第6話 任務解除、いただきます


遊が消えて、一か月がたった。

月並みな言葉かもしれないが、心にぽっかりと穴が開いてしまった。

たった一か月の間しか一緒にいなかったのに

彼女の存在は俺の中で、特別な存在になっていたんだ。


「おかしいよな。」

最初は確かに見た目で好きになったんだ。

でも今は違う。



ちょっとドジなところとか、世間知らずなところとか、一緒に暮らすうちに知った遊の全てがたまらなく愛おしかった。

そんな遊が時折見せる悲しそうな顔に、気づかないふりをしていたんだ、気のせいだって。本当は気づいていたのに俺の問いかけで、馬鹿みたいにふざけた、楽しい日常を壊すのが怖かったんだ。



「—――皐月君、また探しに行くの?」

「ええ、水無月さん。」


「俺が探さなきゃ、待ってるはず。」

「これ…」



すっと水無月さんが一枚のメモ紙を渡してきた。

「ちょっと伝手を当たって調べてみたの。きっと役に立つと思うから。」

あれだけ聞き込みしても、俺じゃ知ってる人すら見つけられなかったのに。

「あのさ、俺さ—――。」

「ん?」


「どんな悲劇も喜劇に変えてみせるから!

コメディならきっと最後はハッピーエンド・・・だもんな!」

お礼もそこそこに、走り去る皐月。


「皐月君、あなた本当に変なことをいう人ね。」


でもこの物語にはそれがきっと必要なはず。

もうここにはいないあなただけど、私もこう言っておこう。

「—――がんばれ、青年。」




俺が向かったのは大きな都市の壁近くにたつ冥土教本部。

大きさもなかなかのもので、一見外国のホラー映画に出てくるお屋敷のようにも見える。


ここにに潜入するにあたり、俺はメイド服を着用している。

「メモの通りメイド服を用意しててよかった・・・。」

知り合いには絶対見られたくない姿である。


木を隠すなら森の中

メイドを隠すならメイドの中

まじまじ見られたら怪しまれそうだが、とりあえず大丈夫そうだ。


遊はどこにいるんだろう。




「—――たいていボスって上のほうにいるんだよな。」

俺はそんな考えのもと、上に上る階段を探した。


ギィーバタンッ!!!


「ひいっ!」

不気味な屋敷だ。

とにかく早く遊を連れて帰ろう。



怪しげなサークルが地面に描かれる部屋

「遊ー。」


使用用途不明のフラスコやビーカーのある部屋

「御主人様が迎えにきたぞー。」


たくさんの剥製のおいてある部屋。

「どこだー。」




にゃー...にゃー..にゃあん

「マス—・・。。――離れ――さい!」

猫の声・・・とこれは!?


バタンっ

「遊?!」

「誰っ?」

「御主人様!」


思わぬ声が混じった。

猫に囲まれていたのは金髪の年若い少女と・・・遊!!!


「何やっているんだ?」

「マスターが悲鳴を上げていたので急いで来てみたら、こんなにたくさん猫ちゃんが・・・どこから入ってきたんでしょう。」

「出たな!卯月里のやつ!あっこら、離れなさい!きゃん!そんなとこに潜り込まないで!」

猫は金髪の少女から一向に離れようとしない。

なんだか拍子抜けしてしまった。


「—―じゃあなんだ?遊はあと少しで帰ってくるつもりだったのか?」

「はい、おっしゃる通りです。マスターにお力添えいただくため、戻ってきていたんです。マスターはこれでも、いろんなところに顔のきくお方なんです。」


「だめよ。卯月里は冥土教のこと邪教だって論文書いたんだもの。—―こら、だめ!お前はここから立ち入り禁止!」

椅子に乗って猫を威嚇する姿は、自身も猫のようだ。


「こいつがめいどマスター?」

猫に囲まれる少女。

「そんなふうには見えないけど・・・。」


「失礼ね!卯月里。遊、やっぱり殺しなさい!」

「無理です。」

即答する遊。


「皐月様、マスターは論文で冥土教が邪教と言われたのが悔しくて、皐月様の命を狙おうとしたんです。実際は私が人を殺せるだなんて思っていなかったようなので、ちょっと痛い目みせてやるかって気持ちだったようですね。

それにそもそもマスター、先ほど私の任を解いてくださったじゃないですか。」

「えっそうなのか?」


コクンとうなづく遊。


「—――私だって、死がすべて救うなんて思っちゃいないわよ。」

でも生きていることが本当の幸せだとも思わない。それでもマスターとして、全ての信者の幸せは願っているつもりよ。特に、遊。年齢の近いあなたのことを勝手に友達のように思っていたわ。」


「マスター・・。」


「陰ながらあなたたちのことを見ていたわよ。卯月里といるあなたはすごく輝いて見えた。」

遊を見つめる目は、優しい。


「私はあなたの過去を知っている。少しでも傷をえぐらまいと思ってそっとしていたけれど、あなたに本当に必要だったのは馬鹿みたいにふざけあえる誰かの存在だったのね。」

「—――いい話風にまとめているけど、ちょっと待って。」


俺は気づいてしまった。

「君って常に猫に追われているタイプ?」

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