02 男、転生する
獅子浜が目が覚めると、そこは何も無い空間の中であった。ただ一人、その場に不釣り合いな女性が佇んでいるのを除いて。
(可笑しい。俺は確か銃に撃たれて、それで…)
「俺は、死んだの…ですか?」
獅子浜は目の前にいる女性に、戸惑いながらも声をかける。すると女性、女神は微笑みながら答えた。
──まるでその言葉を待っていたかのように。
「はい、獅子浜さん、貴方は亡くなりた。そして私、女神セラに選ばれてここへ来たのです」
「……選ばれ、た?」
獅子浜には理解ができなかった。女神セラもその事は理解した上で、続けて説明をする。
「貴方には強い魔力、そして強い精神があるのです。なので勇者の候補として選ばせて頂きました。どうか、その力を使って、世界を救って頂きたいのです」
そこまで説明を受けて、獅子浜の頭の中にある心配事を女神に問いただす。
「その前に待ってください。あの銀行強盗事件はどうなったんですか!人質達は皆無事に、救われましたか!?」
「えぇ、少し待ってください。今調べますね……。」
獅子浜の心に浮かんでいるのはその1点のみ。自分が死んでも尚、他者の心配をするのであった。
その態度にセラは驚きつつも、彼と落ち着いて話をするために、事件の顛末を調べた。
「判明しました。皆さん無事ですよ。貴方が亡くなった後、韮山という方がとても頑張ったみたいですね」
「そうか…、良かった…」
獅子浜の顔に安堵が浮かぶ。最後まで事件に携わることが出来なかったのが心残りだが、自分のやったことに意味はあったのだ。
「…では話を戻しますが良いですか?」
「あぁ、大丈夫です」
「分かりました。では、改めて。…今、とある世界、スティンヘイグスでは、人々は魔王軍の侵略で苦しめられています。貴方はそこで魔王軍を倒し、世界を救って欲しいのです」
異世界?魔王軍?獅子浜には理解し難い言葉が浮かぶ。何せ獅子浜は仕事一筋、ゲームや漫画といった創作物とは、無縁の生活を送ってきたのだ。しいてあるのは、少年の頃に見ていたヒーロー番組の記憶が僅かばかり有るだけ…。
「すみません。俺には何が何だかさっぱり…」
「きにしないでください。ですがどうか、その世界を、私たちを救って頂きたいのです。あなたであればきっと出来ます。」
女神セラは悲しげな顔とともに獅子浜に懇願する。その顔を見てしまっては最早、断ることなんて出来ない。彼女の発言の意味も、承諾した先の事も、獅子浜には何一つ理解出来ていない。
だが、獅子浜は決意した。異世界に行く。そして世界を、人々を救う。
「詳しいことはよく分かりません。しかし、そこには助けを求めている人達がいるんですよね。ならば俺は行きます!」
「ありがとうございます…。それならばこちらをどうぞ。私からの贈り物です、腕に着けてください。」
そう言うと女神セラは、バングルを獅子浜に渡した。
それを受け取った獅子浜は疑問を浮かべながらも左腕に付ける。
「付けて頂けましたね。それは勇気の力を増幅させ、強く願った武器や防具を出すものです。きっと、あなたの冒険を助けるでしょう」
「ありがとうございます」
獅子浜には女神セラの言葉の意味は分かっていない。だが、女性からの贈り物というだけで喜ぶには充分だった。
バングルを眺める獅子浜に、女神セラは重い調子で警告をした。
「ただ一つ、注意してください。その腕輪は絶望や恐怖を抱けばそれだけ効力を失い、作った道具も消失します。なので、どんな時にでもくじけないで勇気を持ってください。」
「分かりました!どんな時でも希望を持って元気にですね!」
これまでになく強く返答する獅子浜を見て、女神は安堵する。
(さあ、ここでやるべき事は終わりました。次は…送り出す儀式ですね)
女神の顔に僅かばかりの緊張が走る。転移魔術を使ってしまえば、目の前の人とは二度と会えなくなる。何度やってもこの瞬間は慣れないものであった。
「それでは、貴女を異世界へ送ります」
そう言った女神は両手を前に出し、獅子浜が頷くのを確認すると術を唱え始めた。
『さあ、新たなる勇者よおゆきなさい。貴方が行くはスティンヘイグ。魔王を討伐し、世界に平和をもたらすのです。あなたの旅路に幸あらんことを』
獅子浜の足元に紋章が浮かび、周りが光り始める。
「それでは、行ってきます」
自分が今すぐ消えると直感した獅子浜は、女神に最後の別れを言った。
…
「行ってらっしゃいませ」
女神は、誰もいなくなった虚空に返答する。
(この人で転生するのは9人目。あと1人しか送れない状況。どうか、あの世界を救ってください、獅子浜さん)
…
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