08.5 村娘、再起する(前)
私の決意は甘かった。
ツインショーテルとの戦いで、勇者に随伴する事の意味を深く知らされた。
リンさんは言っていた。勇者の身近な人は、悲惨な最期を迎えると。
あの村の人達は、勇者の犠牲になったんだ
このまま旅を続ければ、遅かれ早かれ私も同じような目に遭う。
でも、でも……
…
私はパブロに向かう馬車の中で嘆く。
これまで言ってた強がりはなんだったんだ
「うぅ…」
私の勇気は脆いものだと思い知らされる。
体が震える。
少しでも気を紛らわそうと、シシハマの袖を気づかれないようにそっと掴む。
それでも、自分を襲ってくる恐怖に怖気づいて、ただ無言で泣くしかなかった。
…
気が付いたら日が昇っていた。馬車はパブロの門前までもう着いたらしい。
何人かが私たちを見てくる。彼らは多分、この街の衛兵だ。
視界に映る日常に、私は安堵した。
──助かったんだ、ね。
身体を覆う恐怖が薄くなる。
隣にいるリンさんは、いつの間にか意識を失っていたみたいだ。
私とシシハマは、そこから都市内用の車に乗り換えて、宿に案内された。
リンさんは…きっと今頃教会に運ばれてるんだろう。何時、そこを出られるかは私には分からない。ただ、いつかは元気になれることを、私は祈るしかなかった。
…
個室に案内された私は、これまで感じたことも無いくらいフワフワなベッドの上で横になった。
「今日は遥々お疲れ様でした。メイ様、勇者様が旅立つまでの数日間、どうぞゆっくりおくつろぎ下さい」
私の給仕担当になったメイドのフレイさんは、心配した顔でそう言ってくれる。
私よりも、二、三歳は年上そうな人からのあまりにも丁重な態度は、少し居心地が悪い。
でも襲ってきた睡眠欲に勝つことが出来ず、すぐ眠りについてしまった。
…
カーテンの隙間から入ってくる弱い光が、私の目を覚ます。
昨日まであんな事があったのに、私はいつも通り、夜明け頃に目が覚めた。
普段なら、朝食までの時間を鍛錬に充てているけど、今日ばかりはそうもいかない。だって、昨日は何も食べていないからね。
(お腹が、すいたぁ…)
目が覚めてくると、空腹の辛さが私の体を襲ってきた。つ、つらい…
ふとベッドの横を見るとワゴンに乗った軽食が置いてある。きっとフレイさんが置いてくれたのだろう。
私はその親切さに感謝して、完食するのでした。
部屋に一人でいると、昨日までのことを考えてしまいそうだ。これは良くない。身体を動かそう。
そう決めた私はベッドから降り、部屋を出ようとするのでした。
(あれ?寝た時と服が違う。フレイさんが着替えさせてくれたのかな?)
動いた時、服の感触が変わっていたから気づく。
今着ている服をまじまじと見てみるけど、正直自分の好みじゃないや。機会があれば、今日買ってこよう。
そう思いつつも、私はまだ仄暗い外へ出るのでした。
…
外はまだ、人がほとんど居なくて、静かで、それでいて力強さを感じる。
どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
この街が平和であることを、私は目で、心で感じるのでした。
なんとなしに足が進む。
どの店もまだ準備中。はっきり言って今できることは無い。それでも私の足は進む。どこまでも。
民家から朝ごはんの香りが漂ってくる。
それを嗅いで、またお腹が少し減ってきた私は部屋に戻るのでした。
…
「おはようございます、メイ様。お部屋にいらっしゃらなくて驚きましたよ」
「あはは、ゴメンゴメン。それと様付けるのはやめて欲しいかな。もっとフランクに話そうよ」
「ではメイさん、で。」
宿に戻ったら、ウロウロしていたらしいフレイさんに出会った。
──きっと私のことを探していたんだろう。ちょっと反省だ。
「メイさん、食事の準備が出来てますよ。もし良ければ、これから配膳しますが」
「うーん…シシハマが起きてれば一緒に食べたいんだけとなー」
「シシハマ様ならまだお休み中ですよ」
いつもなら起きるてる頃だけど、今はもっと寝ていたいんだろう。今日ばかりは、うん。ゆっくり休んで欲しいな。
でも、一人で食べるのはなんか物寂しい…
そうだ
「良かったらフレイさん、一緒に食べましょ」
えっ…。とフレイさんが驚く。そして周りを見渡して誰かに聞きたさそうにしてる。
フレイの後ろにいた人が指でOKマークを私たちに示してきた。どうやらいいみたい。
「じゃあよろしくね!フレイさん!」
えぇ…と戸惑うフレイさんを頼み倒し、私は二人で食事にするのでした。
…
それにしても、出てくる料理がオシャレでびっくりする。料理だけじゃなくて皿もね。どれも味だけじゃなくて、栄養や見た目にもこだわって作っているのが私にも分かる。
こんなVIP待遇を受けれるキッカケのシシハマさんに、今だけ、ちょっぴり感謝しよう。
「フレイさん。もしシシハマが昼まで起きなかったら、カーテンを思っきり開けちゃっていいよ」
私はニヤニヤしながら冗談を言ってみる。
「そ、そんな…失礼ですよ…」
戸惑う姿を見て、私の悪戯心は大きくなる。
「大丈夫だって!あいつ頑丈だから!」
そう言って、さらに押してみる。本当にやるかちょっと楽しみだ。
そんな感じで仲良く話しをしながら、私たちは朝食を終えた。
「じゃあ、夕方まで外に行ってくるね」
「待ってください。こちらをどうぞ」
遊びに行こうとした私をフレイさんが呼び止め、お金の入った袋を渡してくれた。
どうやらシシハマをここまで連れてきたことの報酬らしい。私が村で一月働いて稼ぐ量よりも多く入ってる。
す、凄い。これなら安心して服買えるや。
私は宿を出た後、朝見つけた服屋にやって来た。
うん、思った通りだ。私の好きな服が多く揃ってる。私の脚にフィットするサイズで、丈は長く、作業用の紐を吊せるようなもの。
…あったこれにしよう。上着も、肌をしっかり守れるものが欲しいな。…うん、これだ。
サクッと試着して、問題ないことを確認すると、店を出るのでした。
服を買っても全然お金が減ってない。せっかくだし、昼はどこかで美味しいものでも食べよう。
そう決めた私は、甘い香りのしてくる店で、食べた事の無い不思議なものを食べるのでした。
…
街をぶらつき、そろそろ帰ってもいいかと思った頃、とある服屋が私の目に入った。その店はかわいらしい、女の子向けの服を売ってるみたいだ。
特に理由はないのだけど、ふらりと足を運んでみる。
いらっしゃいませ。と店員の声が店に響く。私、店員が色々聞いてくる店苦手なんだよね。
商品をむむむ。と険しい顔で見ている
私に、店員は「その服似合うと思いますよ。ご試着いかがですか」と言ってくる。そのまま試着室に押し込まれた。
服を着ずに出るのも申し訳ないので、私は持った服を着てみた。
「すっごく可愛いですよ!はい、鏡で見て下さい!」
店員に褒められた。可愛いって言われたのはいつぶりだろう。
それに、鏡を見てびっくりする。
──恐る恐る髪留めを取って髪を下ろし、もう一度鏡を見る。
「姉ちゃん…」
私はふと呟いた。
可愛いワンピースに、長くおろした髪。鏡には、私の知ってる姉の姿がそのまま映る。
…
もう悩まなかった。
私はそのワンピースを着たまま街に出た。
たまにはこんな服もいいでしょう。と自分に言い訳する
ここまで頑張ったんだから。と自分へのご褒美とする
私は自分の心を誤魔化しながら/自分の気持ちに正直になりながら、暗くなってきた道を帰るのでした。
…
宿に着いたら、外から帰って来たらしいシシハマと丁度合流した。
──うん、見た感じそこそこ元気になったみたい。良かった良かった。
シシハマのお腹がぐぅ〜と鳴る。私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
私もお腹がすいてきたので、二人で夕飯を摂ることにしたのでした。
…
「昼に食べた果物はどれも散々だったよ」
食事中、シシハマの話に思わず笑ってしまった。
私には、それらの実に心当たりがある。うん、多分それらは香り付けや薬味で使う実だね。
あれをそのまま齧ったとすると…。その結末を想像すると思わず笑ってしまった。
「ところでメイちゃん。その服はどうしたんだい」
シシハマめ。やっと聞いて欲しいことを聞いてきたな。正直、会った時点で聞いて欲しかった。
私が事情を説明すると、いいんじゃないかな。とだけ言ってきた。普通、そんなんじゃ満足しないけど、シシハマから話を振ってきたんだからまだ良しとしよう。
…
食後、私たちは部屋に戻ろうと歩いていたら、
【湯浴み場】
の看板を私は見つけてしまった。
確か、何人も入れるくらいの大きな桶にいっぱいのお湯が入ってるやつだ。
私の村には無い、貴重な場所なので私はシシハマを誘うのでした。
「ふぅ…」
いつぶりなのか分からない湯浴みに、私は思わず感動する。
前に入ったのは確か、10年くらい前だったかな。その時は私と姉、母で入ったんだっけ?
朧気な記憶を探るうちに私の意識も朧になってきた。
…いけないけない。溺れるところだった。
私はその後急いで湯浴み場を出た。辺りにシシハマがいないことに少し怒る。きっと先に出て休んでるんだろう。ホント、デリカシーのない奴だ。
一人になった私は、フレイさんに少しお願いごとをして、一緒に自室へ戻るのでした。
…
私はベットの中で、フレイさんの手を握り、心を落ち着かせる。
残念なことに、私の予想は当たった。夜、一人で寝ようとすればきっと怖くなる。一人でいるのが辛くなる。そうなると思い、私はフレイさんに、寝るまで手を握り、そばに居て欲しいとお願いしたのだ。
我儘なお願いなのは分かっていたけど、快く受けてくれたのでその行為に甘える。
「メイさん。落ち着きますか?」
「うん、とても。ありがとう、こんなことに付き合ってくれて」
どことなく温かみを感じる。気分が安らぐ。
──その手を握ったまま、私は心地よい闇にゆったりと、ゆったりと沈むのでした。
…
鳥の声が聞こえる。ふと目が覚める。隣にフレイさんはいない。
──きっと私が寝るまで横にいてくれたんだろう。その心遣いに私は感謝しました。
カーテンを開けて外を見る。仄暗さの残る明け方、いつもの起きる時間だ。
いつもの鍛錬をしたいけども、する場所がないので、街中をランニングするのでした。
そして朝食前には宿に戻り、シシハマと食事をする。
その時に私はシシハマに今日の予定を聞いた。
どうやら、昼過ぎには任命式があるらしい。その後は偉い人との会談、夕方には懇親会。
きっと、色々な人と話をするんだろう。勇者を身近に置きたい人、恩を売っておきたい人、そしてシシハマと縁を作りたい女の人。
──明日にはきっと、シシハマは私にとって遠い存在になってしまう。
──そんな事は分かってた。彼は勇者。私は村人。私たちの間には大きな垣根がある。
──いつかは別れる。そもそもこの街までのつもりで私は着いてきたのだ。
きっとこれが、シシハマと遊べる最後の数時間なのだ。
そう思った私は、少し無理をお願いしてシシハマを連れ出し、パブロ内を観光するのでした。
それは、なんてことの無い日常の、なんてことない平和な話。
でも、私にとってはかけがえのない思い出になってしまう。
太陽も真上に登ってきた頃、彼を見送る時が来た。
──ありがとう。私の王子様。
──行ってらっしゃい。皆の勇者様。
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