17 勇者、鉱山にて(一)

 獅子浜たち一行は河辺で見つけたアンデッドと、鉱山での行方不明者の謎が魔王軍と関係あると踏んだ。そして、その曰く付きの鉱山へギルドの依頼を通して訪れるのであった。

▪️▪️▪️



「あれが、噂の鉱山か…」

「そうですよ。ここがカイマナ第一鉱山、普通の鉄から希少鉱石まで手広く沢山取れるところ…らしいですね」


 獅子浜達は昼前に街を出発。途中で補給食を取りつつもメイの操る馬車に揺られ、昼過ぎには目的地の鉱山に到着するのであった。


 鉱山入口で見張りをしていた人に、ギルドで貰った通行証を見せる。ギルド身分証と照らし合わせ、問題ないことを確認して道を開けてもらった。


「じゃあ、俺は行くけど三人はどうするんだい?」

「……勿論、私も着いていく」


 間髪開けずにリーズは応える。大量の聖水とマジックポーションをいつものバッグに詰め込んでいる。更に追加で持ってきた袋に松明を何本も突っ込む。心も道具も準備万端のようだ。


「お、俺も着いて行くさ!」


 若干、足が震えている。暗所が苦手なのだろうか。態度にも迷いが出ている。しかし彼の力も必要なのは確か、獅子浜に断る道理はない。


「私は…、足でまといになりそうだから…、ここで待ってるね」


 メイは迷いながらもそう答えた。それも、彼女なりの勇気なのだろう。

 装備を揃えた三人は松明を用意し、獅子浜、リーズ、コウキの順で暗い坑道へ潜っていった。

▪️▪️▪️



 坑道内一番の大通りを進み続け、どれくらいが経ったのであろうか。周囲の暗黒を照らすのは手元の松明のみ、陽の光が届かないこの地下は時間の感覚を狂わせていった。

 彼らの歩む道はどれだけ奥に進んでも荒れていく気配がない。まるで昨日まで使われていたかのように整備されている。


「おかしいですね…。この鉱山は半年くらい前に封鎖されたのに…。なんでこんなに綺麗なんですか?」


 コウキも獅子浜と同意見のようだ。通路にはホコリがやけに少ない、動物が住み着いた気配もないのは異常だ。

 疑惑を持ちつつ進み続けていると通路が開けた。どうやら広場に出たらしいが、殆ど見えず全景は掴めない。


「ここは手分けをして探そう」


 二人に目配せして提案した。

 全員で纏まって行動した方が安全だが、時間にも限りがある。地上で待つメイのためにもできる限り早く戻るべきだと考えたのだ。

「(コクリ…)」とリーズは頷き、互いに別れた。


 獅子浜は通路から右回りに、リーズは左回りに進む。

 壁に左手を当てながら、足元に注意していると前方に小屋を発見した。

 外観は只の木製小屋。窓ガラスにはホコリが着き、中の様子は伺えない。

 そろり、そろり…と小屋の周りを歩き扉を見つけた。


「……(ゴクリ)」


 扉には鍵が刺さったままになっている。中に誰かがいるかもしれない…。

 そう思い、唾を飲み込みながらゆっくりと扉を開いた。


 …ギッ、ギギッ


 歪んだ音を鳴らしならがら扉は動く。

 部屋の中にはテーブルといくつかの椅子、そして棚にはたくさんの資料が並んでいる。

 …人のいた気配はない。

 ここはどうやら休憩室のようだ。争った形跡はなく、誰かのメッセージがある訳でもない。


 手掛かりになりそうなものは何も見つからず、その部屋を出た。

 広間に出ると再び壁伝いに周囲を確認する。

その後も慎重に歩き続け、リーズ、コウキと広間を半周した所で合流した。


「何かあったか?」

「……下っていく道を見つけたくらい。シシハマ様は?」

「小さな休憩室を見つけた。だが、手掛かりになりそうなものは何も…」


「……そう」と小さくため息を付かれる。この広間はトロッコを停めておく場所くらいしか情報は得られなかった。先にここを訪れた冒険者の形跡がここまで何も無いのがおかしい、と疑惑が深まってくる。

 松明はまだまだある。まだ暫くは鉱山に篭もれるので道を更に下ることにした。

▪️▪️▪️


 鉱山入口から先程の広間までの距離より倍程の長さを歩き、下ってきた。坑道は相変わらず整備されており、誰かの遺したものもない。いい加減何かないか、と退屈していた時だ。


「「「……!!!」」」


 三人が警戒態勢をとった。坑道の壁に大きな傷跡が着いている。それも一つ二つではない。かなりの数だ。

 ここで激しい戦闘が行われていたらしい。


「コウキ!後ろを警戒してくれ」

「分かりました!」


 二人で前後を警戒し、道を下っていく。

 争い跡の残る坑道は直ぐに平坦な道になり、大きな広間に出た。

 今度の広間は薄暗く光があり、部屋全体の様子が伺えた。あちこちに残されている鉱石が光を出している。それが部屋を照らしているのだろう。


「この石は?」

「魔晶石の一つですね。そこまで珍しくはないですけど、こんなにあるのは凄いです」


 ほー、と感激してしまった。しかし今、それは重要ではない。先程の跡からしてこの辺りで襲われる危険性があるのだ。

 三人は武器を構えながら広間の中へ進んだ。

 その時だ。


「新しい素体の登場だ!一斉に取り掛かれ!捕まえろ!」


 物陰から2メートル近い大きさの魔人が現れ、号令をかけた。それに応じるように、周囲からデビルソルジャーも多数現れ獅子浜達を包囲してくる。


「逃げろ!」


 獅子浜は二人に咄嗟に声をかけ、守るために前へ出る。しかし、通路に伏せていたのか、後ろ側からもデビルソルジャー達が来て囲まれてしまった。


「さては貴様、魔王軍の一員だな!…言え!ここにいた作業員や冒険者達をどこへやった!」


 獅子浜は親玉らしき敵から目を離さず、剣を構えたまま尋ねた。


「ここに来た人間は全員、捕まえて毒で殺しちまったぜ。そのあとは相方にポイ、さ。欠損の無い身体ってのはアンデッドにうってつけなんだぜ」


 剣を持つ手に力が入る。顔にイヤな汗が出る。

 川辺で遭ったあのアンデッドは……恐らくそういう事だ。彼はアンデッドになりながらも、残った意志でこの鉱山から、人の多くいる場所から必死に逃げたのだろう。


「どんな残酷な事をしているのか分かっているのか!?」

「はっ!そんなのはそっちの都合だぜ」


 目の前の魔人には悪びれる様子もない。人間には人間の都合、魔人には魔人の都合。互いの常識が一致しないことは分かっていた。だが人間の死後を弄び、人を襲わせようとすることが獅子浜には許せなかった。


「俺の手下共の武器には毒が塗られている。一度でも斬られれば、そのうち呼吸が止まってサヨナラだぜ。さあ!恐怖しろ!」


 魔人の掛け声とともにデビルソルジャーが襲いかかってくる。パッと見た限り前方に四体、左右に三体ずつ。後方には五体。

 数に問題は無いが、これまでと違って毒の武器をコイツらは持っている。自身は斬られても装甲があれば問題ないが、自衛手段を持たないコウキの事が心配になった。


「コウキ!リーズ!二人は自分の身を守ることを優先してくれ!俺は周りの敵を片付ける!」

「……分かった!…コウキ、私の傍から離れ無いで」

「ごめん、リーズ!」


 二人に告げると「ブレイブアップ!!」と叫んで戦闘形態になった。

▪️▪️▪️


 剣を構えて後方へ突撃する。


「ハアっ!」

 退路を塞いでいた敵たちの胴体をすれ違いざまに斬りつける。トドメには至っていないが今はこれで十分だ。


「さあ早く!今のうちにこっちへ!」


 二人に振り返り、逃げるよう誘導する。とりあえず一人になれば勝てるかは兎も角、安心できる。


「シシハマさん!後ろ!」


 ──!!

 コウキの叫び声を聞いて瞬時に振り返った。

 後ろに迫る剣


 無理矢理身体をひねり、避けようとしたが──


 バキィィィン!


 ──回避は間に合わなかった。背中にぶつかり、火花が走る。

 激しい衝撃で前によろけてしまう。その勢いのまま転がり、通路側へ向き直った。


「シシハマさん!大丈夫ですか!?」

「ああ!問題ない!」


 背中に痛みは無い。恐らく装甲で止めきれたのだろう。しかし、同じところを何度も斬られたり、首や関節の弱い所を狙われば…。

 獅子浜の額に汗が浮かぶ。


「ハッハッハ!逃通路側には多数の伏兵を仕込んでおいたんだぜ!折角の人間を逃がすわけにはいかなからな!」


 毒使いの魔人は獅子浜の策を打ち壊し、嘲笑う。


「クソォ!」


 その苛立ちが身体を突き動かす。再び通路方向に突入し、退路を開かんとする。


「うをぉぉおおおお!」


 目の前の敵を一体。また一体と切り伏せていく。後方ではコウキとリーズが防衛戦を展開している。

 彼らが傷付く前に道を開けなければ!

 焦る獅子浜。


 敵を十体は倒したであろうか。目の前にはまだ何体もデビルソルジャーがいる。

 しかし剣の切れ味が落ちてきた。最初は一太刀で頭部を破壊しきれたのに、今では二度斬らなければ致命打には至らない。

 これでも、奴らの剣より斬れ味は良い。奪って取り替えることも出来ない。

 弱くなった剣にもどかしさを感じつつも、目の前にいる敵を更に倒した。


 20体近い数の屍を作った獅子浜は、もう邪魔をする敵がいないのを確認すると元の広間へ走っていった。


「コウキ!リーズ!無事か!」

「シシハマさん!」

「…シシハマ様!」


 間にいた敵の脚を斬りつけ、動きを封じながら駆け寄った。2人の顔に笑顔が浮かぶ。どうやら怪我はないようだ。


「すみません。俺たち、自分を守るのが精一杯で…」

「それで、いいんだッ!生きることを、考えてくれッ!」


 近くに寄ってきたデビルソルジャーの振り下ろす剣を躱し、右腕を斬って動きを鈍らせる。そして怯んだところで脳天を叩き割った。


「さあ早く!逃げるんだ!今度こそ!大丈夫だ!」


 すぐ右側から剣が振られてきた。抜けなくなった剣を手放し、距離をおく。相手がもう一度剣を降るタイミングで、相手の腕を自身の左腕で留める。ガラ空きになった胴体にブローを一発、二発と放ち、怯ませ剣を奪う。

 毒が塗られ、幾らか研がれている以外はこれまで使って物と同じだ。


 手ぶらになった相手の頭に突き刺すと素早く抜き、もう一体の控えていた敵の頭に投げて刺した。


「シシハマさん……。ありがとうございますッ!」


 コウキが悔しそうなセリフを放ち、通路方向へ逃げていった。リーズも無言で着いていく。


 ──これで、集中出来る。


 最早肩で息をする獅子浜。体力も残り少なく、肝心の魔人だって無傷だ。安心できる要素など何も無いが、二人が避難出来たことで気分が軽くなっていた。


「うおぉぉぉぉぉお!」

「その胆力、何時まで持つかねぇ」


 先程から眺めてしかいなかった魔人は不敵に笑う。

 残る敵は魔人を含めてあと七体。獅子浜は奪った剣を両手にそれぞれ持って構える。

 飛びかかってきた敵の剣を左腕の剣で受止め、右の剣で頭を砕く。続けて左の敵の頭部に投擲。外れて胴体に命中した。トドメを指すために近ずき右手に残った剣で脳天を刺した。


 残りの雑兵は四体。血濡れになった身体を起こし、振り返る。

 気のせいか、奴らが怯え下がったように見えた。


「何をしているんだ。行け!」


 魔人が苛立ち、命じた。デビルソルジャーの頭の装置の緑の石部分が光る。それと同時に奴らはまた獅子浜目掛けて走ってきた。


「なんなんだ、その装置は!」


 デビルソルジャーの攻撃を前転で素早く避け、魔人を向く。


「俺達には、この兵士たちを操れる道具を持ってるんだぜ。これさえあれば細かい面倒事は全てコイツらの仕事だ。ハッハッハ」


 魔人は首横の四角い箱を指でコンコン、叩く。


「…!?」


 左右から飛んできた敵兵の剣戟を腕で押さえ込み防ぐ。魔人の話か気になるが今はそれ所ではない。


「ふんっ!」


 足腰に力を入れ踏ん張る。左右から振り下ろされている剣を押し返して右側へ蹴りを放った。

「グキャ」と間抜けな声を上げて倒れ込む。そこへジャンプして飛び込み、顔面にパンチを放った。

 完全沈黙。


「ッ!」

 動かなくなったことを確認し、剣を奪い取る。

 残りは三体。万全の状態ならばこの程度どうってことは無い。

 だが…


「ハアッハアッ……」


 地面に片膝をつき、剣を突き立てる。

 身体が持たない。これ以上の連戦は厳しい。もしデビルソルジャーを倒しきれたとしても、あの魔人には決して勝てない。

 ここは逃げるのが得策だ。獅子浜にはそれが分かっている。しかし、この魔人を見逃せないという、執着心に近いものがその足を下げることを許さなかった。


「俺はッ……お前をッ……許せないッ」


 剣に体重を乗せながら、重くなった体を持ち上げる。

 ──体に傷はない。武器も持っている。ならばまだまだ闘えるじゃないか。

 鉛のような脚を一歩前に出す。

 飛びかかってきたデビルソルジャーの腹部に剣を突き立て、その突進を受け止めた。

 だが、手の握力が耐えられない。持っていた剣を落としてしまった。


「シシハマさん!」


 後ろにいたコウキが見かねて飛び出してきた。そのまま獅子浜を通り抜け、デビルソルジャーに槍で斬り掛かる。


「す、すまない」


 敵の数はあと二体。コウキでも大丈夫だろうと考え、引くことにした。


「……シシハマ様。…変身を解除して、これを飲んで」


 リーズが駆け寄ってきて小瓶を渡してきた。中には薄緑の液体が入っている。


「こ、これは」


 頭部の変身を解除し、飲みながら尋ねる。


「……ただの栄養剤とマジックポーションを混ぜたもの。…でも、飲まないよりはいいと思った」


 リーズの気遣いに感謝しつつ、一本飲み干す。そのドリンクのおかげか、休めたお陰か、獅子浜の身体が軽くなり力が戻ってきた。


「ありがとう。これでまた闘える」


 獅子浜は再度変身し、武器を携えて魔人の方へ向かった。

▪️▪️▪️


「うわぁっ!」


 既にデビルソルジャーを倒しきったコウキは魔人と交戦していた。しかし実力差は明らか。魔人の左腕に生えている、触手のようなムチに弾いて飛ばされ、近づくこともままならない。


「コウキ!大丈夫か!?」


 走って駆け寄り、腕を掴んで立ち上がらせる。体中に細い傷跡ができ、打撲跡が何ヶ所にもある。


「すみま…せん。シシ、ハマさん。俺、弱くて…。役に…立たなくて…」

「そんなことは無いぞコウキ君!よくやってくれた。ゆっくり休んでくれ」


 獅子浜に促され悔しそうに「はい…」と呟くと、リーズに引っ張られていった。


「待たせたな魔人!俺が相手だ!」

「復活したのか勇者。かかってこいよ」


 魔人は左腕の触手を持ち上げ、うねらせながら挑発する。


「おっと、戦うんなら名乗らないとな。俺は毒触魔人ポイズンウィップ。お前も新しいアンデッドに加えてやるよ」


 魔人は余裕そうな素振りを見せつける。

 ──魔人の武器は鞭。懐に潜り込めなければ勝ち目はない。


「はあっ!」


 魔人との距離は8~10メートル程。自身の得意な距離に迫るため全力で走り出した!

▪️▪️▪️


【第17話 完】

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