15 勇者、北部都市にて(一)

 中央都市を出発し、北西軍事都市めざして旅立ち一日が経った。

 昨晩の酒乱騒ぎなんて無かったかのように、コウキが元気な顔を覗かせる。

 朝食も済ませ、出発のため一同は宿の玄関に集合した。


「リーズちゃん。御者の調子はどうだい?」

「……うん。怪我の方はもう大丈夫。だけど……あの人、もう同行したくないって」


 そうか…と漏らしてしまう。確かにあの一件、魔王軍側近からの奇襲を獅子浜達は受け、そのせいで御者は大火傷を負った。これからも同じような事が起きる可能性は大いにある。


 一般人である彼には、無理強いは出来ない。今からこの村で新しく御者を探すしかない…

 などと、獅子浜は口に手を当て考え込んだ。


「なら、私がこれから運転してみるよ」


 おずおずとメイが名乗り出る。


「本業の人ほど上手くは出来ないだろうけど、私、みんなの役に立ちたいんだ!」


 昨日のメイの運転を獅子浜は思い出す。節々から不慣れなことは見て取れたが、初めてとは思えない動きだった。これから運転をしていけば、かなり上手くなれる。


「メイちゃん、ありがとう」

「マジか!よろしくな!」


 自分から名乗り出てくれたのは願ったり叶ったり。男二人、笑顔で頼み込むのであった。

 馬車の準備もメイが既に終わらせていたようで、各自の荷物を積み込みんで、足早に村を出た。


 今日の目的地は北部都市カイマナ。西側に山脈がそびえ立ち、そこにある鉱山で発展した鉱山都市だ。10年前の戦争で大きな被害を受け、魔術を多用して復興した魔術都市でもあるらしい。

 地図によれば、なだらかに続く道を下り平原を進めば着く。

 魔王軍の攻撃が来ない事を祈りつつ、メイの後ろで道案内をするのであった。

▪️▪️▪️



 山道を降り、2~3時間は経ったのであろうか。具体的な時間は、獅子浜には分からなかった。

 細い山道も次第に広がり、斜面も緩やかになってきた。もうじき平原にたどり着く合図だ。


 ぐぅ〜


 誰かの腹の音がなる。

 獅子浜では無い。

 誰なのか?と思い周りを見渡すと、メイが苦笑いをしている。後ろでコウキも「ははっ」と小声で笑った。


「そろそろ昼食を取ろうか」

「う、うん…」


 獅子浜の提案に、照れながらメイは頷く。後ろの方にいる二人も同意したので、河原のそばの平地に馬車を留めた。

 出来れば馬車を留めたくはなかったが、今のメイの技術では運転しながらの食事は厳しいらしい。その上、代わりに運転できるものもいない。

 今後の計画構築がてら、休憩をとることにした。

▪️▪️▪️



 荷物から携帯食を取り出して、一服。硬いパンのようなものを食べる。ほのかに漂う香草のかおりを獅子浜は気に入っていた。

 今はコウキが交代で辺りを警戒している。

 少しばかりの時間、安心して食事を取るのだった。


「リーズちゃん。北部都市に行ったら何かした方がいいことはあるかな?」


 現在の所、北部都市はあくまで目的地までの通過点に過ぎない。が、その都市から北西都市までは距離がはなれている。

 北方出身のリーズなら、何か案があると思い、たずねた。


「……そうですね。…とりあえず武器の購入と…、ギルドへの加入をオススメします」

「武器か…」


 獅子浜も、そろそろ武器を手に入れたいと思っていた。

 これまでに何度もデビルウォーリアと闘ってきたが、剣を奪い捕る事が多かった。

 それなら、自分の手に合ったものを揃えておきたかったのだ。


「……はい。…ちょうど北部都市は武器の生産が盛んな場所。…自分に合った物を探すのに適しているかと」


 なるほど、と獅子浜は考え込む。

 昨日の闘いで分かったが、魔王軍の側近とはこのままでは決して勝てない。

 変身した姿に相性の良い、武器や道具を揃えておこう。


 そして…

 獅子浜は、隣で携帯食をかじるメイを見る。


 ──きっと、メイちゃんも長らく一緒に動くことになる。こっちの防具も良いものにしておかないと…。


 メイも装備を村から持ってきたが、コウキのものと比べ、明らかに質が悪いのが分かる。

 今後の危険性を考え、せめて防具だけでも良いものにしておきたいと考えた。


「それと、ギルドに加入する理由って何かあるのかい?」

「……はい。以前話し合ったように、私たちは勇者の身分を隠すことが何度もあると思われます。…その時に、ギルドの身分証が役に立つと思うのです」


 確かに、と獅子浜は納得する。

 なんとなくだが、北部都市での目的が決まった。

 今日の夕方には目的地にたどり着く。どちらか一方は達成したいなどと思い、補給を終えた獅子浜はコウキの待機する馬車へ戻った。

 続いてメイ、リーズも馬車に戻る。


 メイが操縦席に座り、馬車の周りを確認する。出発前の安全確認だろう。

 小川の方を見た時、


「あ!人が倒れてる!」

 メイが小川の向こう側、木々の影を指した。

 先程までの場所は見えなかった位置に、確かに人らしき物がある。


 獅子浜は急いで馬車を降り、濡れるのも気にせず河を横断した。

 それを追いかけるように三人が続く。

 メイは心配そうな顔で

 コウキは面倒くさそうな、嫌そうな顔で

 リーズは警戒した顔で


 獅子浜が目的の場所に着き、「ソレ」を間近で見る。

 確かに「ソレ」は人だった。

 衣服はボロボロになり、靴は無く、肌の色は…真っ白だ。

 獅子浜の元々の仕事柄、「ソレ」が既に死んでいるのはひと目で分かった。が、仕事柄しっかり確認せずには居られない。

 首筋に指を当て、脈を測る…。予想通り、反応はない。


「………。」


 黙って手を合わせ、目を瞑る。


「シシハマ。その人は…」

「仏さんだ」


 これまでの癖で答える。首を傾げ、頭にハテナを浮かべるメイを見て「死体だ」と言い直した。


「にしても…なんでこんな所で?」


 コウキが疑問を浮かべる。

 確かにここは道から外れた所。辺りに争った形跡もなく、どこからか落ちてきた感じでもない。

 ここに死体があるのは若干不自然。

 誰かが運んできたか、自分でここへ来たかのように、獅子浜には見えた。


「……!これ、は…」


 辺りを物色していたリーズが、何かを見つけた。

 そこを見ると足跡がある。しかも裸足だ。

 死体の場所に続く裸足の足跡。これが示すのは、この死体がここまで歩いてきた事だ。


 たが…

 なぜ……

 なぜこの方向に……?


 この謎の死体に、疑問が増え続ける。


 突如死体の指先がピクリと動く。

「ッ!?」

 続いて身体も動き、ゆっくりと起き上がった。


 口は異常なまでに開き、目は白濁している。

 ──これは、死後の変化だ

 獅子浜は驚き、後ずさりした。


「キャッ!」

「こいつ、アンデッドか!」

「……聖水取ってくる。…コウキは抑えてて」


 戦闘に慣れている二人はすぐに構え、メイは小さく悲鳴を上げた。

 獅子浜は思わず死体の顔面を殴る。


 グキョッ…


 鈍い音が鳴り、顎が奇妙な方向にずれた。

 痛む様子はなく、怯みすらしない。


「シシハマさん!下がって!」


 コウキは槍を携えると、死体の脚を切りつける。

 ズシャ…

 鈍い音と共に、黒ずんだ血が出る。死体はバランスを崩し、顔面から地面に落ちた。


 しかし、死体は両腕を使い、這いずって近寄ってくる。

「気色悪いんだよ!」

 コウキは槍で両腕を切りつける。

 尚も死体は動き続けるが、手足を失ったことでそれ以上移動することは出来なくなった。


「……お待たせ」

 獅子浜、メイが狼狽えて見守る中、リーズが小瓶を持って戻ってきた。

 小瓶の蓋を開け、中に入った水を死体に掛ける。


「ウボォァァァア…」

 これまでに上げたことの無い声を出す。

 ──痛がっているのか?

 中身を全て掛けきった頃には、死体は元通り、動かなくなった。


「これ、は?」


 死体を睨みながら尋ねる。

「……これはアンデッド。死体に魔術をかけて作る傀儡人形。…でもそんなもの、普通の人は作らない」

「それに、一体だけでいるのもおかしい。アンデッドは何体もいるのが普通なのに…」


 この動く死体が、アンデッド…

 この世界に来て、新しい知識をまた一つ得るのであった。


「このアンデッド。もしかしたら魔王軍の仕業かもしれないぞ」

「……このブレスレットを貰っていこ。…何かのヒントになるかもしれない」


 冒険者として経験を積んでいる二人には、何か気になることがあるのだろう。

 それに…コウキの言った通り、魔王軍の仕業なら勇者として見過ごせない。


「おのれ、魔王軍…」


 無残な死体は獅子浜に怒りを抱かせた。

 四人はアンデッドの歩いてきた方位、北部都市の方を向く。


 ──まだ見ぬ都市で、何かが起きている。



【第15話 完】

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