学園最強の黒炎使いの右後ろの席の俺

@Kageroh441

第1話

「弱い者をいじめるお前達を許さない!食らえ!黒炎龍!!」


 赤髪の青年の腕から、赤黒く揺らめく炎が燃え上がる。それはやがて龍の形をなし、不良風の男達に襲いかかる。


「ギャアアアアアアア!!」


 不良達は悪役らしい断末魔を上げながら教室の窓ガラスを突き破り、校庭の池へと落下していく。数秒遅れてドボーンと盛大な水音と共に、彼らの声は消えていった。


炎崎えんざきくん… ありがとう」


 不良達に絡まれていた気弱なメガネがヘコヘコと頭を下げる。


「かっこいいなぁ… 炎崎くん、彼女とかいるかなぁ」


 ちょうど炎崎に届くくらいの声で、女子達がヒソヒソと話している。


「今日も決まってるなぁ 炎崎のやつ」


 自称炎崎の親友であるチャラ男も、相変わらず大親友をおだてながらへらへら笑っている。

 焦げ臭い匂いが漂うこの教室の中。不幸になったのは、あの不良達。そして、炎崎の右後ろの席の俺、角三楽かど みらくだった。


 放課後、重たい足取りで部室に辿り着き、ドアノブを掴んだと思うと、その上に一瞬、白く細やか手が重なった。


「あ、委員長… 先どうぞ」


 横目で一眼俺を見ると、この『事理委員じりいいん』の11代目委員長、鷹見九印たかみ くいん(通称 委員長)は黒く整った長髪を揺らし、部室へ入ってゆく。いつも通りいい匂いがする。


「2年G組教室で起きた能力濫用に関する書類、置いておきますね」


 スクールバッグからフォルダーを取り出し、委員長の前に滑らせる。


「ご苦労、被害の方は?」


 いつもの質問である。こうして口頭で答えるのなら資料にまとめる意味はあるのだろうかと度々思うが、未だ口に出したことはない。


「窓ガラス 2枚、椅子 2脚、教卓 1つ、天井LED 3基、壁面塗装 約5平方メートル、床板 約3平方メートルです。それと中庭の池の鯉が1匹、打ち上げられて亡くなったようです」


「また黒炎シャドウフレアの炎崎氏ですな?ジャ○プ主人公じゃあるまし、全く参っちゃうお」


 ふくよかな体を揺らしながら、会計の墨名英戸すみな えいと(通称ハチ)がカタカタとノートPCにデータを打ち込む。


「ところで…」


 ファイルの中身をペラペラめくりながら、委員長がゆっくりと立ち上がる。


「カド、お前現場に居たのに何もしなかったらしいな」


「勘弁して下さいよ、S級の炎崎にC級の俺が敵う訳ないじゃないですか」


 この極東第二学園に収容されている生徒達は能力の脅威度順にD級からS級までランク分けされている。D級はほぼ無能力と同等だが、S級となると使い方次第で国を滅ぼす程の脅威となり得る。

 炎崎の能力、黒炎シャドウフレアは無限に延焼を続ける黒い炎である。暴走した場合、1日のうちに極東帝国は火の海と化すだろう。

 その様な事態を防ぐため、政府は学園と名ばかりの施設に俺たち能力者を収容し、研究し、教育しているのだ。


「そうだお、全裸のヤム○ャがフリ○ザとタイマン張るのと同じだお」


 フォローしてくれるのは嬉しいがヤム○ャは酷くないか。ピ○コロくらいにしても良いじゃないか。


「ぜ 全裸は… いらないんじゃないかな」


 部室の隅から声に振り返る。顧問のミーシャ先生(通称 貞子)だ。金髪じゃなかったら本当にテレビから這い出てきそうなくらい貞子である。


「すみません、気を付けますお」


「前もそんなこと言ってたじゃないですかぁ… ほ、本当に反省してくださいね?」


 ミーシャ先生みたいに態度が小さい人はこの学園では珍しい。何せこの学園の全ての教員はB級以上の能力者なのだ。緊急時は全教員が警備員へと早変わりする、実に便利なシステムである。


「さて、池にダイブしたお二方のに行くとしましょう」


 お見舞いとはいわゆる事情聴取である。炎崎タイプ、つまり自分を正義のヒーローだと思い込むやつら。彼らに倒されるの過半数は誤解か勘違いである。

 それでもって自分が正しいのだと思い込むから尚更タチが悪い。独善に走り、周りを見ない。主観で悪者を決めつけて派手に倒す。そして俺の仕事が増える。これほど不快な奴らはいない。


「あ、じゃあ鍵、渡しておきますね?」


「お疲れ様です、先生」


 カードキーを渡すと、先生はすぅーっと滑るように部室を出て行った。これが能力だと言っても納得できるくらい、ミーシャ先生の足音は無音なのである。


「ご苦労様ですお、いてらー」


 我関せずという顔で先生に便乗して、墨名が気怠そうに手を振る。


「お前も来るんだよ、少しは動けってんだ」


「やだ!ねえ小生やだ!」


 墨名の巨体をパイプ椅子から引きずり下ろし、我々3名は医療棟へと足を早めた。



 医療棟。能力研究所も兼ねた総合病院並みの広さを誇る帝国最大級の医療施設である。

 静寂に包まれた二階の病室。白い床が窓から指す夕陽に照らされ、あざやかな赤に染まっている。


「2年G組 葛木護浪かつらぎ ごろうB級 能力名:俺は引かねぇ!アイアンウィル、痛覚遮断とダメージ軽減の複合能力だお」


「ラグビー部のやつでしたよ、確か。試合中に能力使用が見つかって退部になったと聞いてます」


 能力のお陰だろうか、葛木の外傷は殆ど治っていた。ベッドの上で足を組みながら、夕日を眺めて俺達と目を合わせようとしない。


「事理委員です。今日のことでお話を聞きに来ました」


「あぁ?俺と久保がメガネをカツアゲしてたら炎崎の野郎にぶっ飛ばされた。そんだけだよ」


 面倒臭そうに鼻を鳴らす葛木を見て、僅かに違和感を覚える。言っていることに問題はない。しかし…。


いさぎよすぎるお…」


 墨名の呟きに、俺はこくりと頷く。大抵の場合、こいつらが最初に口にするのは愚痴か言い訳だ。こんなあっさり白状する事は、まずない。


「葛木くん、君は…」


「本当のことを言ったまでだ。あとは久保に聞きな!同じ返事しか返ってこないだろうがな」


 俺の言葉を遮り、葛木が声を荒げる。これ以上問いただしても無駄だろう。


「どうですか、委員長」


 耳のインカムに向けて話しかける。隣の部屋で委員長が久保に同じ質問をしたはずだ。


「メガネ… クラスメイトの今村くんをカツアゲしているところ、炎崎くんに見つかってこうなった と」


 どこかで口裏合わせをしたのだろうか、それとも本当にただカツアゲしただけなのだろうか。


「何を」


 スマホをいじりながら、墨名が口を開いた。


「何をカツアゲしたんだお?」


 手を止めずに、目だけは葛木に向けて、墨名は黙っている。


「そんなの決まってんだろ!金…」


「この学園に実体通貨は存在しないお」


 はっと口を噤む葛木、それを見て墨名はニヤリと笑みを浮かべた。この学園は金銭トラブルを避ける為通貨は電子マネーで統一されており、現金のカツアゲは実質不可能。その他でもカツアゲに値するものは相当限られている。


「こ、購買のもやしサンドだよ!人多くて買えなかったんだ!」


「もやしサンドは一人一つしか買えない筈です。君たち二人で仲良く分けるつもりだったんですか?あのサイズのサンドイッチを…」


 明らかに動揺している葛木を前にして、俺たちは心の中で小さくハイタッチした。


「委員長 どうです?」


「当りですね。何か裏がありそうです」


 予想通りこっちと違う返事が返ってきたんだろう。さて、本番はこれからだ。如何に本当のことを吐かせるか。

 頭すっからかんの不良にしては真面目に口裏を合わせたんだ。何かヤバいことを隠していると考えて間違い無いだろう。


「さっさと白状するんだお、もう魔導少女ナムナが始まってしまうお!」


 墨名が珍しく冴えているのはこれのお陰らしい。オタクはよく分からないが、委員会活動の助けになるなら文句はない。


「白状しろって言われてする奴がいるか!バーカ!」


 いきなり立ち上がったと思えば、墨名はスタスタと葛木の目の前まで歩いていった。


「な、なんだよ!怪我人を殴るのか?!」


 握り締められた墨名の拳が、葛木の顔面に近づいていく…


「やめろハチ、防犯カメラがあるんだぞ!」


 葛木の鼻先でピタリと止まったのは、墨名の拳に握られていたスマホだった。


「な、何でこんな写真持ってんだ?!寄越せ!」


 画面を見た途端、今まで以上の狼狽っぷりを見せ始めてスマホを奪い取ろうとする葛木から距離を取る。


「これを見たら久保氏、どう思うんだろうなぁ」


「クソ!クソ……」


 何を見せられたかは知らないが効果は抜群のようだ。葛木のさっきまで余裕たっぷりの顔が今では青ざめて自信のかけらも無い。


「ダチがよ、ブラッドをキメ過ぎて死んじまったんだ。ブツはあのメガネから仕入れてたって聞いてよ、問いただしてたんだ…」


 ブレインリミットオーバーライドキッド、通称ブラッド。能力の覚醒を促す薬剤であったが非合法化され、今ではその副作用である高揚感と酩酊感を味わう為のドラッグとして販売されている。

 そのようなものが学内で取引されていたとは……


「委員長、今の聴きましたか」


「ええ、今村に色々と聞くことがありそうね…」


 インカム越しに、マジで?!あいつこんな秒でゲロったの?!とか久保らしき人物の声が聞こえるが、気にする必要はないだろう。


「よし!一件落着!帰るお!今すぐ帰るお!」


 落着どころか、とんでもない厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。

 しかしまあ、明日のことは明日考えよう。

 今はまず、中元で貰った素麺をどう処理するか考えるべきである。






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