第32話 夜の訪問者。
ガルロイの身に戦慄が走る。
(こんな人目につく廊下で剣を抜くとは……。まさか、この男はこの館の人間を口封じのためにすべて殺すつもりなのか?!)
その時、背後に人の気配を感じたガルロイは、反射的に剣を握っているシャイルを自分の体で隠した。廊下の奥からエルバハルが三
「ああ、こちらにおいででしたか」
「……何か、ご用でしたか?」
動揺を悟られないよう気を付けながらガルロイはエルバハルに向き合う。
だが、神経は背後に集中していた。自分に対して剣を抜いている男に背を向けるという最も愚かな行為を犯しているが、もしもの時は自分の身体を盾にしてでも関係の無い人々を逃すつもりでいた。
カチッ。
背後で剣を鞘に戻す小さな音が聞こえ、ホッとしたあまりガルロイは思わず膝を付きそうになった。そんなガルロイの心の内を知らないエルバハルは、人の好い笑みを浮かべ答える。
「ええ。夜も深まってまいりましたが、どうしてもあなた方にお会いしていただきたい御仁がおられます。どうか、少しお時間をいただけないでしょうか?」
「……私達に、会いたい?」
思いもよらないエルバハルの申し出に、ガルロイは眉間に皺を寄せた。 エルバハルは穏やかな笑みを浮かべているが、いつのまにか護衛の男達がガルロイ達を取り囲むように立っている。どうやら拒否権はこちらにはないらしい。
だが、一方で自分達に会いたいという者に興味も湧いていた。ふと背後に視線を向ければ、どうやら彼も同じ考えらしく小さく頷く。
「少しの間でしたら、かまいませんよ」
「有難うございます。お会いして頂くだけですので、それほどお時間はお取り致しません。さあ、どうぞこちらへ」
エルバハルが笑顔のまま先頭を歩き始めると、ガルロイ達は護衛の男達に挟まれるようにして、後に続く。
そして、何度目かの角を曲がると、エルバハルが突然足を止めた。
「さあ、どうぞ。あの部屋でございます」
彼が掌を向けた先、重厚な扉の前には四人の男が外套を着たまま立っていた。どの男も帯剣している。彼らはエルバハルの護衛達とは雰囲気が違っていた。洗練された立ち姿はまるで城の衛兵のようだ。
(……衛兵?)
疑問がガルロイを警戒させる。
「では、こちらであなた方の剣をお預かりさせていただきます」
有無を言わせぬ雰囲気の中、扉の前でガルロイとシャイルは共に持っていた剣を渡すよう要求された。怪しい事、この上ない。
だが、ガルロイはこの扉の向こうにいる人物に興味が湧いていた。
「俺は、かまわんよ」
ガルロイは皮肉な笑みをシャイルに向ければ、彼は一瞬むっとした表情を見せたが、すぐに涼しい顔に戻り自分の剣を鞘ごと男に突き出す。
「私も、何の問題もありません」
どうやらシャイルという若者は、体術にも自信があるようだ。丸腰になった二人の前で、扉が開かれていく。談話室と思しき部屋の中へ、ガルロイはゆっくりと足を踏み入れた。シャイルも黙って後から入って来る気配がする。二人が部屋に入ると、背後で扉が閉じられた。
「!」
部屋の中にはすでに二人の男が待っていた。驚くことに一人はガルロイが良く知る人物、この国の宰相のラファル・ディセントだった。立ったままだった彼は眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠しもせずこちらを見ていた。
そして、もう一人は背を向けたまま明々と燃える暖炉の前に立っている。どちらも到着したしたばかりなのか、濡れた外套を着たままだ。
「宰相閣下……」
「ガルロイ。なぜすぐに報告をしなかった?」
棘のある口調でラファルがガルロイを糾弾する。
「そう怒るな、ラファル。彼らは王都へ向かっていたのだ。私が待てずに会いに来てしまっただけなのだから」
苛立つ宰相を窘めながら、暖炉の前に立っていた男がフードを外す。露わになった青みを帯びた銀色の髪が暖炉の炎に照らされ輝きを放つ。目を大きく見開いて立ちすくむガルロイにゆっくりと鮮やかな青い瞳が向けられた。
「ガルロイ。久しいな」
「……国王陛下──」
シュティル・フォン・アーレンベルグ。
現在、ベルンシュタイン国民が王と崇める男が笑みを浮かべガルロイを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます