11 男、世界に発つ

「それでは、これより勇者一行の魔王軍討伐作戦の会議を始めます」


 いつに無く真剣なアースの眼差しに、獅子浜に緊張が走る。

 それだけでない。コウキ、リーズも固まっている。彼らも同じように、この場に呑まれている。


「まずは、現況の説明を」

 そう言ってアースは後ろに並ぶ衛兵達に地図を広げさせた。


 ──彼らも、戦場では指揮を執る立場なのだろう


 彼らに備わる凛々しい顔つきと、鍛えられた身体が獅子浜にそう感じさせた。


「まずはこれらの地点。この大陸にある重要な都市です」

 地図上のいくつかの地点に青い石を置いた。

 一つはこの中央都市パブロ。それと、そこから西と東、北に一箇所づつ。


「パブロは言うまでもありませんね。東西北にある都市は、大陸内の文化を広めるための重要な拠点。

 これら四都市を守るために衛兵達の七割を割いてます」


「残りの三割は?」


「ええ、それはこの最重要地点を守ってます」


 アースは疑問に答え、大陸中央にある泉の東側に赤い石を置いた。


「ここは?」

「ここは魔王が封印されている土地です。この封印を守り抜くことが、我ら人類の最重要課題です」


 ──前に、アースが言っていた、戦争の終着地。友の身ごと封印された、魔王の眠る土地。


「では、俺はそこへ行って魔王軍からの守りに加わるんですね」

「いいえ、あなたの仕事は別です」

 アースは、獅子浜の質問をキッパリと否定して続ける。


「あなたにして欲しいのは、勇者にしかできないこと。それは──」


「──魔王軍の陽動と各個撃破。そして支部基地の撃破です」


「陽動って、勇者を囮にするんですか!」

 アースの発言にコウキが声を荒らげる。


 コウキが怒りたくなるのも当然。獅子浜にやらせようとしているのは、身代わりのような事。

 到底、勇者として呼ばれる人にさせることではない。


「何か、理由があるんですよね」

 当事者である獅子浜は、そんなことを気にせず、アースに真意を問う。


「はい。これまでの経験から、魔王軍は率先して勇者を狙いに来ます。ここみたいな大都市であれば、早々攻撃はされません。しかし地方の街であれば、奴らは勇者を町ごと滅ぼしに来るでしょう。だから…」

「だから、街や封印の地の被害を減らすために、勇者に囮になれって言うんですね!」


 アースの声を遮り、コウキが声を上げる。

 その目がアースを強く睨む。勇者をまるで厄介者として扱うことに怒っているのだ。


「ええ、おっしゃる通りです。…シシハマさん、私たちの被害を抑えるために、身代わりになってください」


 アースはハッキリと、躊躇いながら、自身の目的を告げた。

 ─その目は沈んでいる。

 自らの力の無さを嘆くかのようだ。


 その雰囲気に気圧されたコウキは口を閉じ、獅子浜を見る。


 ──そんなの、答えは決まっている


「…分かりました」


 ハッキリと告げる。

 例えどんな事を任されようと、どんな立場になろうと、この世界に来た時点で自分の意思は決まっていた。


 ──この世界を守る

 ──ひとりでも多くの人を救う


 そのためにはどんな苦労も厭わない。

 それが獅子浜勇。彼の決意だった。


「嘘、でしょうシシハマさん…」

「…ありがとう、ございます」

 獅子浜の答えに二人は真反対の態度をとる。


「コウキ君、君も気持ちはよく分かる。もし嫌ならば俺の随伴は辞退したっていいんだ」


 獅子浜は優しい目で見る。

 …唇を噛み締めたコウキは嫌々言い放った。


「分かりましたよ、ついて行きますよ!でも!我慢できなくなったら辞めますからね!」

「ありがとう、ありがとう」


 不満は持ちつつも、承諾したことにお礼を述べ、沈黙を続けていたリーズにも同様の質問をした。


「……私は問題ありません。ついて行きます」


 二人が改めて、着いてきてくれることに感謝を述べるしかなかった。


「では明日の昼過ぎに出発します。目的地は現在被害の多い地域。北西地点にある街、タイハペの周辺です」


 アースの号令の後、獅子浜たちは解散。翌日、パブロ北部に集合することになった。

 …


 その日の晩、獅子浜とコウキ、リーズは近くの冒険者向け酒場にいた。


「だからぁ、シシハマさん!なんでぇ!そんなにぃ!迷いなく答えられるぅんですぅかぁ!」


 酒を片手に、真っ赤な顔になったコウキが詰め寄る。

 既に三杯は飲み干している。理性が十分に働いているかは、もう本人しかわからない。


「……コウキ。五月蝿いですよ。ぷはっ…おかわり」


 いつもの調子のリーズが諫めに入る。

 しかし、リーズは既に酒を五杯は飲み干し、更に飲もうとする。

 華奢な見た目を裏切る酒豪っぷりに驚いてしまう。


「コウキ君。俺はね、女神に約束したんだ。この世界を救うってね」


「にしてもぉ、そんな、ハイハイ、従うのもぉ、どうかと思いますよぉ…」


 徐々に酒のペースは下がり、呂律が回ってこなくなる。


「コウキ君、そろそろお酒は辞めておいた方が…」

「大丈夫れぇす!まぁだまぁだ飲めむゎぁす!」


 ──もうダメだ。早く帰そう


 顔が白くなってきた。酒には一切口を付けず、テーブルにもたれかかっている。

 リーズと目が合う。

 ──限界が近い、もう帰った方が良い

 そうアイコンタクトをとった。


「……コウキ、もう帰りますよ。…シシハマ様、タダ酒ありがとうございました。…では明日。」

「え、まってぇ、…まだ、まぁ、だ飲め、るぅ」


 見かねたリーズがコウキの腕を無理やり引っ張って連れていった。

 抵抗しようにも、力が入らないらしい。コウキはなされるがままに連れていかれた。


 ──リーズちゃんって結構力あるんだね…


 酒場に一人残された獅子浜はゆったりと席を立ち、三人分の会計を済ませてすっかり暗くなった帰路を辿る。

 …


 ──明日はとうとう出発か…。柔らかいベッドも、広々した湯浴み場も今晩が最後。堪能しておこう…


 等と夜空を見上げながら夜道を歩く、獅子浜であった

 …



 翌日、目が覚め、部屋を出るとそれはいつものように現れた。


「おっはよーシシハマ!昨日はどうだった!?」


 一日ぶりの再会。しかし、毎日会っていたせいかしばらく会っていないようにすら感じられる。

「おはよう、メイちゃん。久しぶりだね」

「久しぶりって何さ!それに私の質問に答えてよ!」


 いつも変わらないその元気さに、笑顔が出てしまった

「ごめんごめん。昨日はね──

 ………

 ……

 …

「へー!私も懇親会出てみたかったな!」


 一通りの説明を終えた。

 メイが懇親会での内容を羨む。

「いやぁ、色々と大変だったよ。ボロが出ないよう立ち回ったし、貴族と上手く話さないといけないし…」

「でもすっっごいお洒落したんでしょ!私もドレス着てみたかったな〜」


 いつも見た目には気を使って無さげなメイも、華麗なドレスに身を包んでみたいようだ。

 普段からよく着てる運動向きの服の方が似合うと思ったか、今回ばかりは控える獅子浜だった。


「そうそう、俺は昼過ぎにはここを出発するけど、メイちゃんはいつ頃までこの街に滞在する予定だい?」


 一つ気になっていたことを尋ねる。元々メイはこの街までの予定で着いてきたのだ。

 ここで別れる彼女は今後どうするのだろうか。と、気がかりになっていた。


「あぁ〜、それね!獅子浜を見送ったら、私も直ぐに帰る予定だよ!」


 その返事にはどこか少し、迷いがあるように見える。


 それでも彼女は、はっきりと伝えてくれた。


 獅子浜は、最後までいてくれる事に感謝し、一言「ありがとう」と告げると北門へ向かった。

 …


 北門、出発予定地では既に、馬車を連れた御者が待っていた。

 コウキ、リーズも来ていて、各々の荷物を積み込んでいる。


「シシハマさん!」

 こちらに気付いたコウキが声を上げる。それに釣られリーズもこちらを見てくる。


「ああ、済まない。遅くなった」


 予定の時間には間に合っているが、最後の一人であった為に、思わず謝罪する。


「所でシシハマさん。隣の人は?」

 コウキが視線を移し、メイを見る。


 ──そういえば、今回が初対面だっけな


「初めまして!私はメイ。シシハマをここまで連れてきた人です」

「ど、どうも。これからシシハマさんのお供をするコウキ、です」

 律儀に挨拶を交わす。メイはいつも通りのハキハキとした態度だ。

 しかし、コウキがどうにもハッキリとしない。

 ──初対面の人と話すのは苦手なのだろうか?

 等と、作業しながら思ってしまった。

 …


 荷物の積み込みが終わり、出発準備が出来た頃には予想通り昼を少しすぎていた。

 周りには勇者の噂を聞いた人達や、アースが連れてきた政府の人で賑わっている。


「では、シシハマさん。ご武運を」

「私、故郷の村で待ってるからね!必ず帰ってきてよね!」


 人の群れから出て、馬車に寄ってきたアースとメイが声を掛けてくる。


「ありがとうございます。必ずや魔王軍を打ち倒し、平和な世界にしてみせます」


 二人に別れの言葉をかける。

 これが最期になるかもしれない。でも、これ以上の言葉は要らない。


 明日には、彼らはこれまで通りの生活に戻る。田畑を耕す、宿を営む、街を守る。


 シシハマという存在は、すぐにでも小さくなっていくだろう。

 だからこれ以上は要らない。簡単なお別れでいい。


 ──だってそれが、一番気楽なのだから


 馬車は動き出した。木製の車輪がゴトンと音を立て、ゆっくりと回り始める。


 コウキ、リーズは観衆に手を振る中、とうとう馬車は門をくぐる。


 ──新しい旅の始まりだ


 後ろからの歓声は止み、手を振っていた二人も前を向く。


 その時、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 ──っ!


「御者さん!馬車を停めてください!」

 振り返りながら指示を出す。

 後方の声はなんて言ったのかは聞こえなかったが、獅子浜に言っている気がしたのだ。



「あっ」

 後ろから来た人物を見て驚き、息を漏らしてしまった。


 メイだ。


 メイが何故かこっち目指して、必死に走ってくる。

 背中に荷物を背負い、息も途切れ途切れにやって来た。


「はぁ、はぁ…。や、やっとたどり着いた」

「どうしたんだメイちゃん!」


 先程別れた人物が追ってきて驚く。

 忘れ物をしたつもりは無い。彼女が来た理由がわからず、真意を尋ねた。


「えっと…その、ね。」

 言いずらそうに話し出す。


「私も!旅に連れて行って欲しいの!」

 紫色の鞘に入ったナイフを前に突き出し、懇願してくる。

 走った影響かもしれないが、その顔は赤く、目が潤っていた。


「……」

 予想外の内容に、黙ってしまった。

 これからどんな事があるのかは、これまでで充分に分かってるはずだ。


 その上で旅をする──

 それを知って共に行く──


 きっと、パブロにいる間、何度も葛藤をしたのだろう。

 その上でついて行きたいと、メイなりに決めたのだろう。


 ──


 しかし、今は自分の一存で決められる訳では無い。

 獅子浜はコウキ、リーズの方を伺う。

──

 何故か二人は抵抗、拒否感と言ったものを見せない。ただただ驚いている。


「そのナイフを見せられたなら、俺からは拒否できないですよ」

「……同じく。…後の判断はシシハマ様に任せます」


 理由は分からないが、二人はメイを受け入れてもらえるようだ。


 ──なら問題ない


 獅子浜は馬車から降りて、メイに手を差し出した。


「では改めて。よろしくね、メイちゃん。」


「うん!またよろしくねシシハマ!」


 馬車はまた動き出す

 ──四人だけの勇者軍を乗せて


 目指すは魔王軍幹部の討伐


 正式な勇者と認められた獅子浜と、その仲間たちの旅が、ここに始まるのであった──

 …


【第11話 完】

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