二章 緋炎の仮面幹部

12 勇者、北上する(一)

 シシハマ、メイ、コウキ、リーズの四人と御者を乗せた馬車は中央都市パブロを出発。北西方向にある都市タイハペを目指していた。


 獅子浜は積み込んだ荷物の中から地図を取り出して広げる。

 現在地は中央都市の北側。ここから目的地のタイハペの間には巨大な山脈があり、馬車で通るのは出来ないらしい。

 なので、一旦北上して湖の近くに寄り、そこから西に進む必要がある。

 必要な日程は、休憩を含めておよそ六日間。──それは、何事もなければの計算であるが


「シシハマ。何考えてるの?」

 地図と睨み合いをしている所にメイが覗き込んでくる。

「今後の予定を考えていてね。今日はこの先の村で泊まろうと思うんだけど、いいかな」

 コウキとリーズにも聞こえるよう発言し、確認をとる。

「俺もそれがいいと思ってたっすよ」

「……私も、賛成」

 メイもうんうん。と頷いてる

 ひとまず、今日の目的地を決めたところで、獅子浜達は村に泊まる上での約束事を決めた。


 一つ目、自分たちが勇者である事は名乗らないこと。

 ──これは村に危害が及ぶのを防ぐのと、魔王軍に今の場所を知らされないためである。


 二つ目、村の人とは交流を持ちすぎないこと。

 ──これは村の人に情が湧かないようにするため。魔王軍にその隙を突かれないようにするためである。


 三つ目、村に滞在するのは一晩だけにすること。

 ──これは規模の小さい村では夜襲に会うかもしれない。そのリスクを下げるためである。


「まあ、こんなもんでいいだろう」

 一通り決めて、皆と共有する。

(もし今後、不都合があれば適宜調整していけばいいだろう)

 これまでの旅では特に理由もなかったが、獅子浜は自身が勇者である事は伏せていた。しかし、魔王軍は勇者を狙うと知った以上、戦闘を減らすために尚更隠す必要が増える。


「勇者って、もっとチヤホヤされるものだと思ってたんですけどね〜」

 コウキがため息混じりにボヤく。コソコソとした旅に対する不満であろう。

 それを見たメイはまあまあ、となだめた。


 馬車は進み、山道に入り始める。

 馬車が問題なく通れるほどの幅はあるが、綺麗に整備されてるとは言い難い道になってきた。

 道に埋まる石の頭に車輪がぶつかり、時折馬車が揺れる。


「そういえば、メイさんは何で勇者の同行を志願したの?なにかやりたい事あるの?」

 コウキがふと浮かんだらしい疑問をメイに尋ねる。

「えっと…私は…」

 歯切れ悪く答えるメイ。

「そういえば、君たちの同行理由を聞いてなかったね。どうして勇者と共に行こうと思ったんだい?」

 メイの様子を見かねた獅子浜はフォロー半分、純粋な疑問半分の気持ちで二人にも尋ねる。同行を始めてからまだ幾ばくも経っていない。ましてやメイと二人に関しては、今日の昼にあったばかりなのだ。お互いの信用を深めるためにも、これは必要だと考えた。


「俺たちですか?俺はもっと強くなること。あとは、有名になって皆に認めてもらうことですね!」

「……私は金ですね」

 二人の回答は単純で納得の行くもの。だが、方向性は全く異なるものだった。

 それを見て、単純な理由で良いと思ったらしいメイも答える。

「わ、私は着いて行きたいって思ったからかな!」

 理由になってないぞ。と獅子浜は言い返す。

 そう言われ笑うメイ。獅子浜、コウキもつられて笑ってしまった。


 山道は緩やかになり、坂を登ってきたことを示す。

 地図を見る限り、目的の村までの道のりは半分以上進んだ。あとはこの山をあと少し登り、そのあと続く緩やかな下り坂を進めば、夕方には村に着くはず…。


 馬車に乗るものは皆、安堵し、雑談に花を咲かせていた。ただ一人、リーズを除いて。

 …


 三人で他愛もない話をしていた時だ。


 ボォッン!


 馬車の左側を強い衝撃が襲う。

 皆一斉に馬車の左側、崖の上を見る。

 そこには影のせいでよく見えないが、人らしきものが一体、立っている。先程の攻撃はその者が出したようだ。


 立て続けに火炎球が馬車を襲ってくる。


「プロテクト!」

 瞬時に判断したリーズは馬車との間に障壁を作って守る。


 数えるのが困難なほどの火炎球が障壁にぶつかる。

「急いで走り抜けて!」

 リーズが叫ぶ。

 ここは逃げてやり過ごすつもりだろう。

 しかし障壁には既に亀裂ができている。リーズの顔に汗が浮かぶ。


 ──障壁はもう、長くは持たない

 ここを逃げ切るのは無理だ。戦うしかない。

 そう判断した獅子浜は、馬車を降りようとする。しかし、馬車の右側は谷。仮に無事、降りれたとしても獅子浜は飛び道具を持っていない。まともにやりあうのは無理だ。


 そう考えているうちに、障壁の亀裂はどんどん大きくなる。

 壁の向こうは煙幕で見えないが、今も尚火炎球の衝突する音が響く。

「なんなんだよあいつは!」

 コウキが焦って怒鳴る。

 獅子浜達は追い詰められ、状況はどんどん悪くなる。


 バリィィン!!


 リーズの頑張りも虚しく、障壁は破られた。

 放たれた幾つもの火炎球が彼らを襲う。


 ボォッン!ボォッン!


 大抵は外れたが、運悪く一球が馬車の側面、もう一球が御者に当たった。


 ガシャン!と激しい音を立て馬車が横転。御者も操縦席から弾き落とされた。辺りには積荷が転がり、二頭の馬がパニックに陥り暴れだす。


「しっかりしてください!」

 メイが御者に駆け込み、体に着いた炎を布を覆わせて消し、リーズが応急の回復魔術を施す。


 獅子浜とコウキは崖の上を向き、攻撃してきた犯人を睨みつけた。

「そんなところに居ないで降りてこい!」

 コウキは怒り声を散らす。

 その声に反応するように、襲撃者は崖の上から、まるで羽が落ちるように、ふわりと獅子浜たち前方へ降りてきた。


「はじめまして、勇者よ。ワタクシは魔王軍側近の一人。ブラッドカースですわ」

 降りてきた敵は、口角を上げて名乗った。

「お前は、魔王軍の者なのか」

 獅子浜の眉間に皺が寄る。その女は仮面を着け、角を生やしてはいるが風貌は人間に近い。真っ赤な長髪に、赤と黒であしらわれたドレス。唇は血のように赤く染められている。

 これまで見てきた魔王軍の敵とは大きく姿が異なっていることに困惑する。

「ブラッド、カース…だって…」

 コウキに震えが見える。

「知ってるのか?」

「ギルドに所属していれば、誰でも知ってますよ!炎の魔術を操る、残酷冷徹な魔王軍の側近です!」

 残酷冷徹、ブラッドカース、その言葉で、獅子浜は前に出会った魔人のことを思い出す。

 村人を人質に執り、獅子浜に身代わりにさせようとした魔人、ツインショーテル。奴は確か、ブラッドカースの部下と言っていた…。


 ──こいつが、あの惨状を引き起こさせたのか


 獅子浜の全身が震える。毛が逆立つのを感じる。

 勇者一行が素早く動かないことに、苛立ちを感じたらしい。ブラッドカースは声を上げる。

「今回の勇者は期待できると想いましたのに…。未だ反撃をしないとは残、念ですわ。」

 そう言いい、片手を上にかざす。紋章が空中に浮かび、炎の玉が生成された。

「とんだ幸運に恵まれただけのようですわね。でもここで終わりですわ。ワタクシの炎に焼かれることに、感謝しなさって?オーッホッホッホ!」

 ブラッドカースの上の炎は徐々に大きくなる。それも、先程の火炎球とは比にならない程に。


 ──これを俺たちにぶつけて一掃するつもりだ。


 獅子浜は一歩下がり、コウキとリーズに耳打ちする。

 二人が頷くのを確認すると、「ブレイブアップ!」と叫んで変身し、一人で前に飛び出した。


「あら、一人で犠牲になるおつもりで?でも残念、あなたを蒸し焼きにした後、残りの人間も平等に焼いて差し上げますわ!」

 荒ぶるブラッドカースは獅子浜目掛けて手を振り下ろす。それに呼応するように火炎球が迫ってきた。

 獅子浜は敵目掛けて一目散に走る…が間に合わない。

 まだ数メートルは離れているが火炎級は目前。


「ハイプロテクション!」


 ぶつかる瞬間、リーズが障壁を発生させる。


 ドゴオォォォン!

 バリィィィン!


 激しい衝突音と共に障壁は一撃で砕け散った。辺りに黒煙が広がる。

 獅子浜は煙幕の中を駆け抜ける。途中でジャンプし、ブラッドカースがいる場所目掛けて蹴りかかる。


「そんな技、当たる訳なくてよ!」


 ひらりと躱され、獅子浜の脚は地面に衝突。辺りに抉られた砂や小石が散らばった。


「まだまだ!」


 獅子浜はすぐに体制を建て直し、連続して殴り掛かる。


「そんな愚直的な攻撃。意味などありませんわ!」


 ブラッドカースは全ての攻撃を避け、嘲笑う。

 右手に紋章が浮かび、火炎球が生成される。


「この距離ではバリアも貼れませんわね!サヨナラですわ!」


 肉薄した状況で、相手は腕を前に突き出す。

 ──そう、この状況なら避けることも、リーズのバリアも作れない。


 ドゴォン!ドゴォン!ドゴォン!


 獅子浜の腹部に、強烈な火炎球が炸裂する。


「ガッ!!」


 スーツでダメージがだいぶ軽減されていはずだか、鈍い衝撃が走る。

 後ずさりしそうになる…が、歯を食いしばり踏ん張る。

 一歩踏み出し、ブラッドカースの突き出した腕を掴んだ。


「これで捕まえたぞ!ブラッドカース!!!もう逃がさん!」


 仮面の下から、相手の仮面を睨む。

 何かを察したブラッドカースは素早く上体を逸らす。

 次いで空いている腕で、獅子浜の掴む腕に火炎球を飛ばして逃げ、距離をとった。

 …彼女のいた場所には槍が突き出されている。コウキの槍だ。


「大丈夫ですかシシハマさん。それとすみません、当て損ねました」

「いや、助かったよありがとう」


 二人は体制を建て直し、武器を構える。

 ──ここからどうしようか。

 内心、獅子浜は少し焦っていた。大きな煙幕を貼り、勇者自身が飛び込んで敵の注意を集める作戦。相手の反応速度が想像以上だった為、傷を与える事に失敗した…

 この策に二度目はない。ここからは正面から戦うことになる。


「不意打ちですか、勇者らしくないですわね」

 想定外の攻撃にブラッドカースは悪態をつく。

 その時、付けている仮面に亀裂が走る。先程のコウキの攻撃で出来た傷によるものだろう。


「クッ……アッ…ガッ…」

 ブラッドカースが仮面を押さえ、狼狽えはじめた。


 ──何が起きているんだ?

 突然の変化に獅子浜達は焦る。


「お行き、なさい…!デビル、ソルジャーたち!」

 ブラッドカースの苦しながら発せられた号令と共に、崖の上から大量の兵士が現れる。皆が一様に狂ったように崖を下ってきた。

 それらと入れ替わるように、ブラッドカースは浮かび上がり、崖を登って視界から消えていった。


 馬車の前後をデビルソルジャーが挟み込む。左右は切り立った崖。逃げ道はどこにもない。

「連戦になるが戦えるか?」

「当然ですよ!俺にもまかせてください!」

「分かった、ありがとう。コウキとリーズは馬車の後方にいる敵を任せる」

 そう言って獅子浜は目の前にいる敵たちに睨みを利かせ、拳を握りしめた。

 …


【第12話 完】

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