第34話 亡き王妃の首飾り。

 ガルロイは今目の前で起きている事が信じられなかった。自国の国王と宰相に向かってシャイルが剣先を向けているのだ。


「シャイル!」


 焦るガルロイの声にシャイルは見向きもしない。一方、剣を向けられているラファルが嫌悪感を剝き出しにしてシャイルを睨みつけている。


「何の真似だ?」

「リリアが、……リリティシア王女が攫われたようです」


 国王と宰相の顔色が変わった。シャイルの目が鋭く眇められる。


「動かないでください。攫ったのは誰ですか?」

「……おまえは、何者だ?」


 ラファルが緊迫した声を発する。シャイルは目の奥に怒りを漲らせ、固い声で答えた。


「ウォルター・バーラントを師と仰ぐ者です」

「!」


 ラファルの目が大きく見開かれた。目前に立つ若い男を凝視している。


「……ウォルター、彼は、今どこにいる?」


 掠れたラファルの声が静まり返った室内に響いた。


「先月、亡くなられました」

「──そうか、あの者も……。で、これはどういう事だ? おまえは自分が何をしているのか分かっているのか?」

「ええ。充分理解した上での行動です。私は先生から聞いているのですよ。誰が西の隣国リコスの兵士達を城へ引き入れたのかをね」

「……そんなことはこの国の者なら誰もが知っている! 西の砦を守っていた将軍クラード・フクスだ。彼はすでにアルフレッド王と同じ日に死んでいる」

「全ての黒幕のことですよ」


 誰かの息を飲む音が聞こえた。泰然としていたシュティルの表情も険しいものに変わっている。


「……誰だというのだ?」

「この首飾りに見覚えはありませんか?」


 シャイルは左手を突き出し、ルイから受け取った首飾りをかざした。


「? ……それは、まさかエレーネの……?!」

「この中には王妃様の字で黒幕の名が書かれています」

「! それを寄こせ!」


 ラファルがまるで掴みかかるようにシャイルの手から首飾りを奪い取った。シャイルの剣先がラファルの手をかすめ、血がにじむ。

だが、ラファルはそんなことに気に止めることなく、慌てたように首飾りの蓋を開けた。


「! ……く、くくっ。……陛下、ご覧ください。首飾りの中は空っぽです。この若造の虚言でした。何のつもりなのか、侮られたものです」


 シュティルはラファルに歩みよると、無言でラファルから亡き王妃の首飾りを受け取る。確かに首飾りの中には何も入ってはいなかった。

しかし、シュティルは首飾りの表面に刻まれた花を愛おしむように撫でる。


「ラファル。これに刻まれている花の名を知っているか? プリムラ シネンシス。春一番に、白い五弁の花が輪状に咲く可愛いらしい花だ。花言葉は、永遠の愛」


 怪訝な顔で見つめるラファルには視線を向けず、シュティルは指先を首飾りの側面にゆっくりと這わせながらじっとその繊細な模様を確かめていく。そして、おもむろに自分の外套を脱ぐと、留め金の先をペンダントの側面に施された美しい模様の一部に差し込んだ。


 カランッ


 中蓋が外れ、音をたててシュティルの足元に落ちた。


「この首飾りは、兄上に頼まれて私が職人に作らせたものだ。二重底になっているから、薄い紙なら隠すことができる」


 シュティルの手には折りたたまれた小さな紙切れが乗っていた。彼がその紙を開くと、アルフレッドの字で『愛している』と書かれていた。

だが、その裏側には今は亡き王妃の字で、小さな字が書き込まれている。


『シュティル殿下、ラファル伯父上にリリティシアを渡してはなりません』と。

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