03 男、異世界に立つ

 獅子浜が目覚めると、そこは森の中を横断する小川のほとりであった。

(ここが、異世界…なのか?)

 獅子浜は驚く。異世界と言われSFのような世界を想像していたが、その目に映るのは日本でも見たことのあるような光景だ。

(とりあえず、誰かに会って話を聞いてみよう。)

 そう考え、獅子浜は川に沿って歩き始めた。


「痛っ!」

 10分くらい経っただろうか。森の中から女性の声が聞こえてきて振り返る。

「誰かいるんですか!」

「えっ…。はい…。ちょっと、助けて、欲しいです」

「すぐに行きます!そこで待っていて!」

 獅子浜は声の出処を目掛けて急いで駆け寄った。


 草木を分けて行ったすぐその先、小高い崖の下に少女が地面に座り込んでいた。よく見ると足を痛めている。どうやら崖の下から落ちたようだ。

「その脚…。痛いだろうに」

「す、すみません…。」

「よろしければ、どこか人のいるところまでお連れしますよ」

 少女はたじろぎながらも、不安な眼差しで獅子浜を見つめる。

「おっと、自己紹介がまだだったね。俺の名前は獅子浜勇。よろしく!」

「シシハマ…ですか。変わった名前ですね。私の名前はマイです。宿屋を営んでおります」

 マイと名乗る少女の表情には、少し安堵が浮かび、笑顔でこう続けた。

「ではお言葉に甘えて。近くに私の住む村があるので、そこまでお願いします。」

「あぁ、もちろんさ」

 笑顔で答えた獅子浜はマイをおんぶして、彼女の言葉に従って村を目指した。


「そう言えばシシハマさん。普段は何をしてらっしゃるのですか?」

 おんぶされながらマイは尋ねる。シシハマと名乗る人は善意で自分の事を助けてくれているのは分かる。けども、分からないことが多すぎる

「俺か?俺は…」

 そこまで言って言葉に詰まる。

(警察官を名乗るは正しいのだろうか…。この世界に来てからは、まだ何もしていないぞ。)

 何をいえば良いのかわからず、直近の記憶を頼りに、獅子浜は語る。

「マイちゃん。信じて貰えないかもしれないけど、俺は別の世界から来たんだ」

「異世界?」

「ああ、異世界だ。俺はセラって名乗る女神にこの世界に送られてきたんだ」

「まるで勇者様みたいですね。知ってますか?勇者様って赤い宝石のはめられた腕輪を持つそうですよ」

「これか?」

 そう言われ、獅子浜はジャケットの裾を捲って女神のバングルをマイに見せた。

「うわっぁ!。すすす、すみません!まさかシシハマさんが勇者様だったなんて…!おんぶさせてすみませんでした!今すぐ降ります!」

 マイは腕輪を見るなり慌てふためき、謝りだした。

「ははは、気にしない気にしない!村まではもうすぐなんだろう!そこまでしっかり届けるさ!」

 背中で暴れるマイのことなど気にもせず、歩きながら獅子浜は答える。

(この腕輪は勇者の証なのか。暫くは隠した方がいいかもしれないな)

「マイちゃん、村に着いた時俺が勇者であることは隠してくれないかな?」

「は、はい…。勇者様がそう仰るならご協力致します…」

 マイは恥ずかしそうに、少し申し訳なさそうに答える。

(この子はきっと、隠し事が苦手なんだろう)

 話しているうちに、2人の間の緊張が徐々にほぐれていく。マイを背負って歩き始めてから20分は経っただろうか、集落が見えてきた。



「シシハマさん!あそこに見えるのが私の村です」

(これがこの世界の村なのか。北欧の田舎の方にありそうな村だな)

 森を開拓してできたであろう村は、どの建物も木造でできていた。家々の外れには畑が拡がっており、野菜や穀物を育てているのが見える。

 村に着いた時、獅子浜は周りの人に変な視線を向けられたが、足に怪我をしたマイを見ると皆納得してもらえた。


 宿屋に着いた獅子浜は、マイを背中から下ろして椅子に座らせた。

「私の家まで連れてきて頂きありがとうございました。もしよろしければ、今日こちらに泊まっていきませんか?」

「いいのかい!?助かるよ!」

 今晩あてのない獅子浜にとって、それは最高の誘いである。実のところ、村に来た時点で日は暮れだしており、夜の過ごし方を考え始めていたのであった。

「所で、足の方はどうだい?まだ腫れてるみたいだし、なにか治療を…

 獅子浜が怪我の手当を提案した時に、

「お姉ちゃん怪我したんだって!?大丈夫なの!?」

 玄関の扉を勢い良く開け、マイと瓜二つの見た目の少女が入ってきた。

「大丈夫ですよ。この人が助けてくれましたから」

 そうマイが言うと、その少女は獅子浜に視線を移して睨む。

「そこのおっさん!お姉ちゃんには何もしてないでしょうね!」

「失礼ですよメイ。人のことを疑いすぎです。」

「お姉ちゃんがお人好しすぎるの!」

 突然入ってきた少女はマイのことをお姉ちゃんと呼ぶ。2人は双子なのだろう。

「まあとにかく、お姉ちゃんのことを助けてくれたことは、本当のことみたいだしお礼は言うわ。わたしはメイ、宿屋の手伝いと農業をしてるわ」

(見た目はそっくりなのに、性格はほんとに対照的だな)

「俺は獅子浜、旅人だ。よろしくね」

「よろしく。客人だからそれなりにはもてなすけど、私、あなたのことは信用してないからね」

「ははは、手厳しい…」

 メイ!と叱るマイをみて獅子浜は苦笑いをした。


 その後獅子浜はメイに案内されて部屋を用意してもらい、彼女らの料理を食べた後に就寝した。

(今日は色々あったな。明日からは村の手伝いでもしよう)


 …

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る