み、寸でのところで避けると再度ムチを斬りつけた。
これで自慢の武器も使い物にならない。
「これで終わりだ!フォトンスラッシュ!!」
バシュュュ!
魔人の目前まで迫り、右腰から左肩めがけて逆袈裟斬りを放った。傷口は焼かれ、ぷすぷすと蒸気をあげる。
「おの…れ、勇者め。覚えて…ろよ。俺の、ボスの、ブラッドカースが、必ず…お前達を…こ…す、からな」
魔人は最後の一言を発して倒れた。
「今度こそ、やったのか…!?」
動かなくなったものの、これまでの魔人と異なり爆発しない様に心配になる獅子浜。
「……シシハマ様。…この魔人は恐らくナチュラル、そうであれば死後に爆発はしないはずです」
「ナチュラル?」
近くに寄ってきたリーズの聞きなれない言葉が気になった。しかし今、そんな余裕はない。疲労の溜まった身体に鞭を打ち、コウキに駆け寄る。
「コウキ!大丈夫か!?」
コウキは親指でグッ、とサインを示す。顔も笑っている。全快とは行かなくとも、だいぶ回復した様子に安心した。
「……シシハマ様。…では、帰りましょう。帰ってメイに会い、街に帰りましょう」
「…ああ!!」
コウキを二人で両脇からはさみ、立ち上がらせる。松明をつけ直すと、三人で降りてきた道を戻りはじめた。
「今、何時頃なんですかね」
「……さあね」
他愛もないことをコウキが口に出し、いつも通りにリーズが冷たくあしらう。このなんてことの無い会話が、今の彼らには安らぎを与えた。
坂道をしばらく進み外が見えてきた。赤く染まった空が坑道に光を差し込む。
「…おかえり!」
そこには三人の帰りを待つ一人の少女が笑顔で待っていた。
▪️▪️▪️
鉱山に巣食う凶悪な魔人を撃破した獅子浜たち。しかし魔王軍の侵略は終わらない。
世界に悪がある限り、世界に助けの声がある限り、勇者の冒険はまだまだ続く。
行け獅子浜よ。この世界に平和をもたらすのだ──
【第18話 完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます