14 勇者、北上する(三)
コウキが産まれたのは、獅子浜と出会う22年前、西部都市イパワの近くの村でだった。
その村は畜産業が盛んであり、コウキの両親も畜産を営み、乳製品を都市に出荷して生計を建てていた。
コウキはその家の一人息子、両親は家の仕事を継がせるつもりで大切に育てていた。
▪️▪️▪️
しかし、コウキが八歳の時。一つの小さな転機が訪れた。
その日は、都市に商品を卸に行っていた父が帰ってきた。少し高い値段で引き取って貰えたらしく、上機嫌だったらしい。そのおかげで、その日の晩はちょっとした贅沢、村にある酒場に家族三人で行くことになった。
酒を飲み、上機嫌になる両親。
美味しい肉料理で心弾むコウキ。
久しぶりの外食で家族は和気あいあいとしていた。
そんな中、隣のテーブルで食事をしている冒険者グループの一人に、コウキ は声をかけられた。
「おう!お坊ちゃん。よく食って偉いな!将来はどんな事したいんだ?」
「僕?僕はね。パパの仕事を継ぐんだ!」
この時のコウキは、自分は将来そうなるものだと信じていた。
「おおー!家の仕事を継ぐのか!偉いな!」
「おじさんはどんな仕事してるの?」
「おじさんか!?おじさんはな、冒険者って仕事をしてるんだ。ギルドに行って、その日の仕事を探して、その日のお金を貰う。不安定で危険もある仕事だけど、毎日が楽しいぞ!」
「そうなんだ〜」とその時は良くもわからずに、ただ面白そうな仕事もあるもんだと思っていた。
──今思えば、これが冒険者を目指す小さなキッカケだったんだと思う。
▪️▪️▪️
次の転機は、コウキが12歳の時。そう、魔王軍との戦争が始まった時だ。
コウキの住む村は大陸の南方。戦争初期は、村にくる知らせで状況が分かるだけ。村には直接的な被害は無く、どこか、遠い出来事のような感じであった。
しかし、戦争が続いてくると、北方の前線で戦う志願兵の募集が、全地域で出されるようになった。危険な分、報酬も高く、多くの冒険者が名乗りを上げて向かって行った。
そんな冒険者たちが北を目指すなか、西部都市から向かうものの多くは、コウキの住む村を経由する場合か多かった。そのため、連日酒場は盛況。彼らの話を聞きたがるコウキは、時折親の目を盗んでは酒場に行き、冒険者たちの話を聞いていた。
──ここで、俺は冒険者になりたいって強く思ったんだ。でも、俺の思った通りにはならなかった。
コウキは家の仕事を手伝う傍ら、ある日、父親に冒険者になりたいと相談した。
「ダメに決まってるだろ!お前はこの農場を継ぐんだ。それに冒険者ってのは、定職を持たないその日暮らしの連中だ。お前をそんな奴にはしたくない」
「でも、僕は困っている人を助けたいんだ!」
「うちの農場だって、色々な人を助けてる立派な仕事なんだぞ!」
父親にはそうやって完全に否定された。元々、冒険者のことは好んでいなかったのはコウキも知っていた。が、しかし、はっきりと否定しきった事がコウキの心に影響を与えた。
──それ以降だろう。親との喧嘩が多くなった。
魔王軍と人間軍の争いが激しくなるにつれ、コウキの冒険者への憧れは強くなった。
──困っている人を助けたい。
──世界を巡る旅をしたい。
そして、
──手柄を立てて、有名になりたい。
ある日、両親と喧嘩した時にコウキは家出をしてしまった。──これらの強い思いに駆り立てられて。
▪️▪️▪️
家を飛び出したコウキは夜道を歩き、西部都市イパワへ至った。
この都市に来た目的は決まっている。すぐにギルドの事務所へ行き、冒険者の登録をおこなった。
この時、コウキは13歳。
戦闘経験のないコウキへの対応は、冷たいものだった。
大抵の仕事は門前払い、僅かばかりの仕事は庭掃除や畑の手伝い。
もちろん、それらの仕事は収入も少なく、路頭に迷うまで時間はかからなかった。
家出をしてから10日ほどたった時、空腹と疲れに耐えかねたコウキは、家に帰ることを決心した。
家に着くと、心配をしていた母親に泣きながら抱きしめられた。一方父親は怒り、コウキの顔を一度殴り、黙ってしまった。
──両親とも、もう冒険者のことは諦めて欲しかったのだろう。でも、俺はそれでも諦めなかった。3年後、もう一度挑戦しようと思ったんだ。
▪️▪️▪️
それからギルドに再挑戦するまでの3年間は、様々な鍛錬を行った。
重い荷物を率先して運ぶようにした。
魔王軍の勉強をした。
武器の練習をした。──最も、家には農具しかなかったから、桑を槍に見立てて使った。
そのような鍛錬を行い、16歳になった時にすぐにでも高額な依頼をこなせるように準備した。
そして16歳の誕生日、コウキは一枚の置き手紙を残して再び家を出た。
────────
父さん、母さんへ
俺は冒険者を目指して、
もう一回挑戦してみます
今回こそは、上手くいくはずです
またいつか、会いましょう
コウキ
────────
▪️▪️▪️
三年ぶりの西部都市イパワ。その景色は、全く違って見えた。
建物はこんなに小さかったのだろうか、通路はこんなに狭かったのだろうか……。
ギルド受付嬢の対応も、掌を返したように変わった。
会員証を再発行するなり、簡単な依頼を一つ頼まれた。それの内容は、都市近くの山に生息するヒートサラマンダーを1体討伐してくる事。前のコウキでは受ける事が出来なかった内容だ。
コウキは期待されてることに大いに喜び、最低限の装備、──槍と簡素な防具、低ランク治療薬──を揃えて山へ向かった。
指示された山へ向かい、岩道を登っていると、ターゲットはすぐに見つけることが出来た。
成人男性程の大きさに、真っ赤な身体、紫の背びれ。火を吐く特性をもつソイツと対峙した時、コウキはこれまでにないほどの高揚感と、僅かな恐怖を感じた。
これまでの勉強で、対処の仕方は分かっていた。コウキは逃がすまいと、勢い良く突っ込んだ。
……勝負は一瞬だった。いや、一瞬だったのかもしれない。初戦闘のコウキには、時間の感覚が分からなかった。
倒したヒートサラマンダーの尾を切り、証拠品として持ち帰る。
空が夕日に染まる中、満面の笑みを浮かべながら山を下り、ギルドの事務所に帰った。
初仕事、初勝利。
ギルド受付嬢から報酬を受け取り、湧き上がる達成感を噛み締めた。
浮だった脚で向かうのは酒場。報奨金を片手に祝い酒を飲み、祝い飯を食べた。
──この時食べた飯の味は、今でも覚えてる。あんなに上手く感じたことは一度もない。
そして近くの安宿に向かうと、倒れ込むようにぐっすりと眠った。そして翌日、適当な時間に目を覚ますと食事を摂って、依頼に向かう。
それから毎日、同じような生活を送った。朝は自由に起きて、夜まで依頼をこなす。そのあと夕飯を食べて眠りに就く。
時には良い依頼が無く、暇な日もあった。しかし、元々憧れていた冒険者生活。退屈な時間は一時もなく、毎日が充実していた。
▪️▪️▪️
大きな事故や怪我もなく、順調に冒険者生活を過ごして2年が経った。
この2年で身体は更に逞しくなり、武器の扱いに慣れ、戦闘経験を積み、見違えるように強くなった。
そんなコウキは、これまでにやったことの無い、高ランククエストに挑戦してみようとした。
しかし一人では心もとない。そのため、自分の事をサポートしてくれる後衛職の人を探すことにした。
その時に、リーズという少女の噂を聞いた。
──金髪青眼の12歳。秀でた回復魔術と障壁魔術を使う冒険者。元々シスターだったらしいが、何かをやらかして破門になり、今は各地を巡っている。…と
その少女は今、このギルドに滞在しているらしい…
そんな話を聞いて自分のサポートをして欲しいと考え、探すことにした。
探し始めた初日、クエスト帰りに酒場へ寄った時に、それらしき少女を見つけた。
屈強な男三人と共にテーブルを囲う、一人の少女。他の人とは対照的に、修道服と小さなバッグだけを持つ姿は、酒場の中でも一際目立っていた。
──あれが、噂の少女…
などと眺めていたら、こちらに気がついたらしい。同じテーブルの人達に頭を下げた後、コウキのもとへやってきた。
「……私に、何か用?」
「あ、いや、その…君が、リーズだよね?」
言葉が詰まる。
淡々と、戸惑いもなく話しかけてきた少女にコウキは戸惑う。
それと…その少女の、均整のとれた顔に見とれてしまったからだ。
「……そうだけど?」
「良かった。もし良ければ、明日俺とクエストに行こうよ。協力して欲しいんだ」
「……分かった。…でも、眠いからあとの話はまた明日。…さよなら」
そう言って少女、リーズはいつ、どこで話すかも言わずに去っていった。
翌日、待たせては申し訳ない、と普段より少し早めにギルドに着いた。
しかし、待っても待っても、少女はやってこない。
やっとの事で来た頃には、とっくに昼を過ぎた時間だった。
「おま…おまえ!来るのが遅すぎるだろ」
「……誰?」
「昨日の夜、酒場で会っただろ!」
そう言ったら少女は上を向いて考えた素振りをし、「……あー」とだけ呟いた。
「……君だったんだ。で、どのクエスト受けるの?」
反省の素振りもなく、話を返してくる。
この少女が貴重なサポート魔術師で見目も良いのに、固定のパーティができない理由が少し理解出来た。
「これだよ!」
苛立ちながらも、朝に受注したクエストを見せる。内容は、魔王軍の尖兵「デビルウォーリア」が何体か確認された場所へ行き、討伐してくること。
近頃、このデビルウォーリアと命名された生物が各地で突如発生。それを退治するクエストが多数発注されているのだ。
報酬は出来高制で、持ち帰った戦利品次第。リスクが高いが報酬も高く、腕の立つ冒険者のブームになっていた。
コウキが選んだのは北側の森を探索する依頼だ。
しかし、今から行くのはもう遅い。
「今日はもう無しだ。また明日、朝のうちにここに来いよ」
「……分かった」
その日はそれだけで解散。
道具の手入れや、他の雑事をして翌日を待った。
次の日の朝、リーズはちゃんと来た。
二人で目的地の森に、歩いて向かう。
コウキにとって初めてのパーティクエスト、普段よりも緊張して挑むのであった。
──この時はリーズのこと、結構気になっていたんだ。いいところ見せようと、気合い…入れてた…、ん、だ…
「……おい、コウキ。おい、おい」
酒を片手に、上機嫌に話していたコウキが途端に静かになった。リーズが肩を揺するが、突っ伏したままビクともしない。
「急に寝ちゃったね。大丈夫なの?」
「……まあ、よくあること。シシハマ様、メイ。今日は失礼します」
「あ、ああ。俺も運ぶのを手伝おう。今日はこれで解散にしよう」
「……はい、申し訳ありません。…コウキのあとの話は、私も知っているのでまたいつか私の口から。」
「うん!楽しみにしてるね」
ぐったりしたコウキを背負い、宿に連れ帰る。
横ではメイとリーズが談笑している。いつの間に仲良くなったのだろうか、と疑問に持つ。だが、同年代の少女二人、打ち解けるのに時間はかからないのだろうと納得した。
背中ではむにゃむにゃと、酔っぱらいが幸せそうに夢うつつ。
この平凡な村内を歩くひと時。笑顔三つを携えて、幸せな帰り道を進むのであった。
【第14話 完】
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