第31話 意志を受け継ぐ者。

 シャイルをリリアから引き離したガルロイは、自分にあてがわれた部屋へと向かっていた。


(王都は目の前だ。ここまで来て、王女を宰相閣下のもとへ連れて行くことをこの男に邪魔されるわけにはいかない!)


「さあ、入ってくれ」


 ガルロイは部屋の扉を開けると、シャイルに入るよう促す。彼は勧められるまま、素直に部屋の中へ入って行く。

 だが、数歩入ったところで足を止めると、静かに室内を見回しはじめた。


「そこの椅子にでも座ってくれ」

「いえ、結構です。このままで」


 シャイルはガルロイの勧めには応じず、後から入って来たガルロイに向き合うように振り返った。その姿は一瞬隙だらけに見えた。両手を力なく下ろし、ただ立っている。

 しかし、実はどこにも隙が見当たらなかった。ガルロイの出方によっては防御でも攻撃でもすぐに対応してくるだろう。


「とりあえず、あなたのお話を伺いましょうか?」


 シャイルのほうから話を促してきた。話を早く終わらせて、部屋に残してきた王女のもとへ戻るつもりのようだ。


「単刀直入に言わせてもらうが、リリア殿をこのまま王都へ行かせてやってほしい。シャイル殿が共に王都へ行くことができないのであれば、我々に彼女の身を預けてくれないだろうか? 私の命に代えて、必ず彼女を守ると約束する」


 シャイルは表情を変えず、僅かに首を傾げる。


「貴方が命を懸けるほどリリアに肩入れする理由は何です?」

「理由? ……そ、それは、彼女自身が王都へ行く事を望んでいる。性別を偽ってでも王都へ行こうとする彼女のその思いを大切にしたいからだ」


 今まで何の感情の変化も見せなかったシャイルの口の端が僅かに上がった。その冷ややかな笑みにガルロイは思わず息を飲む。


「!」

「もう少しまともな話ができると期待していましたが、とても残念です。さあ、そこをどいてください」


 用は済んだとばかりにガルロイの横をすり抜け、部屋を出て行こうとしているシャイルの腕をガルロイは慌て掴んだ。


「待て! 事は君達だけの話ではないんだぞ!」


 シャイルはガルロイの手を勢いよく振り払い、燃えるような眼差しを向けてきた。


「今なら! あなた方が私達のことを忘れればいいだけだ!」


 青灰色の瞳の奥に明らかな苛立ちが見える。


「君は、ウォルター・バーラントを知っているんだな?」


 確信を持って尋ねれば、目の前の端正な顔に影がさす。


「……もう、この世にはおられない御方だ」


 感情を抑えるように、低い声でシャイルは答えた。


(やはり! この男はリリア殿の出生の秘密を知っていたのだ。知ったうえで、たった一人で守ってきたのか……)


「ウォルター・バーラント殿は亡くなっておられたか……」


 ガルロイは眉を曇らせ、思わず呟く。脳裏に穏やかだが強い意志を感じさせる精悍な顔の男が浮かび上がる。 

 ウォルター・バーラントは王女と共に姿を消した王の主治医だった男の名だ。もともとは医師の家系に生まれ医師を志していたのだが、なぜか軍人になった変わった経歴の持ち主だった。彼は騎兵隊隊長まで上り詰め、前線を指揮していたこともあったという強者だ。王太子だったアルフレッドが王位に就くと、今度は軍医として幾多の戦場に若い王と共に赴いていた。その後、戦が無い平和な時が訪れるとウォルターは国王の強い希望で主治医として王城で暮らしていたので、近衛兵だったガルロイには、とても身近な人物だったのだ。驚くほどの博識で、器の大きな男だった。あの男が王女を匿っていたのだ。


(さすがと言うべきか、どれほど探しても見つからないはずだ。……ウォルター亡き後、この目の前に立つこの若者がその意思を継いでいたのだな。だが、なぜだ? そのことを私に隠すつもりがないのは……)


 ガルロイの疑問に答えるように、シャイルが口を開いた。


「……貴方も、あの子の追手だったというわけですね。本当に残念です。あなたは、どこか先生に雰囲気が似ていた。私としては剣を向けるようなことは避けたかったのですがね」


 さも残念そうな表情を浮かべながら、シャイルは躊躇う事無くスッと長剣を抜いた。

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