第33話 偶然。

 落ち着いた色調で整えられた部屋の中、四人の男達がそれぞれ異なった表情を浮かべて向き合っていた。時が止まったかのような静けさがすべてを包み込み、暖炉で薪が爆ぜる音がやけに響く。ガルロイにはこの状況が揺れる暖炉の炎が見せる幻影のように感じられた。


「ガルロイ、元気そうでなによりだ。随分長い間会っていなかったが、おまえは変わらないな」


 シュティル国王の深みのある静かな声が静寂を破った。ガルロイは雷に打たれたかのようにその場に膝を付き、深く頭を垂れる。十四年も前に城を出た一兵士のことを覚えておられたことにガルロイはひどく感動していた。背後でシャイルも膝を付く気配がする。


「……シュティル国王陛下、つつがなくお過ごしのご様子に安堵しております」


 再びガルロイが顔を上げると、シュティルは優しい笑みを浮かべていた。

 だが、彼が放つ圧倒的な存在感にガルロイは言葉が続かない。ガルロイの記憶の中では、シュティルは線が細く、いつも兄であるアルフレッドの後ろに控えている物静かな若者の印象しかなかった。この十四年の間、彼はどれほどの重圧に耐えてきたのだろうか。いつの間にか、彼は王として比類なき風格を身につけていた。


「私がここに居ることを不思議に思っているのだね?」


 シュティルは悪戯に成功した子供のように、笑みを深める。まるで動揺を隠せないガルロイのようすを楽しんでいるように見える。その眼差しはどこか今は亡き彼の兄によく似ていた。

 確かに、ガルロイは不思議に思っている。この屋敷へ来たのは本当に偶然だったのだから。

 シュティルは近くの椅子にゆっくりと腰をおろす。


「エルバハルは、私が信頼を置いている商人なのだよ。この国が食料難を乗り切れたのは彼の手腕の賜物だと言っていいだろう」


 国王は親切にも御自ら困惑しているガルロイ達に説明をし始めた。宰相であるラファルは国王の椅子の隣に立って静かに聞いている。


「彼は仕事でいろんな所へ赴き、情報を掴むのも早い。だから彼に緑色の瞳を持つ者を見つけたらすぐに知らせるよう頼んでいたのだ。さすがに、王女ということは言えなかったがね」


 シュティルは苦い笑みを浮かべた。


(国王が行方不明の王女を秘かに探していることは宰相の口から聞いていたが、まさかそれがエルバハルだったとは……)


 偶然のこととはいえガルロイは驚きを隠せなかった。


(ラファル宰相閣下は、今もシュティル陛下を疑っておられるのであろうか?この状況をどう思っておられるのだろう?)


 亡きアルフレッドの弟であるシュティルに兄王暗殺の疑惑を向けていた宰相のラファルは、シュティルが手配した者達より早く王女を探すようにガルロイに命じていたのだ。


「数時間前に、エルバハルから彼の屋敷に緑色の瞳を持つ者が身をよせているという急の知らせが届いたからね。すぐに、ラファルの反対を押し切って馬を走らせて来てしまった。到着してすぐにおまえがいると報告を受けた時は、さすがに私も驚いたがね。しかし、おまえが付き添って王都へ向かっているということはやはりその子は本物のリリティシアなのだね?」


 シュティルは期待に満ちた眼差しをガルロイに向けてくる。行方不明だった王女がここに居ると確信しているようだ。


「……本物かどうか私には判断がつきかねますが、亡き王妃様にとてもよく似ておられます」

「そうか、エレーネに……」


 まるで昔を懐かしむようにシュティルは目を閉じ、天を仰いだ。そんな彼の様子を見る限り、やはりガルロイには彼が兄一家を殺してまで王位を奪うような暗い影を感じることはできなかった。


「ああ、やっとリリティシアに会えるのだな。さあ! 早くその娘に会わせて……」


 ふと、シュティルが口を閉ざした。鋭い視線が扉に向けられる。


「何事でしょうか?」


 すぐに扉の外が騒がしくなり、ラファルが扉の方へ足先を向けたとたん、突然扉が勢いよく開け放たれた。二人の男がもみ合いになりながら転がり込んでくる。エルバハルの護衛の中にいた藁色の髪の男と扉の前でガルロイ達から剣を取り上げた男だ。


「団長! 団長!!」


 ルイの声がする。彼には珍しく切羽つまった声だ。


「今だ。行け!」


 藁色の髪の男が叫ぶと、一人の男が部屋の中に飛び込んできた。


「ルイ!」


 驚いたことに、飛び込んできた男はルイだった。どうしたのか聞く前に、ルイを追うように一緒になだれ込んで来た国王側の護衛達がルイを床に押さえ付ける。


「くっ……くそっ! 離せ!」

「失礼をいたしました。すぐに、この者をつまみ出します」


 ルイの体にのしかかりながら、扉を守っていた男達が国王達へ謝罪を口にする。彼らに圧し掛かられ、ルイがもがいていた。


「ルイ? おまえは何をやっているんだ?!」


 押さえつけられながら、ルイはガルロイの声に必死で顔を上げる。


「団長! それはこっちの台詞だよ! こんなところで何をやっているのさ! 大変なんだよ!」

「ルイ! 少し黙っていろ! ……陛下、閣下、申し訳ございません。彼は私の身内の者なのです。どうか許していただけないでしょうか?」

「団長っ!」


 ガルロイは慌てて国王と宰相へ改めて深々と頭を下げた。


「離してやれ」


 国王の声で、ルイを取り押さえていた男達が彼の体の上から退くと、ガルロイはルイに駆け寄る。すると、今まで黙っていたシャイルがルイの左手に握りしめられていた首飾りを目ざとく見つけ、ルイの左手に飛びつく。


「ルイ殿! その首飾りをどこで……?」

「おチビさんが部屋に落としていったんだよ! そんなことより! 本当に大変なんだよ!」


 ルイはシャイルに首飾りを押し付けると、立ち上がらせようとしていたガルロイのたくましい腕にしがみ付いた。


「団長! おチビさんが攫われた!」

「! 何? どういうことだ?!」

「すぐに、クロウが後を追いかけている。おチビさんはアマンダと一緒にいたんだけど、なぜだかあの子だけが攫われたんだ! 早く俺達も追いかけないと!」


 ガルロイはすぐに国王と宰相の方向へ顔を向け、言葉を失った。なんと、シャイルが剣を抜き、あろうことか国王と宰相の前に立ちはだかっている。先ほどのどさくさに紛れて自分の剣を取り戻していたのだ。


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