3
街灯のおぼつかない山道だった。
筋斗雲に3時間ほど揺られて、どこへ行くのだろうと考えていたら、まさかの森である。路肩で下車をした。左方に街灯のきらめきが美しい。
「おい、あれを見てみい」
三蔵法師が指をさした先に、赤い軽自動車がある。不自然に横揺れをしており、それを認めたらしい猪八戒は短い悲鳴をあげた。僕はなんとも言えない気持ちになる。
おもむろに三蔵法師が赤い車に近づき、助手席側の窓を平手で激しく叩きはじめた。
僕はギョッとした。
——なにをやっとるんですか!
言おうとしたけれど、胸に手を当てすこし考え、やっぱりやめた。
車の動きが止んだ。バンっと内から叩き返すような音がした。すかさず三蔵法師が平手で打つ。
しばらくの応酬の果て、殴られ続けた窓がとうとう砕かれた。たくましい腕が突き出されている。
三蔵法師が後ろ足に下がる。腕はみるみるうちに大きくなり、ショベルカーより巨大な拳がアスファルトにめり込んだ。
「違うた! こいつ沙悟浄じゃない」
三蔵法師が怒鳴る。
僕は眼前の超自然的な現象にいまいち現実感がなかった。探るように地面を這う手。CGか? 厳ついなあ——とか、意外と冷静なんだなと思う。
「逃げんと死ぬで〜」
「え」
三蔵法師が坂道を猛スピードで下っていく。警告は救急車のサイレン的だった。
とつに大きな地響きが辺りをとよもして、見れば逆立ちをする容量で飛び跳ねる車が迫りつつある。
ようやく危機感を覚えた僕は、三蔵法師を追いかけた。しかし脳内にひとつの疑問がよぎる。そういえば、猪八戒さんはどうした?
急ブレーキをかける。後方を確認すると、まさにそのとき、立ちつくす猪八戒に怪物が襲い掛からんとするところであった。
「逃げてください!」
僕は叫んだ。
「ほっときんさい」
三蔵法師の訳の分からない科白が聞こえる。と同時に、車が吹っ飛んだ。景色が揺れる。ゆったりとした足取りで、猪八戒が車へと歩を進める。痙攣する中指を両手で引きちぎった。上がる血飛沫。苦しそうにのうごめいている。結局、全ての指をもがれ、腕を含めたそれら怪物の全てが猪八戒の腹に収まった。
「さすがじゃのお。連れて来といて正解じゃったわ」
三蔵法師が僕の隣で自慢げに胸を張っている。
「猪八戒さんがいなかったら、僕ら死んでましたよね?」
「じゃかましい」
やはり、僕の乳首に電流走る。
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