11.5 村娘、再起する(後)

それは太陽が真上に登る、一日で最も暑い時間帯の時。

 私は、宮殿に向かう彼の背を見送っていた。


 声がほとんど届かないであろう場所まで離れたのを確認して、私は宿へ戻った。


 ──今日一日はどうしようか。ううん、今日だけじゃない。シシハマがこの街を離れるまでの数日、何をしよう。


 空を眺めて、ふと考える…

 宿と食事はタダで手に入る。帰り道の馬車代も余裕で確保出来ている。


 ──有り余るお金で少しだけ贅沢しちゃおう。折角パブロまで来たんだ。そうしよう。


 そう決めた私は一旦部屋に戻り、服を着替えて部屋を出るのでした。


 玄関から出ようとした時、ちょうどフレイさんに遭遇する。

 この人は、私とシシハマの給仕係。シシハマが一日居ない今日、もしかして暇なのでは。と頭をよぎる。


「フレイさん!もし良ければ私と遊び行きましょ!」


 手が空いてると思ったので、遊びに誘ってみる。しかし、フレイさんの顔には困惑が浮かぶ。


「すみません…今日、急に仕事を休むのは厳しいです。明日なら…多分大丈夫です」

「じゃあ明日!明日の午後私と遊びましょ!」


 残念。今日のお誘いは断られてしまった。

 しかし、明日は二人で遊べるか掛け合って貰えるみたい。許可が下りるといいなって私は願うのでした。


「あ、メイさん!今日の太陽が沈んだ頃にはこの宿の玄関内でまっていてください。あなたに用がある人がいらっしゃるみたいです」

「私に用?うん、分かった!時間までには戻ってくるね!」


 私に用ってどんな事なんだろう。

 この時は深いことも何も考えず、私は街に繰り出すのでした。

 …



 昨日と変わらない街並み。その中を私一人、歩いていく。

 時間があるので私は街の南部、海岸の近くまで向かってみるのでした。


 緩やかな斜面を下る。

 遠くに見えてくる水平線


 ──私は足を進め続ける。


 下り坂はやがて平坦な道のりになる。

 遠くで鳥が鳴いている

 不思議な匂いが漂ってくる


 ──海が近い


 浮き立つ私の足は急ぎ出す。

 目の前の曲がり角を進み──


 私の目には、果て無く、彼方まで広がる青い景色が映った。


「わぁ…」


 久方ぶりの海を見て心が浮く。

 私の村にはない景色

 私の日常にはない存在


 見とれる私は石畳の上を一歩、一歩、数えるように歩く。

 整備された波打ち際へ、歩み寄るのでした。


 ─静かに揺れる水面を見下ろす。

 そこには私の顔がうつり、小魚達が泳いでいる。


 ─澄み渡った空を見上げる。

 そこには白い雲がえり、水鳥達が飛んでいる。


 私は、特に理由もなしに水際に沿って歩いていく。

 歩いて、歩いて、歩いて、早歩き、早歩き、早歩き、走って、走って、走って

 …私はいつの間にか、水面の私とかけっこをしていた。小さい頃に、姉ちゃんとしたように。


 私は進むうちに、小さな浜に入っていた。白い砂浜、音を出して崩れる小さな波たち。

 私は靴を脱いで波打ち際に入る。

「ひゃっ」

 その冷たさに思わず声が出てしまう。そして、沖に戻っていく波に足裏をくすぐられ、もう一度「ひゃっ」と小さくでてしまう。


 まだこの時期は寒いみたい。もう少し暑くなってから、─その時に私がこの街にいたら、もう一度海に入ろう。

 そう思って、海から出るのでした。

 …


 石畳の辺りまで戻り、ベタベタする足に少し後悔しながらも街中を歩いた。

 そのうちの一店舗、雑貨屋が気になり、私はその中へ足を運ぶ。


 カランカラン

 「いらっしゃいませー」


 軽快な音と共にドアが開き、店主の声が響く。


 店の中の商品はポーションや毒消し、ハーブみたいな冒険者向けのものが並んでいる。

 その中で私は、店主の隣に並んでいるネックレスが目に入った。


「おっ、このネックレスが気になるのかい?お嬢ちゃんにはお似合いだよ」


 おだてられ、気持ちの上がる私はその中から一つ、海のように青い石の着いてるネックレスを付けてみた。

 ──うん、この服には似合うね


「お目が高いね。その石にはね、心を落ち着かせる効果があるんだよ」


 心を落ち着かせる…

 これはきっと、今後役に立つかもしれない。

 そう考えた私は購入するのでした。

 …


 買い物を済ませ、店を出る。

 海を見渡すと、空の明るさは少し落ち、海の輝きもくすんできた。


 ──そろそろ帰ろう


 今日はこれから約束のこともある。

 のんびり帰って、やる事やって、のんびり湯浴みをしよう。

 そう思った私は、帰りの上り道を息を切らしながら進むのでした。

 …着慣れない靴は辛いね…

 …


 日も暮れる直前に宿につく。入口にはフレイさんが待っていた。

「おかえりなさいメイさん。夕飯を食べたら私に教えてくださいね」

 恐らく、今日の用の事だろう

 私は一言「分かった!」とだけ言うと、食堂に向かうのでした。

 …


 今日の夕飯は魚のスープとパンにサラダ。味は美味しいし、相変わらず食堂の雰囲気は最高。

 …なのだけど…先程から後ろから、チラチラとフレイさんが覗いてくる。

 私が振り返れば、フレイさんは直ぐに頭を引っ込め隠れる。何をしたいんだろう。

 私は我慢が出来なくなり、フレイさんの所へ駆け寄った。


「フレイさん。さっきからどうしたの?」

「えええ、あの、その、」

 フレイはハッキリとせず、戸惑う。

 どうすればいいかわからない時、


 ぎゅるるる〜


 フレイのお腹が鳴る。私の食事を見ていた理由が分かった。

 私はふふっと笑い、フレイは申し訳なさそうに照れる。


 私はフレイの手を引いて椅子に座り、もう1人前注文するのでした。


「フレイさん、今日は忙しかったんですか」

「はい、実は…。今日は宮殿の方にサポートに入ることになりまして。それで、てんやわんやしてるうちに今になったんです。お陰でしっかりしたもの殆ど食べてないんですよ」

「それは大変だったね!ささ、私のことは気にせず、ゆったり食べてね」

 こんな事を言ったが、私に決定権はない。

 それでも、フレイは納得してくれたらしい。出てきた料理をガツガツと食べる。それはもう、見ているこちらが気持ちよくなるほどに。

 …


 テーブルの上の食事はあっという間に無くなった。

 口フレイは口元を拭いて席を立つ。

「さて、ご馳走様でした。メイさん、これから約束の人のところへ行きます。着いてきてくださいね」

 足早に案内をされる。私に用がある人はどんな人なのだろうかと、少しワクワクするのでした。

 …


 小さな部屋に案内をされて、少し待ってると、初老の男性が入ってきた。


「初めまして。話は聞いてますよ、メイさん。私の名はアース、簡単に言って軍の指揮する人さ」

「は、初めまして!メイです。よろしくお願いします!」

 入ってきた人の服を見て私は慌てる。明らかに偉い人、もしくは相当に金持ちの人だ。


「ああ、私の服が気になるのかい?この服はいつも来てるわけじゃないよ。今丁度勇者の懇親会から帰ってきたところでね。それで着ているだけさ」

 ささ、リラックスして…と促され、私は椅子に座り直す。


 ──こんな人が、私になんの用だろう?


 尚更疑問が深まる。こんな重要人物が、私みたいな一般人に接点があるとは思えない。


「早速要件に入るのだけど、メイちゃん、シシハマが此処を出発した後、君はどうする予定だい?」


 アースと名乗る男性の質問は、私の心の淀みをつつく内容だった。

 気持ちがモヤモヤするのが分かる。自分では、故郷の村に帰るべきなのは理解している…

 でも、でも、……


「はは、君の顔に答えは出てるね。…私から、これを渡そう」

 そう言ってアースは私に、紫色の鞘に収まったナイフを渡してきた。

 鞘の色は美しく輝く。まるで儀礼用の道具みたいだ。


「これは…?」

 私はナイフを出した意味がわからず、尋ねてしまう。

「これは、勇者に同行する者に渡していてね。言わば同行証みたいなものさ」


 勇者の同行証

 それを私に渡す。この人は、私がシシハマと旅することを許してるってことなんだろう。

 私の胸奥で、何かがザワつくのを感じる…


「このナイフを見せれば、公営の施設で色々と支援を受けられるよ」

 なるほど、このナイフはそんな役割があるんだ


「それと、もうひとつの用途があってだね…」

 アースさんの顔が険しくなる。

「自決用、だ」

「…自決、用?」

 思いもしない言葉に、反芻してしまう

「メイさん、君ならわかっていると思うが、勇者と共にする事は過酷なことだ。時には、死ぬより辛い目に遭うだろう。その時に、ナイフが君を助けてくれるかもしれない。心臓近くに一刺、そうすれば、毒が回って安らかに死ねるだろう…」


 その言葉に、私はこれまでのことを思い出してしまう。私の村と、ここの近くの村での争い…。どれも悲惨なものだった。

 今後、もしシシハマについて行くなら私が狙われることもあるんだろう…。その時に、使う時が来るのかもしれない…。


「とにかく、最後に決めるのは君だ。シシハマさんの出発は明後日の昼。それまでに決めておいてね。それでは」

 それだけを言い残し、アースさんは部屋を出ていってしまった。


 残されたのは私と一本のナイフ。


 入れ替わりでフレイさんが入ってきて、私の手元を見て驚く。出ていったアースさんの方を見るがもう見えなくなっていた。


「メイさん…」

 フレイさんが心配そうに声をかけてくれる。

「大丈夫だよフレイさん!」

 私は心配させないためにも、笑顔で答えた。


 ──そうだよ、明後日までに決めればいいんだ。時間はある。思い詰めったてしょうがない


 そう決めた私は席を立ち、歩き始める。


「メイさん!」

 フレイさんに呼び止められ、ふと振り返る

「あの、明日の午後は休みが取れました。約束通り、遊びましょ」

 なんの事かと少し頭にハテナが登る。

 ……昨日話したことを思い出した。そういえば、遊ぼうって話したね

「オッケーありがと!じゃあ明日の昼過ぎに玄関で!」

 私はフレイさんに一言お願いすると、お別れして、今日は就寝するのでした。

 …


 翌日。日課になった早朝ランニングを済ませ、朝食を終わらせた後に、街中散策。

 そんなこんなしてるうちに、約束の時間になった。


 宿の玄関には、ソワソワして周りを見てるフレイさんが待っていた。

「おっまたせー!待った?」

 私はフレイさんを見つけて駆け寄る。

「いいえ、私もさっき来たところですよ。それでは行きましょ」

 私たちは笑顔で話すと、目的地もなく街中に繰り出すのでした。


 先日立ち寄った甘味処を見つけたので、私たちはそこでふわふわした甘いものを食べていた。


「一昨日この店に来たんだけど、すごい美味しいよね!」

「はい、私も久しぶりなんですが…いつ食べても美味しいですね」

 その美味しさに私の頬はとろける。フレイさんも優しい笑顔を見せる


 ─うん、ここに連れてきてよかった。

 この街に来てから私は何度もフレイさんにお世話になっていたんだ。どこかでお礼をしようと思っていた。これで幾らか、お返しは出来たかな?


 付け合せのお茶も飲み、一服。

 私たちは至福の一時を過ごすのでした。


「そうだフレイさん。どんな経緯であの宿で働くことになったの?」

 私の泊まっている宿は、高級宿泊地だ。スタッフは皆手練のベテランばかり。その中にいる彼女はハッキリ言って浮いている。

「私はですね、引き取られてこの街に来たんです…

 そう言ってフレイさんは過去の話を語り始めた。

 …


 彼女の出身地は、パブロから北の方。湖の南部にある小さな村だった。

 近くにある大森林はリザードマンの主な生息地で、そこに住むリザードマンとの交流が行われている、珍しい村だった。


 彼女はそんな村で、両親と妹の四人で生活しており、少々貧しいながらも幸せに過ごしていた。


 そんなある日、魔人たちが人間の生活圏内に侵入、攻めてきたのだ。


 彼女の住む村は魔人達の領域に近かったので真っ先に攻め込まれた。


 村が襲われた時、彼女は母親に言われ、真っ先に地下の倉庫に逃げ込んだ。母親は寝かしつけた妹を助けに寝室へ向かい、父親は時間を稼ぐために一旦外へ出ていった。


 幾らか時間が経った。

 外で悲鳴が聞こえてくる。家が焼けてるのが分かった。なのに誰も地下室へ来ない。彼女一人でずっと、ずっと待ち続けた。

──

 どれくらい経っただろうか、いつの間にか寝ていたらしい。

 外で救援の声が聞こえてきた。

 彼女は開かない扉を叩き、ありったけの大声を出して助けを呼んだ。


 救助はすぐにされ、彼女は外に出られた。


 ──辺りに広がっていたのは炭の山


 木々に畜産物、人間、リザードマン。燃えるものは全て燃え尽き、異臭が村の跡を支配していた。


 彼女は泣き叫んだ。

 もう居ない家族に想いを馳せる。

 最期の言葉なんて思い出せない。

 この村には最愛の家族も、大切な友人ももう居ない。


 ──なぜ自分だけ生き残ったのか。

 ──この先、どうやって生きていけばいいんだ


 彼女は嘆く。


 その時、救護団のリーダーが彼女を見つけ、手を差し伸べた。そして、こういった。

 ──私の所に来なさい──

 その男性の名前はアース。

 今の彼女の義父ちちだ。


 それでこの街に連れてこられた。

 それが、十年前の出来事だ。


 …

 当時は戦争中で忙しかったので、──今でも忙しそうだけど──私の事をあまり構ってくれなかった。だから一人で勉学に励んだ。

 ただ、元々勉強なんてした事無かったから成績なんて良くなく、高等院には入れなかった。

 …でも、そんな私でも義父は大切にしてくれた。


 それで仕事に就こうって思った時に、義父にこの宿を紹介してくれた。ここなら多くの人に役立てる。それに、義父の傍に入れるから、と。


 最初は色々な人に反対をされた。それでも、義父は頭を下げて私を留まらせてくれたんだ。

 それで、今ではそれなりに仕事もできるようになった──まだまだだけど…


 私なりに恩を返したいからこの宿にいる。


 ──


 それが、私がここで働いてる理由なんです」


 色々と、聞いていない範囲まで事細かく教えてくれた。

 フレイさんが北方出身なのは何となく分かってた。だけと、まさか戦争の時に壊滅した村の出身だったなんて。


 でも、今のフレイさんからは悲しみは感じられない。幾つもの苦難を乗り越え、今の生活を楽しめているんだろう。


「フレイさんありがと。辛い話させちゃって、なんかごめんね。」

「いえいえ。メイさんも大変な目に会ったんですよね。でも大丈夫、時が癒してくれます。いつかきっと、あなたも乗り越えられますよ」

 フレイさんは笑顔で答えてくれる。


 話が一段落着いたところで外を見る。空は紺色を示し、水平線はほんのり赤くなっていた。

「こんな時間だね。帰ろっか」

「そうですね」

 私たち二人は顔を見合わせ、はにかむと店を出た。

 …


 宿へ向かう帰り道、私たちは坂を登り、他愛もない話をする。


 ──こんな時間が、私は好きだ


 同年代の人となんでもない事を話し、なんでもない日常をおくる。


 ──こんな生活が、私に合っている


 宿について、私たちは解散。

 夕食には少し早いので先に湯浴み場に向かうのでした。


 湯船につかり、ふぅ…と息を洩らす。

 昨日今日の生活を思い返す。シシハマのいない、平穏な生活。

 栄光が無ければ、名誉もない。ただの村人である私には、こんな生活が向いている。

 私は今日のフレイさんとの話しで決心していた。


 ──私はシシハマについて行かない。


 彼を見送り、私はこれまでのような生活に戻る。それが私にとっての幸せなんだろう。


 お湯を自分の首元に掛ける。

 私がお願いすれば、シシハマは喜んで旅に連れていってくれるだろう。

 でも、私が行かないと決めたって彼は悲しまない。多分。…そんな奴だ。

 だからこそ、私の意思で最後まで見送ろう。


 そう決心し直して、私は湯船から出るのでした。

 …


 翌日の朝、いつもの日課を済ませて私は食堂に向かう。シシハマだ。──私の胸の中で何かが揺らぐ──

 その大きな背中を叩いて私は元気に挨拶をする。

「おっはよーシシハマ!昨日はどうだった!?」

「おはようメイちゃん。昨日はね…

 ………

 ……

 …

 彼のこれまでの話を聞いて笑ってしまった。一番の見せ場である披露宴でミスにミスを重ね…

 どんな時でもシシハマのらしさが無くならない

 それに……私も出てみたかったなってちょっぴり思ったり。


「そうそう、俺は昼過ぎにはここを出発するけど、メイちゃんはいつ頃までこの街に滞在する予定だい?」

 シシハマの一言にほんの少しだけ、心が慌てる。

 その返事はもう決めてある。

 私は、昨日決心した言葉を返す。

 それに対してこの男は「ありがとう」とだけ言う。


 ──ほらやっぱり。こいつはそんな奴だ。どこまでも前を向いて…

 ──人の気持ちも理解しないで…


 私の心のモヤが大きくなる。

 気分が落ちるのが分かる。

 でも、それは見せない。最後まで、元気を見せてやる。


 それが私なりの意地なのでした。

 …


 シシハマを見送るために、私は北門まで付いて来た。この後、私はすぐ村に帰る予定だったから、荷物も持ってきて…。

 現地ではもう積み込みが始まっていた。そこでは私ぐらいの歳の女の子と、少し上の男の人が手伝っている。

 二人が私に気づくと、挨拶をしてくる。私も一応返事はした。

 …その時には、シシハマはもう、私のことはほっぱらかしにして作業に入ってる。


 三人が積み込みをしている間、眺めていたら見送りらしき人達がやってきた。その先頭には、一昨日会った男の人がいる。

「やあ、君も見送りに来たんだね」

「えぇ、はい」

 私は弱く答える。

 この人には、見透かされている気がして…なんか不気味だ

 私は準備をしているシシハマ達の方へ振り向く。


「答えは、出たのかい」

 ──答えたくない

「君の自由にするといい。私は止めない」

 ──そんなの、言われるまでもない「今が、最後の機会だ」

 ──それ以上、喋らないで


 私にかけてくる男性の声には、優しさがあるのは分かる。

 行きたいなら行けばいい。

 でも、でも…

 …


 シシハマ達の準備が終わったらしい。

 馬車に乗り込み、皆に手を振る。

 出発の時だ。


「私、故郷の村で待ってるからね!必ず帰ってきてよね!」

 周りで歓声が起きる中、私は馬車に近寄り声をかける。


「ありがとうございます。必ずや魔王軍を打ち倒し、平和な世界にしてみせます」

 笑顔で返してくる。でもその瞳に映るのは私じゃない。私達だ。


 馬車はゆっくりと動き出す。旅立ちの時が来た。

 歓声に見送られながら、馬車は門をくぐる。これで最後だ。

 歓声は鎮まり、シシハマ達は前へ進んでいく。


…さようなら。


 …いやだ

 ……いやだ

 ………いやだ


 私の心のわだかまりが大きくなる。自分の本心に嫌でも気付かされる。


 私は走り出す。


「ま、待って!」

 必死に声を出し、少しでも早く足を前に出し、私は馬車を追いかける。

「待ってーー!」

 もう一度、ありったけの声を出す。

 走る。走る。走る。

 ただ目の前の目標をめざして…


 馬車はすぐに減速し、停まってくれた。

「どうしたんだメイちゃん?」

 当の本人はキョトンとした様子で尋ねてきた。

 そりゃそうだ、さっき別れた人が必死に追いかけてきたんだ。

「えっと…。そのね」

 私は気まづさに言いたい事があるのに戸惑ってしまう。

 でも、ここまで来たんだ。言うしかない。私は懐にしまったナイフを取り出す。

「私も!旅に連れて行って欲しいの!」

 気持ちをありったけ込めて叫ぶ。


 後はシシハマ達の意見を待つだけ。

 シシハマが二人と相談している。

 心臓が弾けそうになる気分だ。


 シシハマが馬車から降りてきた。

 そして──私に手を差し伸べる。


「では改めて。よろしくね、メイちゃん。」


「──うん!またよろしくねシシハマ!」


 この瞬間、心が晴れた気がした。

 溢れそうになる涙をぐっとこらえる。

 ──これはいつか、またどこかまでお預け。


 私は馬車に乗せてもらい、再び動き出す。


 私たち四人の旅路が、ここから始まるのでした。

 …


【第11.5話 完】

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