09 男、世界を知る

 中央都市パブロにそびえ立つ宮殿。

 獅子浜は勇者の任命式を受けるため、そこへ向かっていた。


 しかしその仰々しく、きらびやかな外観は、脚を自然と重くしていくのであった。


 ──堅苦しい儀式は苦手なんだけどな…


 儀式を受ける張本人、獅子浜の心も重くなる。気は乗らないながらも脚を進め、宮殿へ入った。


「お待ちしておりましたよ。勇者様」

「あ、あなたは昨日の!」

 入口に立ち、獅子浜を迎え入れる人の顔を見て、思わず驚く。その初老の男性は、先日湯浴み場で会った人であった。


「改めて自己紹介を。私はアース。この国の、対魔王軍代表司令官を務めております。お見知りおきを」

「いやぁ、そうだったんですね!俺は獅子浜勇。今後とも、よろしくお願いします!」

 アースと名乗る男性は、笑顔を向けて歩み寄り、手を差し出す。獅子浜もそれに応えて手を出し、握手を交わした。


「では、お時間も近づいておりますので、話は歩きながらでも」

 そう言ってアースは獅子浜を中央室まで案内するのであった。

 …



「ではこの扉の先が、王のいらっしゃる部屋です。私は別扉から入りますので、案内があり次第お入りください。では」

「ええ、案内ありがとうございます。アースさん。それではまた後で」


 そういって二人は別れる。

 獅子浜は扉の前で、始まりの時間を待つのであった。

 …



 10分くらい経ったであろうか、部屋の中から盛大な音楽が聞こえてきた。続けて、「新たなる勇者の入場である!」とアナウンスが響く。


「では勇者様。お入りください」

 扉の前にいるメイドが扉をあけ、入場を促す。獅子浜は指示に従い、歩みを進める。


 部屋に入った獅子浜は、圧巻された。

 正面に広がる豪勢な絨毯。両脇に控える大勢の戦士。部屋の両隅に並ぶ着飾った貴族。

 ──そして、正面に座る王と、その横に立つアース。


 この景色を見た獅子浜は、自分が勇者であり、世界の存続を背負っているのだと、嫌でも思い知らされた。


 ある程度まで歩みを進めると、途端に周囲が静かになる。


 ──ここで良いのだろう。


 獅子浜は脚を止めた。


「では!これより勇者の任命式を執り行う!では、我らが王からのお言葉である!」

「うむ」

 アースの発言の後に、王は玉座から立ち上がる。

 周囲を見渡した後に、定型であろう言葉を話し始めた。


「我らの世界は今、未曾有の危機に迫っている。その我らに、女神からの救いの手である、新たなる救世主の勇者がここにおいでなさったのだ。勇者はこれから死地へ向かい、数々の困難を超え、立ち塞がる多くの魔人を討伐するであろう。我らにできることはただ一つ、勇者を褒めたたえ、祀ることである。最後に、王の名の元、新たなる勇者が降臨したことをここに宣言する!」

 王が話を終えると、周囲から喝采が起きた。皆が笑顔になっている。


 ──きっとこれは、この国の人達にとって、かけがえのない瞬間なのだろう。


 そう思った獅子浜の顔にも、柔らかな笑顔が浮かんでいた。

 …



 任命式の後、獅子浜はアースに応接室に連れられていた。


 柔らかいソファに座って、メイドに出されたお茶を飲み、一呼吸。

 重苦しい雰囲気と、多くの視線からやっと逃れられた獅子浜は、やっとリラックスができていた。

 そんな獅子浜を見たアースは、気配りがてら一言かける。


「お疲れ様でした。…シシハマさん、任命式はどうでしたか?」

「どうと言われましても…。とにかく、俺に色々と期待が集まっていることはわかりました。それに応じるためにも頑張っていこうと思います」

「それは良かった…。ですが、勇者であるシシハマさんには、是非、この国の歴史を知って頂きたいのです」

「歴史。ですか…」

「はい。この後の懇親会までは、時間があります。どうかそれまで、暇つぶしとしてお付き合い下さい…


 そう言って、アースはスティンヘイグのこれまでの流れを語り始めた…

 …




 獅子浜達のいる国、スティンヘイグは、10年前まではとても平和な世界だった。


 この世界には大きくわけて三種類の文明が築き上げられており、人類種、リザード種、魔人種がそれぞれ棲み分けて生活を営んでいた。

 人類種は、大陸の中央から南側、平原が多く気候が穏やかな広い地域に住み

 リザード種は、大陸中央地域、湖の周辺や、山間に住み

 魔神種は、大陸北部の一部、気候の厳しい地域に住んでいた。


 しかしある日、大きな事件が起きる。北部に住む魔人たちが、人の地域に侵攻して来たのだ。


 人類も急いで抵抗を開始。大陸中央は戦場となった。

 魔人の力はとても強く、人間とは比較にならなかったが、人間は数の多さで対抗。両軍の戦力は拮抗していた。


 ところがある日、魔人の王、魔王を名乗る人物が戦線に出てきた。

 魔王は強力な魔法を扱い、人間軍を圧倒していった。


 戦争が始まってから半年、人類軍は苦戦し、戦線は徐々に南下していった。

 戦死者の数も多くなり、人数で力の差を埋めていた人類にとって、それは死活問題であった。


 戦争に負けることを危惧した国王や貴族達は、藁にもすがる気持ちで、国に祭られる女神の像に願った。


 すると数日後、赤い宝石の着いた腕輪を身につけた男がパブロを訪れた。

 彼は自分のことを勇者と名乗り、戦争の最前線に立った。


 彼は強力な武器と、その勇敢な魂で魔人軍に立ち向かっていった。

 その力は凄まじく、単身で魔人たちを葬り、戦況をひっくり返していった。


 …ある時、勇者を恐れた魔王が、部下を引き連れて勇者に直接戦いを挑んだ。

 その争いは凄まじく、今でも跡が残るほどである。


 互いの魔法と魔法、剣と剣、激しい争いは数時間にものぼった。


 魔王を討伐しきれなかった勇者は、最終的に、魔王をその地に封印することにしたのだ。長らく同行した友の身と共に…。


 戦争が始まってから一年半。魔王の封印と共に戦争は終結した。

 勇者は、その時の傷が原因で戦争終了後直ぐに亡くなった。今は封印の地に石像が作られ、祀られている。


 現在では、魔王の封印を解こうとする残った魔王軍と、それに抵抗する人間軍の小競り合いが大陸の各地で起きている。

 …




 …と、まあ、大雑把なこの国の歴史は、こんなところです」

 アースの話に、獅子浜はあっけに取られていた。

「何となく、お分かりいただけましたかね」

「ああ、はい。…一つ、気になることがあるんですけど、魔法ってどんなものなんですか」


 …獅子浜の一言で、その場が凍る。

 アースは驚きのあまり、目を開いて動かなくなる。お付のメイドも、えっ。と小さく息をもらし、固まる。


「ですから、魔法ですよ魔法。火の玉がふわっと出たり、風を起こせたりできるんですか?」

 呆気にとられていたアースも、はっと、我に返る。若干の困惑した顔で、獅子浜の質問に答えた。


「ええ、シシハマさんの想像するとおりで大方正解です。魔法とは、大体このように…

 そう言ったアースは小さく呪文を唱え、手元に小さな炎を作った。

「私は専門家では無いので、この様な初級魔術しか扱えません。が、魔術で生計を建てる人達はより強力なものを扱えますよ」


 アースの言葉に耳を少しだけ傾けて、その炎を見て感動していた。


 ──魔法。凄く便利そうだ。俺にもできるだろうか、少し、試してみよう。


 獅子浜はそう思い、アースが炎を出したのと同じように腕を出し、手の平を見つめた。

「ちょっと待ってください!シシハマさん!」


 手に力を込めようとした時、アースに慌てて止められる。

「だ、ダメですよシシハマさん!実は以前の勇者に、ここで火炎魔術を試して大爆発を起こした人が居るんです!」

「そ、そうなんですか…」

 その発言を聞き、獅子浜は思わず焦った。あと少しのところで、宮殿の一室が丸焦げになるかもしれなかったのだ。


「ええ、勇者の皆さんは魔力量が極めて多い上に、使用量の調整を誤り易いのです。慣れないうちは大抵、必要以上に魔力を使用し、暴走します」

 暴走。獅子浜はほんの、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。どれくらいの魔法が、俺には使えるのだろうか。と、心が疼く。


「男の浪漫を感じましたか?感じましたね。でもダメですゼッタイ。まずは外でやりましょう」

 練習をしたいのであればこちらへ。と、アースは言い、獅子浜を中庭へ案内するのであった。

 …



 到着したのは中庭の一部、周りを水路が走る広場だった。


「では、私の動きを真似て下さい」

 そう言って、アースは先程と同じように、腕を手元に掲げ、集中し、呪文を唱え始める。


「ちょっと待ってくださいアースさん!遠すぎませんか?」

 アースは獅子浜から四、五メートルは離れた場所に立っている。

 その露骨に空けられた距離に、思わず声を上げてしまった。


「だって当然でしょう!暴走した魔術に巻き込まれたくはありませんからね!」

 アースも声を張り上げて返す。


 しかし、この距離ではアースが何をしているのかハッキリとは分からない。

 アースの見本を見てから獅子浜も其れを繰り返すという条件で、獅子浜は間近で見学することにした。


「では、よく見ていてください。慣れた人は無詠唱でも出来ますが、初めは詠唱を行いましょう。目標はあの噴水。手元に集中して、力を集める感じで…《火球よ飛び込め、ファイア!》」

 詠唱したアースの手元には球状の火炎が出現。真っ直ぐに飛び込み、噴水にぶつかり消えた。


「では私と同じようにやってみて下さい。おっと、私は後ろの方で控えてますね」

 そう言ったアースはそそくさと避難を始めた。

 獅子浜の後方、数メートル離れたところで透明なバリアを張る。


 ──やってみるか、手順は分かった。手を突き出して集中。手のひらに力を集めるようにして…


「《火球よ飛び込め、ファイア!》」


 ……………………………………。

「………………………」

「………………………」

 二人の間に無音の間が生じる。獅子浜の手には何も発生しなかった。


「《火球よ飛び込め、ファイア!》」

「《火球よ飛び込め、ファイア!》」

 何度詠唱しても、結果は同じ。真っ赤になる顔を嘲笑うかのように、魔術は発生しない。


「ま、まあ、もしかしたら火属性の適性が無かっただけかも知れません。ほかの属性の初級魔術も試してみましょう。」

 そう言ってアースはフォローに入る。水属性、風属性、地属性……様々な属性の初級魔術を獅子浜は試した。


 …しかし、どれも結果は同じ。


 獅子浜は思わず大地に手を付き、項垂れる。アースもこの悲惨な結果に顔を引き攣らせてしまった。


「驚きました。まさか、魔術を何も使えない勇者がいるなんて…。初めてですよ…」

「そう、なん…ですか…」

「ええ…、大抵の勇者は、2つ3つの属性を扱えまして、時には全属性の魔術を使える方もいましたね。」

 冷や汗を浮かべたアースが、少し悲しい目で獅子浜を見つめる。

 その顔に、獅子浜も気持ちが少し沈む。


 ──俺には、魔術の才能は無いみたいだ


 悲しき現実が獅子浜を襲うのであった。


「しかし、魔術を使えないにもかかわらず、既に魔人を二体討伐さているようですね。もし良ければシシハマさんの力、見せてください」

「いいですよ」と答えた獅子浜は、気持ちを切り替える。以前の変身した時の動きを思い出し、繰り返す。


 ──左腕を空に突き出し、バングルに集中。気合を入れて叫ぶ!


「ブレイブアップ!」


 バングルは強くひかり、周囲をホワイトアウトさせた。

 ──刹那の後、光が鎮まる。そこには変身した獅子浜が立つ。


「これが、俺の力です」


 獅子浜の発言を余所に、アースは口を閉じたまま、目を見開く。「なんなんだそれは」とでも言いたげな顔で固まる。


「アースさん?アースさん?」

「うわっ!し、失礼しました。そ、その、私の想像とかけ離れすぎていて…頭が追いつきませんでした」


 全身に汗を浮かべるアースが、我に返って返事をする。


「これまでの勇者達は、全身を煌びやかな鎧に包み、伝説の武器のようなものを持つ者。黒く長いコートを着て、何かを発射する武器を持つ者達でしたから…」


 獅子浜の、全身に密着している戦闘服をジロジロと眺める。


「そんなに珍しいんですね。これまでの勇者もそんなものかと思ってましたよ」

 獅子浜は、アースの驚きに思わず笑ってしまう。


「ところでシシハマさん。武器が見当たらないのですが、今は収納しているんですか?」


《収納》の意味はよくわからないが、以前の勇者が使っていた能力か何かなのだろう。

 と、考察したものの、特に隠している訳では無いので手ぶらとしか答える他ない。

「いいえ。特に武器は持ってませんよ」


「え?はい?」

 またもやアースは信じられない顔で獅子浜を見る。

「じゃあ、魔人二人を倒したのも」


「素手です」


 ……………「はぁ?」

 獅子浜の素っ気ない返事に、アースはまたもや硬直。やっとの事で一言発すると、そのまま固まってしまった。

 恐らく、頭の中では多くの思考が巡っているのであろう。

 …


「お取り込み中失礼します。シシハマ様、アース様。歓迎会の準備が出来ましたので、お呼びにまいりました」

 メイドがやって来て、二人の間に割り込み、告げる。本日最後のイベント、歓迎会がこれから始まるようだ。


「いやぁ、ありがとう。お腹すいてきたんだよね。今日の夕飯が楽しみだ」

「おや、シシハマさん。そんなに余裕を持てるのは今のうちだけですよ。何せ、勇者にとって一番大変なのはこれからですからね。フフフ」

 そう言ってアースは、ほんのりと不気味に、含みのある笑顔を余裕ぶる獅子浜に向けるのであった。

 …


【第09話 完】

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