第41話 城で待つ。
エルバハルの屋敷では、リリアが攫われ、さらにとんでもない事実が明らかになろうとしていた。
「リリアをどこへ連れて行った!!」
静まり返った室内にシャイルの怒りに満ちた声が響く。冷静さを失ったシャイルがラファルに掴みかかった。ガルロイは慌ててルイと共にシャイルを引き離す。彼のどこにそんな力があったのかと思うほどシャイルの力は強く、二人がかりでなんとか押しとどめるのが精一杯だった。
「やめろよ! ダメだって!」
「シャイル! 落ち着くんだ!」
「離せ! こんな所にいる間にもリリアは!」
赤味を帯びた髪を振り乱し血走った目で睨むシャイルの姿を、ラファルは表情を変えず見ていた。
だが、その顔色は酷く悪い。
「……攫った事に関しては、私ではない」
静かな声だった。
だが、ラファルはわざとエレーネの残した手紙については肯定するような物言いをした。
「ラファル!」
到底信じられないと、非難する声でシュティルはラファルの名を呼んだ。その声に反応するようにラファルはどこか諦めにも似た苦笑を浮かべ、シュティルに向き直る。
「──罪とは、隠しきれるものではないのですね。エレーネはもうこの世にはいないというのに……」
ラファルはシュティルの刺すような強い眼差しを真っ直ぐに受け止めながら呟いた。
「兄上をおまえはとても献身的に補佐していたではないか。兄上亡き後もおまえはこの私に本当によく尽くしてくれていた。そのおまえが……? ラファル、なぜだ?」
険しい表情とは反する静かなシュティルの問いかけに、ラファルは何も答えない。シュティルは怒りとも悲しみともとれる複雑な表情を浮かべた。拳を強く握りしめる。
「……おまえを拘束する。そして、すぐにリリ──」
突然言葉を切ったシュティルの鋭い視線が窓に向かう。ガルロイとシャイルも同時に反応していた。
「俺の剣を!」
ガルロイは自分達の剣を抱える国王の護衛に向かって手を伸ばしながら叫んだ。その瞬間、ガラスが割れる音と共に、全身黒ずくめの男達が次々に窓から飛び込んで来る。十人以上はいるようだ。
「陛下、お下がりください!」
剣を抜いたラファルがシュティルを背後に庇うように立つ。
だが、侵入者達の狙いはどうやらシュティルだけではなかった。彼らは無言のまま剣を閃かせると、室内に居る者すべてに対し襲い掛かって来た。
「陛下を守れ!」
室内が騒然とする中、自分の剣を受け取り損ねたガルロイに対し、数人の敵が群がる。その姿にルイは敵の剣を受け止めながら、悲鳴のような声を上げる。
「団長!」
ガルロイを助けに向かおうとするルイの前に敵が立ちはだかった。
「どけよ! くそっ!」
敵と剣を交えながらルイは顔に不似合いな悪態をつく。
一方、剣を持たないガルロイは近くにあった椅子を盾に敵の攻撃を何とかかわしていた。
そして、敵の隙をつき、剣を奪い取ると、すぐさま剣を翻した。高い金属のぶつかる音が響き、ガルロイは別の男が頭上に振り下ろしてきた斬撃を間一髪で受け止めていた。
団長のことを気にしながら戦うルイは、敵の攻撃に押され気味だったが、ガルロイが剣を奪う姿を目にした途端、二人の敵を一気に床へ沈めた。空色の瞳に強い光を灯し、ガルロイに向け大声を上げる。
「団長! こいつら、リリアを攫った奴の仲間だ!」
その声にいち早く反応したのは、もちろんシャイルだった。
「では、この男達に案内をさせればいいんだな!」
シャイルが壮絶な笑みを浮かべると、目の前の敵の剣先を叩き折ってしまった。あっというまに相手の体の上に馬乗りになり、ぎりぎりと腕を捻り上げる。
「俺のリリアをどこへ連れて行った! 言え!」
「シャイル! 何をやってるのさ?! 先に敵の数を減らさないと、自分の命のほうがやばくなるだろ!」
シャイルの背後から襲いかかろうとしていた男を斬り捨て、ルイが怒鳴る。
だが、シャイルはルイに目もくれず、リリアの居場所を吐かせようと躍起になっていた。
「ラファル!」
混戦が続く中、シュティルの叫び声にガルロイははっとして振り返った。敵と剣を交えているシュティルの背後で、ラファルが剣を支えに膝を付いている。
「陛下!」
「私は大丈夫だ! だが、ラファルが負傷した!」
ガルロイは急いで室内に視線を走らせる。すでに敵の数は半数にまで減っていた。
だが、その視界の端で、敵の一人が暖炉へ手を伸ばす姿に気付く。
「あっ」
ガルロイが声を上げる間も無く、男は火の付いた薪を室内へ投じた。
「くそっ!」
火はものすごい勢いで家具や絨毯に燃え移り、室内はあっという間に炎に包まれてしまった。
「火を消せ!」
「屋敷の者達を避難させる!」
エルバハルの護衛だった藁色の髪の男がエルバハル達を避難させるために、急いで部屋を飛び出して行く。室内は戦うどころではなくなっていた。その隙をついて黒装束の男達は、入って来た窓から次々に外へ飛び出して行く。
「逃がすものかっ!」
シャイルも男達の後を追って窓から飛び出す。
「陛下! お逃げください! 天井が崩れます!」
「ラファル! 立て!」
国王を避難させようとする護衛達の手を振り払い、シュティルはラファルを助け起こそうとする。
だが、ラファルは残りの力を振り絞り、シュティルの体を護衛達の方へ突き飛ばした。その瞬間、天井の一部が火の粉をまき散らしながら崩れ落ちる。
「ラファル!」
「陛下!」
火の付いた木片を蹴飛ばし、ガルロイと護衛の男達は必死でシュティルを炎の中から救い出す。
「ラファル! 早くこっちへ来い!」
シュティルは炎の向こう側で佇むラファルに向かって出せる限りの声で叫ぶ。
だが、ラファルは動こうとはしなかった。その顔には彼がアルフレッドのそばにいた頃によく目にした穏やかな表情が浮かんでいた。焦るシュティルに対し、ラファルは真っ赤に染まっていく胸を押さえながら、深く頭を垂れる。その姿には謝罪と深い敬愛の念が感じられた。
「……陛下、あなた様は本当に良い王です。この国が度重なる災いを乗り越えられたのは、あなた様のお力です。……この国を、お願いいたします」
「危ない! ラファル!」
突如耳をつんざくような轟音と共に天井の梁が崩れ落ち、舞い上がった火の粉の中で、もうラファルの姿はどこにも見えなくなってしまった。
「陛下! ここは危険です!」
ガルロイは火の粉からシュティルを庇いながらルイの姿を探した。
そして、見つけたルイの姿にほっとしつつ、大声でその名を呼ぶ。
「ルイ! シャイルと共に黒尽くめの男達のあとを追え! 後で俺も追う!」
ガルロイの声に大きく頷いたルイは黒装束の男達を追って、窓枠を飛び越える。
「陛下!」
護衛とガルロイに支えられながらシュティルが建物の外へ出てくると、エルバハルが駆け寄ってきた。
「陛下。申し訳ございません!」
「なぜ、おまえが謝るのだ?」
シュティルは煤で汚れた顔に驚きの表情を浮かべ、エルバハルを見た。
「私の使用人の中に、陛下のお命を狙う者達を手引きした者がいたのです」
「そうか。だが、私は無事だ。気にするな。それより、おまえの屋敷がこのようなことになり、すまなかった」
「頭を上げてください、陛下。私の屋敷の者達も全員無事でございます。それに、焼け落ちたのは一角です。それに、家はまた建てればよいのですから」
シュティルとエルバハルは火を消そうと慌ただしく駆け回っている使用人達の姿に目を向ける。
「陛下。侵入した男達の向かった先が分かりました」
駆け戻って来た護衛の男の報告に、シュティルは一つ頷くと、青い瞳をガルロイに向けた。
「ガルロイ。おまえもリリティシアを助けに向かってくれ。そして、必ずあの子を城へ連れて来てほしい。私も向かえばいいのだが、これ以上城を空けるわけにはいかないのだ。だが、その代り、急ぎ城へ戻り、救援の部隊をこちらへ向かわせるつもりだ」
「分かりました。私の命にかえても、王女殿下を陛下の元へ必ずお連れいたします」
「頼んだぞ。私は王都で待つ」
「はっ!」
ガルロイは朝日を背にし、駆け出したのだった。
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