07 男、中央都市を目指す

ドンドンドン!

と無遠慮にドアを叩く音で目を覚ます。

「おはようございます。シシハマ様、そろそろ起床してください。朝食をとり次第出発致します。」

「ああ、分かったよ」

 リンの無機質な呼び掛けに答えて獅子浜は目を覚まし、食事室へ向かった。


「おはようシシハマ!」

「おはようメイちゃん。相変わらず朝早いね」

 食事室ではメイが既に席につき、獅子浜を待っていた。

「そういえばメイちゃん、昨晩は

「あー!昨日はごめんね!」

 メイは焦って獅子浜の言葉をかき消す。その反応を見て察した獅子浜は、追求することをやめた。

「じゃ、食べよっか!」

 メイに促されて、二人で食事をしはじめる。

 …


「では出発します。メイさんはここで引き返さないと、暫く帰れなくなりますよ」

「そんなの分かってるよ!パブロまでは着いてくって決めてるんだから!」

「そうですか。それではもう一つ忠告を。勇者の身近な人は、高い確率で悲惨な最期を迎えます。覚悟は出来ていますか」

 メイはそれを聞き、姉のことを思い出して身を強ばらせる。しかし、もう覚悟は着いていた。

「大丈夫、シシハマがいなかったら、きっと、もう、私は死んでいた。殺されるのは怖いけど、私のできることをしたいんだ」

 そうですか。と答えるとリンはそれ以上尋ねることはなかった。既に準備を済ませてあった馬車に、獅子浜とメイも乗り込むと出発した。

 中央都市パブロまでは、ここからおよそ二日半。その間にある村で適宜補給や休憩を摂って向かう算段だとリンは獅子浜に伝える。今晩はプクラウという名の村まで進み、休むそうだ。

「その村には、順調に進めれば夕方頃に着きます」

「なるほど。今回は何も無いといいんですけどね。ところでリンさん、プクラウ村はどんな所なんですか?」

「一言で言えば畜産業の村です。プレインカウを多数育てており、ミルクやミートを出荷して生計をたてる村です」

「ミルクやミートか…」

「私その村の肉食べたことある!すっごい美味しいんだよ!」

 獅子浜が夕飯を想像しているところにメイが割り込む。

「今日の夕飯が楽しみだなぁ!」

 街を出発して以来、周囲を警戒し続けるふたりとは対照的に、メイは楽しそうに外の景色を眺め、馬車旅を楽しんでいた。

 …


 リンの予定通り、夕方頃にプクラウ村に到着した。

「ねぇねぇ!夕食どきまではまだ時間があるよね!?私、牧場の方見てくる!」

 宿屋の傍で馬車を留める作業を手伝うリンに対し、メイはそう言って呼び止める声を聞かずに走り出してしまった。

「この村の治安は良いので、放って置いても大丈夫でしょう。シシハマ様も、村の中であれば今日は自由にどうぞ。日が沈む頃には、こちらの宿にお戻りください」

「分かった。ありがとう」

 そう言ったものの、特に気になるものが無い獅子浜はメイの後を追うのであった。

 …


「メイちゃん」

 柵に手をかけ、牧場を眺めるメイに話しかける。

「シシハマ。見てこの牧場、牧場だけじゃない。村の中も。すごい平和だよね」

 そうだね。と答える獅子浜に、メイは発言を続ける。

「この村はね、一年くらい前に魔王軍に襲われて壊滅したらしいの。でも、ここまで復興して、村人は賑わってる。人間ってば凄いよね!」

 そう言われて獅子浜は、この村の建物がどれも新しいことや、建築中の家がやけに多いこと、近くに広い墓地がある事に気づいた。

「この村でそんなことがあったのか…」

「うん。だからシシハマ、改めてお礼を言わせて。私たちの村を助けてくれてありがとう。あの時シシハマがいなかったら、もっと被害は大きかったと思うの」

「でも俺は、助けることの出来ない…

 獅子浜はそこで言葉が詰まる。マイのことを言おうとしたが、メイの前ではもうそれを言えなかった。それを察するメイは獅子浜に薄く笑顔を浮かべて伝える。

「シシハマはこれから、勇者として魔王軍と沢山戦っていくことになると思うの…。だから、戦いが激しくなる前に知っておいて欲しいんだ。この世界の人達の事を」

「ああ…」

 牧場を振り返り、空に輝き出した星を眺めるメイに返事をする。

「ささ、話はここまで!もう暗くなっちゃったし、宿に帰ろ!勇者様!」

 メイに勇者と呼ばれたことに驚きつつも、獅子浜達は宿に戻った。


「やっと帰ってきたのですね。少々の遅刻です、今から探しに行くところでしたよ」

 宿に入ったところでリンに注意される。

「いっやあ、ゴメンゴメーン!遠くを眺めてたら暗くなっちゃったよー」

 獅子浜もすまないと、軽く謝罪をしてから皆で席について食事を始める。メニューは皆が期待していたシチューとステーキであった。

「ミルクか、久しぶりだな」

「生のミルクは貴重ですからね。この先も飲める機会は多くありません、ここで堪能しておいて下さい」

 リンの発言に、獅子浜のこの世界の知識がまた少し、深まった。

「じゃあお代わりでもしようかな」

「私も私も!」

 シチューの美味しさに感銘を受けた獅子浜はおかわりを所望し、それにメイも便乗するのであった。

 その傍ら、リンは早々に食事を終え、席を立つ。

「それではお先に失礼します。また明日の朝に」

「リンさんおやすみ。また明日」

「はい、ではおやすみなさい」

 リンは定期報告書を作成するために先に部屋に戻る。そのすぐ後に、獅子浜とメイも食事を終え、部屋に戻り就寝するのであった。

 …


 翌朝、前日と同様に食事をしてから馬車に乗り、村を出た。

 次の村は予定通りであれば今日の夜に着く。そして、明日の昼過ぎには中央都市のパブロへ着き、王から正式な勇者として任命されることになる。

 リンは、「安心してください。シシハマ様がやるべき事は特にありませんから。」とフォローを入れるが、想像のできない儀式を前にして、獅子浜は緊張をしていた。


 獅子浜達の乗る馬車は、特に事故もなく進み、辺りは暗くなってきていた。


「見えましたよ、シシハマ様。あそこが今晩泊まる村です」

 そこまで言い、リンに疑問が生じる。この距離にしては村の灯りが大きすぎやしないかと、夜で見えにくいが、煙が上がっていないかと。

 馬車が村にある程度まで近づいた時、リンの不安が危険を知らせる。

「村が燃えています!」

 リンは思わず叫ぶ。村の灯りは松明などではなく、家そのものが燃えていたのだ。

(何故この村が襲われているのですか!最近別の村が襲われたばかりなのに。私たちの到着に対してタイミングが良すぎる!)

「騎手!予定は変更です!今日はこのままパブロまで直行してください!休憩は無しです!」

 これが魔王軍の攻撃だと考えたリンは騎手に進路の変更を命じた。

「何故だ!村が燃えているんだぞ!助けに行かないと!」

「それは出来ません!あれは恐らく魔王軍の罠。私たちを待ち伏せにしています!」

「それでも俺は行く!ここから下ろせ!」

 そう言って獅子浜は走る馬車から飛び降り、村の入口へ走っていった。

 …


「ハッ…ハッ…!」

 獅子浜は走って村へ入る。辺りを見ると、どの家も破壊され、火が回っている。

(村人たちはどこへ行ったんだ?)

 村に入ってから最初の疑問がそれだった。入口で無残な姿となった門番を見て以来、この村の人らしき姿も、その跡も獅子浜は見ていなかった。

 そしてその村人たちは、最悪の形で獅子浜の前に現れる。

「おっと、新しい勇者様のご登場だぞ。村人共、泣き叫んで助けを求めな!」

 村人たちは、魔王軍の兵士たちに拘束されていた。辺りには抵抗した人と思われるものが血溜まりを作り、転がっていた。

 獅子浜は怒り、足を踏み込む。

「勇者よ!それ以上は近づけば村人の首が跳ぶぞ!」

 助けてくれ! しにたくない! パパ、怖いよ! せめて子供だけは!

 捕まった村人たちが叫び、助けを求める。

「クソッ」

 獅子浜になすすべは無く、ただ口を噛み締める。

「おっと、俺の自己紹介がまだだったな。俺の名は首狩魔人ツインショーテル、カナヤ様の部下である。貴様に絶望を与えに来たのだ」

 そう言って、ツインショーテルはカッカッカッと笑い始める。

「勇者よ。まずは見せしめに一人、首を狩ってやろう。どいつがお好みだ」

「そんなの!選べるわけないだろ!」

 ツインショーテルが夫婦らしき2人組の、男性の喉元を剣で撫で回す。

「ではこいつだ。」

 そう言ったツインショーテルは剣を振るう。

 ごとり。と男性の頭部が地に落ちる。男性と抱き合っていた女性の身体は真っ赤に染まり、目を見開いて動けなくなる。

「イヤァァァァァアア!あなたぁぁ!」

 女性は叫び声を上げ、恐怖が村人たちに伝播する。助けを求め、泣き叫ぶ声がさらに強まる。

 獅子浜は怒りに身を震わせ、女神のバングルを見つめ変身しようとする。が、それを感知したツインショーテルが止めさせる。

「おっと、勇者。もし変身すれば、ここにいる人間の首は全て吹き飛ぶぞ。もし村人を助けたいのならば地に手足を着け、こうべを垂らし、お前の命を差し出すのだな!」

 それを聞いた獅子浜は、ツインショーテルを睨みながらもゆっくりと、ゆっくりと身体を下げ、身代わりになろうとする。

「シシハマ様!奴の、言うことを聞いてはなりません!」

 その時、外に馬車を留めたメイとリンが、獅子浜の元へ走ってきた。

 二人とも現状を直ぐに理解する。リンは苦虫を噛み潰したような顔をし、メイは小さく悲鳴を上げて顔を覆う。

「だが、俺がこうしないと村人たちが!!」

 獅子浜は体制を変えず、リンに答える。

「いえ、それをしてはなりません!シシハマ様、ここは彼らを見捨てて脱出しましょう!」

 リンは更に顔を顰めながら言う。その発言は最もである。一般村民十数人のために勇者ひとりの命を差し出すのは釣り合いが取れない。

 それに、ここで惨殺される様を獅子浜が見て心が折れ、無力となることをリンは最も恐れた。

「シシハマ様!貴方は、世界をッ!救うッ!勇者と、なるのですッ!ここは、諦めましょう!逃げて、生きて、次に…繋げるのです!」

「だが………!」

 リンは怯えきった顔で必死に説得する。獅子浜にも、事の重大性は分かっている。合理的に考えればここは逃げるべきだとも。しかし、目の前にいる人たちを見捨てることも出来ずにいるのだ。

「決意が弱いようだな勇者!ならば次の首だ!」

 そう言ってツインショーテルは小さな子を抱える母親を、兄弟らしき2人組の片方を、刃を滑らし首を刎ねた。

 村人たちはもはや皆、パニックに陥り泣き叫ぶ。


 それを見た獅子浜は、決断せざるを得なくなる。

 獅子浜は徐々に体を落し、手を地面に付けた。

「勇者よ!とうとう自分の頭を出す気になったか!」

 ツインショーテルは高らかに笑うと、ゆったりと獅子浜に歩み寄り始めた。

 その時、捕虜となっている村人たちにいくつもの瓶が投げつけられ、中に入っていた黒い液体が撒き散らされる。

 驚いた獅子浜とメイは後ろを振り返り、ツインショーテルも同じところを見た。


 そこには手に火矢を持ち、捕虜めがけて構えるリンがいる。その顔は怯え、唇は強く噛み締められ、血が出ている。

「何をする貴様!」

 ツインショーテルの制止を余所に、リンは火矢を放った。その火は黒い液体に着き、村人たちを焼き始める。

「リン!!何をするんだ!」

 獅子浜も突然のことに激怒、立ち上がってリンを睨み、怒鳴り声を上げる。

「私のッ…役割は…ヒッ…シシハマ、様を…パブロまで…ハッ…連れる、こと。シシ…ハマ様の、命を…まもッ…る、事…」

 リンは目を見開き、全身を震わせ、悲痛な声を出す。その顔からは正気が失われている。

「貴様らァ!」

 計画を狂わされたツインショーテルは激昴し、獅子浜にその双剣を振るう。

 瞬時に反応して変身。素早く退り、避けた。続けて追撃が飛んでくる。今度は大きく踏み込み、相手の剣のグリップを掴み抑える。

「だが丁度いい!勇者よ!村人たちの叫びを聞くがいい!」

 後ろでは徐々に焼かれていく村人たちが叫び続ける。

「どうだ、堪えるだろう!そうだ!恐怖しろ!絶望を抱け!」

「なんてことをするんだ!許さんぞ!」

 怪人は、獅子浜の勇者としての力を削ぐために畳み掛ける。

 しかし今の獅子浜にあるのは、怒りのみ。

 ツインショーテルの力が一瞬抜けたところを見逃さず、武器を持つ腕を振り払った。

 出来た隙を見逃さず、胴体にパンチを打ち込む。

「グハッ…」

 強力な一撃に魔人はおもわずよろける。その間に獅子浜は力を貯め、右腕が赤く輝き出す。

「これが俺の怒りだ!ハードブレイク!!」

 獅子浜は勢いよく飛び込み、胴体目掛けて渾身の一撃を加えた。

「勇者よ…なんなのだ…その、せい、しん、は」

 その場に倒れたツインショーテルは、最後の一言を残して爆散した。

「村人たちは!」

 ツインショーテルの爆破を確認すると獅子浜は急いで村人たちの元へ駆け寄る。

 しかし、そこにはもはや異臭を放つ、焼け焦げた肉が残るのみであった。

「....….....。」

 最早、何も言うことが出来ない。ただそこに立ち、雨の降る空を見つめ、呆然とするしかなかった。

 後ろにいるメイは立ち竦んで泣き、リンは身体を震わせ地面に突っ伏し、嘔吐していた。

 …


 どれくらい時間が経ったのだろうか、獅子浜たちには分からなかった。

 誰も帰って来ないことに疑問を感じた御者が、馬車を連れてやってきた。現場を見て愕然とした後に、三人を馬車に乗せ、村跡を発った。

 …

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