04 男、村生活を始める
異世界に来て初めての朝。獅子浜は香ばしい匂いに目が覚めると、着替えてリビングエリアへ向かった。
「おはようございます。シシハマさん」
彼女はマイ。獅子浜がこの世界で初めて会った人であり、獅子浜が勇者であることを知る唯一の人物である。
「足の調子はどうだい?」
「1晩寝たらだいぶ良くなりましたよ。まだ痛みますが、ゆっくり歩く程度なら大丈夫そうです」
それは良かった。と獅子浜が安堵していると、玄関をあけて元気な声が響いてくる。
「姉ちゃんご飯できたー?」
マイの双子の妹のメイだ。見た目以外は殆ど違う人物である。
「3人分ある…?げ、あいつの分もか。」
テーブルの上にある食事を見ると、メイはそう悪態をつく。その直後、獅子浜の存在に気づくも態度を改める素振りもない。
(はは…。結構嫌われてるな、これは)
メイの態度を少々気にしつつも、獅子浜たちは、マイの作った料理を食べるのであった。
「ご馳走様さまでした。じゃあ姉ちゃん!私は夕方まで仕事の続きしてくるね」
3人が食事を終えた後、メイはすぐに家を出ていこうとした。
「ちょっと待って、メイ。シシハマさん、もしお時間があるようでしたらメイの仕事を手伝っていただけませんか?」
「もちろんですよ。一宿一飯のお礼、させてください」
獅子浜にとっても、ありがたいお願いだった。この村に、何日か泊まろうと考えていたからである。
「メイ。手伝ってもらえるようですよ」
「えー…」
メイは面倒くさげに、獅子浜を見ながら返事をする。
「…じゃ、こっち付いてきて。力仕事いっぱいしてもらうからね!」
はいはい、と苦笑いしながら獅子浜はその日の夕暮れまで畑の手入れや村の掃除、山での木の実取りなどを手伝ったのであった。
…
日も暮れた頃に2人は宿に帰ってきた。
「ただいま姉ちゃん。はいコレ、今日の収穫」
「いつもありがとうね、メイ。シシハマさんも今日はありがとうございました。」
「いやぁ、俺も体を動かせて楽しかったさ。お腹ぺこぺこだよ!」
一日中動いた2人の空腹度は極まっていた。食事の香りもさらに刺激する。
「はい、食事の準備もできていますよ。今日は張り切って沢山作ったのでどんどん食べてくださいね。」
言葉通り、食卓には昨晩より多くの食事がならんでいる。
「今日は豪華だね!姉ちゃん!」
「久しぶりのお客さんですからね。たまには頑張らないと」
あはは!とメイは笑い、それに釣られマイも控えめに笑う。この二人はなかなか美人なだけに、絵になるな。と獅子浜は笑顔で見つめる。
「では、食べましょうか。シシハマさんもどうぞ座ってください」
マイに促されて座り、この世界2度目の夕飯を楽しんだ。
食事中、ふと気になったことを獅子浜はマイに訪ねる。
「マイちゃん。宿代はいつ払えばいいのかな?」
獅子浜はこちらの宿に来てから3度の食事を貰い、1度泊まっている。いつ出発するかも決めていないため、そこが不安になっていたのだ。
「お勘定ですね。では食事が終わったらお部屋に伺います。先に部屋で待っていてください」
「姉ちゃんに変なことしないでよね!」
マイの返事と共に、それを横で聞いたメイが睨みを効かせて、獅子浜に忠告する。
メイの態度が少し和らいだことに安堵しつつも、安心させるために、「何もしない」としっかり返事をするのであった。
3人は食事を終えると、獅子浜は自室に、マイとメイは片付けに厨房へ戻る。
自室に戻って30分くらい経った頃、部屋にマイが尋ねてきた。
「お邪魔しますね」
「はい、どうぞ。ええと、2日分だよね。いくらになるのかな」
「お代は要りませんよ」
そう言った後に、部屋に入って鍵を掛けたマイは、重要なことを話し始めた。
この世界の宿屋は高級な場所を除いて全て公営であり、一定の条件を満たせば無償で泊まれるようだ。1つ目の条件は魔王に襲われた難民であること。二つ目は村に奉仕をした旅人であること。そして最後の条件は勇者であること。獅子浜は勇者としてマイに認められたため、無償で泊まれるらしい。
そして勇者の保護と、発見した勇者を政府に連絡することも、宿屋の重要な仕事であるらしい。
「ここまで黙っていて申し訳ありません。およそ五日後に政府からの使者が来ます。それまでどうかここに滞在していただけないでしょうか」
獅子浜は驚いた。まさかこんな少女がそのような仕事をしており、自分にそんな秘密を抱えていたとは…。
「それがマイちゃんの仕事なんだからしょうがないさ。それと、分かった。あと五日ぐらい、ここでお世話になるね。よろしく」
獅子浜はメイに笑顔で答え、別れを告げた後にその日は就寝した。
…
翌日、翌々日も同じような日々が続いた。朝は食事の香りで目を覚まし、夕方までメイと働き、夜は3人で食卓を囲み談笑する。ただ違うのは、メイの獅子浜に対する態度がだいぶ和らいだことくらいだろう。
四日目の朝も、獅子浜達はいつも通りに朝食を済ませた後、仕事に出かけた。
異変が起きたのはその時だった。外に出ると妙に騒がしい。獅子浜は近くにいた知り合いの男性、リクに声をかけてみた。
「リクさん、おはようございます。今日何かあったんですか?」
「おう!おはよう。なんでも昨日、隣の村でスモールデビルを見た人がいるらしいぞ。警戒した方がいいかもしれないな」
魔王軍と聞き、疑問を浮かべる獅子浜と対照的に、メイは顔を顰める。
「リクさん。それって本当なんですか?」
信憑性はある、とリクは答えた。その言葉を聞いてメイは、さらに顔を顰める。
「シシハマ!今日の仕事は中止。槍の鍛錬に付き合って」
「槍の鍛錬?俺は戦ったことないけどそれでもいいのか」
獅子浜は警察官だったので、剣道や柔道、その他武術はある程度心得がある。しかし槍を使ったことはこれまで1度もない。メイの相手が務まるのか疑問に思った。
「シシハマ、体格はいいんだから、槍使うの下手くそでもいいよ」
メイの久しぶりの悪口に心を少し痛めながらも、獅子浜も木槍を使った訓練に1日付き合うのであった。
…
その日の夜。
昨晩と同様に食卓を3人で囲っていた。いつもと違うのは、獅子浜とメイの横には装備品が置いてあること、2人とも少し緊張していることだった。そのせいか、食事がいつになく静かになる。
「今晩、何事も無ければ良いのですけどね…」
マイが静寂を破る。静寂に慣れない獅子浜も、話を続けるために口を割る。
「明日になれば使者がここに来て、俺はここを去る。最後の夕飯と思うと寂しいな」
「え?使者?」
獅子浜の発言に、メイの顔ははきょとんとする。
「ああ。多分明日来て、俺はお偉いさんのところへ行くことになる。短い間だったけどお世話になったよ。マイ、メイ。」
「はぁ?急に何よ。まるで勇者みたいな話じじゃ
「シシハマさんは勇者よ。メイ。」
マイに話を遮られてメイは固まる。
(もしかして…マイは俺が勇者であることをメイに伝えてないのか?)
「いや待ってよ、冗談でしょ。勇者って確か赤い宝石の腕輪を付けてるんでしょ?私見た事ないよ?」
メイが焦りながらも、獅子浜が勇者であることを否定しようとする。獅子浜も申し訳なさそうに腕の袖をまくってバングルを見せる。
「うそ、ほんとに勇者なの……」
メイは明らかに落胆して、こんなの私の聞いてた勇者像と違う……もっと若くて爽やかって聞いてた… なんでこんなおっさんが…と、テーブルに向かって語りかけだす。
「マイ。メイにはつたえてなかったのか?」
「すみません。メイに言ったらきっと、その日のうちに村中に伝わると思ったので。」
「酷いよ姉ちゃん!私そんなに口軽くないよ!」
まあまあ、と獅子浜は2人を窘め、食事を再開する。そこには昨日までと同じ、騒がしい食卓が広がっていた。
そのあともいつもと同じ、獅子浜は自室に戻り、マイとメイは厨房に戻って各々の事をして夜を過ごしていた。
カーン!カーン!カーン!
日常を破るように、村の鐘がけたたましく鳴り、非常事態を知らせる。
「魔王軍が来たのか!」
獅子浜は装備を急いで整え、玄関へ向かう。そこへちょうど槍をたずさえ、防具を身につけたメイも来た。2人は目を見ると無言で頷き、玄関を開け、村の入口へ走って行った。
……
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