08 男、中央都市に至る


馬車の中はまるで地獄だった。


 一人は、未だ収まらぬ怒りに、体を震わせ続ける。

 一人は、目の当たりにした絶望に、涙を流し続ける。

 一人は、自分の下した決断を悔やみ、胃液を吐き続ける。


 休みなく進み続ける馬車の中、三人は村での出来事を反芻するのであった。



 朝日が登り始めた頃、遠くに目的の街、パブロが見え始めた。

 普段であれば、獅子浜とメイは喜ぶ所だが、二人に笑顔はなく、言葉も出てこない。

 この沈黙はパウロの門前まで続いた。



「おはようございます。こちら、リンさんの馬車ですね。どうぞ、お進み下さい」

 御者が門番との話を終えると、一行は門の内側へ通された。


 そこには政府の衛兵達が勇者の到着を待ち構えていた。彼らは獅子浜達を歓迎するため馬車に駆け寄ったが、内部の惨状を見るなり事態は一変する。


 当日予定していた勇者の任命式は中止、獅子浜とメイはパブロ内の要人向けの宿に運ばれ、リンは教会へ治療のため搬送された。


 二人はその日、一日中宿に軟禁されてケアを受けることになった。


「俺は…、もう大丈夫です…。それよりもメイちゃんと、リンさんのケアをお願いします…」


 部屋のベットに寝かされ、簡易手当を受けた獅子浜はそう発言する。ここまで摩耗した状況でも、その様な態度をとる事にメイドは愕然とした。

「貴方は…本当に…。っ兎も角、今は自分を休める事に集中してください。身体も心もボロボロなんですよ!」

 メイドは食事を与えた後、カーテンを閉めて部屋を暗くし、獅子浜を無理やり寝かしつけた。

(俺は…また、救え…な…かった…)

 激しい戦闘の後、一睡もしていない獅子浜が深い眠りにつくのに、時間はかからなかった。


 ジャッと音がなり、カーテンが開く。太陽は既に高く登り、強い光が室内へ入ってくる。その光に獅子浜は目を覚ました。

「おはようございます、シシハマ様。無断で部屋に入ってしまって申し訳ありません。」

 朗らかな笑顔のメイドが、柔らかに声をかけてくる。食事の乗ったワゴンを傍らに添えて

 気にしないでください。と獅子浜は答え、食事を頂いた。


「任命式の件ですが、明日に延期となりました。」

「そう、なんですか」

「ええ、ですから今日一日は気分転換に外出でもなさってみたらいかがですか?」

 獅子浜がパブロに着いた日、その惨状を知った政府はすぐに隣町へ調査兵の派遣、都市内の警備の強化、各地方への文章の伝達と現在に至っても尚、厳戒態勢が敷かれている。

 ある程度落ち着く明日の昼頃までは、全ての行事は中止されるとのことであった。

 身体に大きな怪我はない事を知るメイドは、心のケアになる事を願い、獅子浜に外出を提案する。

(せっかくだ、この街の観光でもしようか)

「…夕方頃には戻ってきます」

 特にやることが無い為、この世界を知るためにも獅子浜は外へ行くことにした。


 綺麗に整備された石畳、レンガを積み上げて出来た色とりどりの家々、街の中央部にそびえ立つ宮殿。それら街の景色と規模は、これまでに見てきた集落を凌駕してきた。

(これが、パブロか…)

 改めて街中をジロジロと見渡す。どの人も活気だち、街は賑わっている。

(隣の村は壊滅したのに…。この世界の人達は気にならないのか)


 歩いていると、市場に出た。

「これは…果物屋か。すみません、この果物、一つづつ下さい」

 獅子浜は気になった店で果実のようなものを、三種類買ってみた。さすがに街中で食べるのは気が引けたので、街中を流れる川を見つけ、その畔で食べる事とした。

 まずは一つ目、赤い硬い皮に包まれた果実を食す。

「レモン?」

 強力な酸味は転生前の世界にある、強烈な味の果物を思いさせた。しかし、辛うじて食べることはできる。少し無理をして獅子浜は食べきった。

 そして次の実、緑皮のやや固い果実を食してみる。

(味が…しない。なんだこれ?ほんのりとした青臭さしかないぞ)

 疑問に思った獅子浜は、緑の果実を舐めまわすように見た後、皮の部分を食べてみる。

「うげぇ!」

 あまりの苦さにおもわず吐く。急いで果肉部分を食し、口を和らげた。

 最後の一つ、産毛に包まれた、紫皮の果実を、恐る恐る皮を剥いで食べる。

(おっ…。結構ツンとした辛い香りがするな。でも思いのほか味の方はそんなに辛くなぁぁぁああ!)

「辛あぁぁぁぁあ!」

 後から来た辛さに叫んで口から実をこぼしてしまった。手元にまだ残る、食べかけの身を食べる気なれなかった獅子浜は、土に埋めて無かったことにするのだった。


 …ってことがあったんだよ」

「あっはっはっは!!」

 昼間の出来事を言った獅子浜は、メイに大笑いされた。

 二人は今、宿内のレストランで夕食をとっている。メイも昼間に気分転換に出かけ、だいぶ元気を取り戻したらしい。外から帰ってきた所で丁度合流。その流れで食事することにしたのだ。

「その店は多分、生食用の実じゃなくて調理用の実を売ってる店だよ!」

 な、なんだって!と驚く獅子浜を見てメイはさらに笑いころげる。

(もう、一人で食料買うのはやめよう)

 獅子浜は、酸っぱくて苦く、辛い記憶と共に誓うのであった。


「ところでメイちゃん。その服はどうしたんだい?」

「うん!ここまで着ていた服ダメになっちゃったからね。今日買ってきたの!可愛いでしょ!」

 そう言って、メイは立ち上がりその場でひらり、と回って新しい服を見せる。

 これまで着ていた服は機能性重視の服であったため、可愛らしいヒラヒラした服を着るメイは新鮮に見えた。

「ああ、凄くいいよ」

 こういった経験の少ない獅子浜にはこれが精一杯である。

 その素っ気ない返事に、メイは少々の不満を見せつつも「及第点」と言って食事を再開、二人は豪華料理に舌鼓するのであった。


 食事後、自室へ戻ろうとする二人にとある看板が目に入る。

【この先、湯浴み場】

「シシハマ!この先に湯浴み場あるんだって!今から行こ!」

「風呂に入れるのかい!もちろん行くさ!」

 2人はそれを見てテンションが急に上がる。この世界に来てから獅子浜はいっぱいの湯桶と、タオルで毎晩済ませていた。それだけに心が踊る。日本人なら誰だってそうなる。

 二人は高ぶる気持ちと共に、足早に湯浴み場へ向かった。


「ふぅ… 極楽極楽」

 浴槽に浸かって一言漏らす。

 全身を包み込む、程よく温められた温水が獅子浜の身体を癒す。その甘美なる誘惑に、身を任せるのであった。

「おや、あなたもここでご休憩ですか。」

 そう言われ、獅子浜は声の発生元を見る。湯煙で隠れていたが、どうやら先客が一名いたようだ。彼もまた、湯に癒しを求めて来たのだろう。

「ええ、湯浴みはいいですね」

 獅子浜は上機嫌に答える。

「おっしゃる通りで。お陰で固まった肩も幾らか楽になるというものですよ」

 そう言って先客、初老の男性は肩を回す素振りをして笑顔を向ける。

「あなたも長旅で疲れたでしょう。今日はゆっくり過ごせましたか?」

「はい。この街は活気があっていいですね。元気を貰えます」

「なるほど、それは良かった。では、私はこれにて失礼します。また明日お会いしましょう」

 そう言った初老の男性は一足先に湯浴み場を出ていった。

(あの人はどうして、俺が旅をしてきたことを知っているんだ?それに明日会うって…)

 初老の男性の発言に疑問を持ちつつも、「考えても仕方ない」と割り切る。この日最後の娯楽を心ゆくまで堪能するのであった。


 翌朝は、誰に起こされるでもなく自然と目が覚めた。


 服を着替えて部屋を出て、メイと朝食を摂る。その後は二人でふらりと街中へ出かけ、観光する。

 ほんのなんてことの無い、特筆することも無い午前だった。


 昼前、任命式の準備のため宿に戻ってきた。

「これから勇者の任命式か…」

 着慣れない煌びやかな服をメイドに着せてもらい、そう呟く。服の重さに比例するように心も重くなるのであった。

 堅苦しい式が苦手な獅子浜にとっては、ただ気が滅入るばかり。

 重く、固いくなった足を一歩づつ踏み締め、会場である宮殿へ向かうのであった。

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