10 男、囲まれる

 獅子浜はメイドに案内され、歓迎会の会場を目指して宮殿内を歩いていた。


「アースさん。さっきの発言は、どういう意味なんですか?」

 獅子浜は先程のアースが発した「勇者にとって一番大変なのはこれから」の意味が気になっていた。


「言葉通りですよ、シシハマさん。勇者と縁を作っておきたい貴族たちに、あなたはこれから囲まれます。」

 まあ、私が隣につくので、酷いことにはならないと思いますが。と一言加える。アースの顔には、どこか悪戯心かある様に見える。


「ならいいんですけど、貴族かぁ…」

 獅子浜には、貴族に対して今のところ特にこれといった印象は無い。しかし、権力争いに巻き込まれるのだけはごめんだと考えていた。

 …



 どうぞ、お入りください。とメイドに言われ、大きく開かれた扉をくぐる。


 パチパチパチ!!


 辺りから大きな拍手が巻き起こり、視線が獅子浜に集中する。


「うわぁ、すごい人数ですね。それに皆、物凄く着飾ってる」

 獅子浜を見る人々を観察して出る言葉はそれしか無かった。

「ええ、皆さんこの日のために気合を入れてきてますからね。それは兎も角、スピーチですよ。ここに集まった方々に向けて、コメントを」

「えっ!聞いてないですよそんなの」

「言ってないですからね。ささ、アドリブでどうぞ」

 困惑する獅子浜をからかうように笑い、アースは獅子浜を台の上に立たせる。


「え…えー、皆さん。はじめまして。勇者になった獅子浜、と申します。えー…まだこの世界に来て日も浅く、右も左も分からない者ですが、えー…勇者としての務め、存分に果たさせて頂こうと存じ上げます。えー…今後とも、皆様にお世話になることが多々あると思いますが、その時はよろしくお願い致します。以上になります」


 獅子浜のスピーチは端的に言って酷いものだった。たどたどしく、覇気はなく、目は左右を泳いでいた。


 獅子浜が後ろを振り向くと、そこには左右に頭を振りガッカリするアースが見える。


「期待を素直に裏切ってくれましたね」

「仕方がないでしょう。俺だって、前もって知らされていればもう少しはマシになりましたよ」

 こんな事を言ってるものの、アースは本気で言っているようではなく、苦笑いを浮かべる。


「これから多くの貴族に話しかけられます。とにかく、無難に受け流してくださいね」

 人が多くいるエリアへ移動する最中、そう警告される。

 アースも付きっきりで回るため、そこまで警戒はしていないであろうが、万が一の事を思っての助言であろう。


 獅子浜がそう思いながらフロアに降り立つと、目前に立っていた父と娘らしきペアが寄ってきた。


「これはこれは勇者様、はじめまして。わたくし、ここから東の方にあるイロアという町の、主をしておりますスカンジ・アクチュードと申します。こちらは娘のトリーです」

 笑顔で話しかけてきた男性、スカンジは顔を寄せてくる。

 ボソリ、と獅子浜に耳打ちをしてきた。


「…もし勇者様が良ければ、今晩うちの娘と遊んで頂いても構いませんよ」


 突然のことに驚く。ハッキリと言った訳では無いが、言った意味がどんなことかはすぐに理解できた。

「あ、…えっと…」


 魅惑的な誘いではあるが、正直な所、断りたい。しかしどう言えば相手の体裁を悪くせずに済むかで悩んでしまう。


「スカンジ伯爵、お久しぶりですね。御壮健なようで何より。

 申し訳ありませんが、勇者様はご多忙の身。個人的な依頼はまたの機会に」

「おやおや、アース殿。そちらも相変わらず精が出るようで」

 間に入り、アースがフォローをする。耳打ちの内容は聴こえてなくとも凡そ内容を察知し、獅子浜をスカンジから切り離した。


「ありがとうございます。アースさん」

「いえいえ、予想通りです。今後も何人からか同じような誘いがあるので、全て断ってくださいね」

 同じような誘い。その言葉に驚く。アースは先程、勇者と縁を作りたい貴族がコンタクトを取ってくると言っていた。しかし、ここまで直接的とは思いも寄らなかった。


 そのあとも、アースの言った通り何人からか自己紹介の後に、お誘いの話が持ちかけられた。勿論それら全てを断る。

 ──これも文化の違いなのであろう。

 獅子浜は、この世界の慣習を痛感するのであった。


「これで、大方話しておきたい貴族は終わりましたね。シシハマさん、これまで話した人達は皆、そこそこ権力のある方達です。できる限り名前と顔を覚えておいて下さいね」


 ──そんな無茶な。


 獅子浜はつい心の中でボヤく。もう既に半分以上は顔を忘れている。

 名前なんて混ざって大変なことになっているのに。


「では次。ある意味、シシハマさんにとってとても大切な人達です」

 そう言ってアースは獅子浜をフロアの端の方、人が減ってきたあたりに案内してきた。

 そこには若い男女が二人、どことなくぎこちない雰囲気で立っていた。


「えーと…君たちは…」


 獅子浜は優しく声をかけてみる。

 さっきまで話していた人たちとは、明らかに異なる雰囲気。この場に慣れていない様子に親近感を感じる。


「は、はじめまして勇者様!えと、おr…私は勇者様のお伴を立候補させていただいたコウキです!槍を使うのが得意で、これまでギルドで冒険者してました!西の地域出身です!

 よろしくお願いします!」

「……私はリーズ、シスターです。癒しの魔術が得意です。……北の地域出身です」


 コウキと名乗る青年は凡そ20~23歳程であろうか。身長は獅子浜まで行かなくとも、高い。それに体格も良い。これまで仕事で散々鍛えられてきたことがよく分かる。


 もう一方の少女リーズ。彼女の歳は16~18に見える。体も細く、力がある様には見えない。──しかし、彼女は癒しの魔術が使えると言っていた。きっと、優秀な魔術使いなのだろう。


「はい、自己紹介ありがとうございます。」

 二人に話しかけたアースが獅子浜へ顔を向ける。これまた爽やかな、含みのある笑顔を見せてくる。

「彼らが勇者のお供に立候補し、選ばれたもの達です」

「この人達が、俺のお供…」

「はい。あなたの旅を助け、道を切り開く手助けになるでしょう。尤も、あなたが了承すればですがね」


 ごくり…

 思わず唾を飲み込む。


 ──この二人が、俺の旅を支えてくれるのか…


 そう思うと、獅子浜の目に映る二人が頼もしく見えてきた。


 ──断る理由など、どこにも無い。


 獅子浜は一歩踏み出し、手を前に差し出す。

「それじゃあ二人とも、これからよろしくね、コウキ君、リーズちゃん。俺は獅子浜勇」


 二人も手を出し、握手する


「これで契約成立ですね。明日の朝食後、ミーティングを行いますので、それまでは皆さん、どうか楽しんでください」

 一部始終を見届けたアースはそう告げ、去っていった。


 その後、獅子浜はコウキ、リーズと共に観劇を楽しみ、出された食事に舌づつみし、懇親会の残りの時間を楽しんだ。


 無事お開きとなった会場を後にして、二人とも別れ、帰路に着く。

 …




 翌日の昼前、獅子浜、コウキ、リーズは宮殿内の一室に集められていた。

 三人は促されるがままに、中央に設けられた椅子に座り込む。


 テーブルを挟んだ向かい側に座るアースにはいつものような、にこやかさが無い。

 何時にない真剣な顔に、獅子浜は黙ってしまう。


 部屋に沈黙が流れる中、アースが真剣な眼差しで口を開いた。


「それでは、これより勇者一行の魔王軍討伐作戦の会議を始めます」

 …


【第10話 完】

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