「こいつ猪八戒」 


 パンツスーツの三蔵法師が言う。親指を向けられた先には、眼鏡をかけたグラマラスな女性が恥ずかしげにやや俯いている。背後のメタリックな臀部型の噴水に赤い陽が反射して眩しい。思えば、3日前と同じ風景である。


「誰なんですか?」


 と僕が尋ねる。


「やっぱり西遊記をするには仲間が必要じゃろ? ほいで、その辺にいる妖怪的なヤツを探しよったら見つけた」


 三蔵法師は「のお?」と同意を求めるように猪八戒の顔を覗いたが、返事に窮しているのか、目を泳がせている。

 後に聞いた話によると、彼女は保健室の先生である。転勤して間もないために迷子のところを、運悪く三蔵法師の餌食にされてしまった。

 なんだか不憫である。解放してあげようと僕は思った。

 

「あの、無理矢理連れて来ちゃってすいません。どうぞお帰りいただいても大丈夫ですよ」



「かばちたれが!」


 その時、乳首に電流走る。

 僕の胸辺りは強烈に痛み、次いで筋肉の収斂する疼痛に見舞われた。


「勝手なことをしよってからに。わしとおる時にはその緊箍児があるのを忘れんなや」


 僕の胸部には電流の流れる装置が取り付けられている。焼き鳥屋で酔い潰れた際に仕掛けたという。遠隔操作が可能だ。強力な接着剤を使っているから、絶対に取れないらしい。無理に剥がそうとすれば、皮膚は無事に済まないとのことで、三蔵法師の意に従う他はない。


「あの、もうよろしいですか」


 恐る恐る猪八戒が訊く。が、三蔵法師は「ダメ」と返す。


「あんたがおらんと沙悟浄を仲間にできんじゃろ」


 そう言うや、僕たちの手を引っ張ってツカツカと早足で歩きはじめる。必死に追って行くと、地下駐車場のある区画にたどり着いた。

 黄金のフェラーリを前に、三蔵法師が得意そうに胸を張る。


「ほれ、筋斗雲。みんな遠慮せず乗りや」


「そこは玉龍じゃないんですね」


 僕は言った。そしてすぐに後悔した。三蔵法師の手にあるスイッチが、今まさに押されんとしている。

 

 

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