第46話 悪夢。

「え? 何、これ?!」


 ルイが声を上げる。シャイルも急いでルイの横に並び立った。

 森のいたるところから鳥達が高い鳴き声を上げながら飛び去って行く。その数が尋常ではない。顔を見合わせたシャイルとルイは、森へ向かって部屋を飛び出した。

 森の中に入った二人は、逃げ惑う動物の群れが目の前に飛び出してくるのを避けながら、奥へ奥へと進んで行く。突如、どこかで男達の悲鳴があがった。シャイルが視線を向けるとルイが頷き、瞬時に駆け出す。木々をかき分け、突き進んでいくと、崖の上へ出た。


「うわあっ!」


 ルイが上ずった声を上げる横で、シャイルも驚愕のあまり言葉を失う。彼らの目の前では信じられない光景が広がっていたのだ。

 地中からいくつも伸び上がりうごめく得体のしれない物に体を巻き付かれた男達が、空中で宙づりになっていた。そんなものを見て驚かずにいられるわけがない。


「な、何? 何、これ? 何が起きてるんだ?!」


 動揺を隠せず狼狽えるルイを引きずりながら急ぎ茂みに身を顰めたシャイルは、木の蔭から様子を覗う。男達はバルデン伯爵の私兵達ではなく、リリアを攫った男達だった。男達を襲う蛇のように蠢くそれらは、よく見れば木の根のように見える。

 だが、常識的に考えれば、木の根が動き、そればかりか人を襲うなど、ありえない。

 必死で状況を理解しようとしていたシャイルの思考が突然停止する。リリアの姿を見つけたからだ。


「リリア!」


 反射的に化け物が蠢く中へ飛び出す。


「駄目だよっ! あんたも、やられちゃうって!」


 ルイが大慌てでシャイルの体にしがみ付いて止める。シャイルは視線を前に向けたまま、ルイを振り払おうと藻掻いた。


「は、離して! リリアが! リリアが、いるの! あそこに!!」

「ちょっと、冷静になってよ! あの化物が見えてるだろ?! それに、よく見てみなよ! おチビさんはあんなに髪が長くなかっただろ?」

「!」


 シャイルはルイにしがみつかれたまま動きを止めた。

 確かに、リリアは美しい淡い金色に輝く髪を肩に付かないほどに短く切ってしまっていたし、さらに男の子の服を身に着けていた。その事実に気付いた途端、冷静に目の前の状況が見えてきた。

 捕まった男達の叫び声と、得体の知れない物達が蠢く向こう側に美しい衣装に身を包んだ少女が立っている。風が止まってしまっているというのに、リリアと髪色が同じ長い髪がまるで強い風に煽られているように大きく揺れ動いている。確かに、シャイルが部屋に置いてきたリリアの姿とまったく違っている。


(でも、あれはリリアだわ。私がリリアを見間違うはずがない。なのに、あの姿……、あの子の体を包むあの光は一体何なの?)


「リリア……」


 目を見開いたまま、シャイルは力なくその場に膝を付いた。


「あそこで倒れているのは、クロウなのか?!」


 背後から聞こえてきた声に、弾かれたように振り返る。そこにいたのは、がっしりとした体躯の男、ガルロイだった。


「団長!」


 ルイが安堵とも歓喜ともとれる声をあげた。


「すまん、遅くなった。……で、何が起きているんだ? 説明してくれ」

「説明も何も……俺達もさっきここへ来たばかりなんだ。何が起きているかなんて、俺の方が聞きたいよ!」


 ルイの横に彼らと同じようにしゃがみ込んだガルロイは、泣き言をもらすルイの頭に、まるで安心させるように大きな手を置いた。

 だが、すぐに彼の目は真っ直ぐに、茂みの外を見つめる。目を疑うような光景を。


「……おまえ達は、ここにいろ。もうすぐ、王都から援軍が来ることになっている。廃屋に転がっている男達も一人残らず連行してくれるだろう」

「団長はどうするのさ」


 立ち上がったガルロイをルイが不安そうに見上げる。


「何が起きているのか、まったく分からんが、クロウの様子がおかしい。……それに、あの少女は、誰だ? ……まさか、王女殿下なのか?」

「リリアよ。間違いないわ」


 まるで呻くように答えたシャイルに、ガルロイがつと視線を向けてきた。剣を掴んでいる反対側の手をシャイルへ伸ばしてくる。


「!」


 ルイにしたように、ガルロイはシャイルの頭をくしゃりと撫でた。


「心配するな。大丈夫だ」


 そう力強く断言すると、ガルロイは茂みから飛び出して行った。いつのまにか雨まで降り始めている。ガルロイは蠢く化物達の合間を駆け抜け、リリアとクロウの元へと駆けて行く。

 だが、あとわずかのところで、突如として地面から出てきた化物に足を捉えられてしまった。


「! おやじっ!」


 ルイが悲鳴にも似た叫び声を上た。剣を抜き放ち、まるで矢のように飛び出して行く。その背を追うように、シャイルも悪夢のような惨状の中へと駆け出して行ったのだった。

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