第29話 応援するよ。

「リリア!」


 固く閉じられてしまった扉の外からリリアの名を呼び続けるクロウの肩を、ルイが軽く叩いた。


「まあ、言われたとおり待っていようよ」

「ルイ!」


 クロウが非難する眼差しを向けると、ルイは軽く両肩をすぼめた。


「そんな怖い顔で見ないでよ。仕方ないじゃないか。男は入っちゃダメだって言ってるんだからさ。それに、連れて行かれちゃったのは、クロウがおチビさんをもっとしっかり抱き留めていなかったからでしょ。まあ、相手が女の子だったしね~。強く出られなかったのも分かるけどさ」

「……」


 言い返せないクロウの姿を見て、ルイが楽しそうに笑う。


「普通の若者らしい反応を返せるようになったんだね!」

「……俺は、はじめから普通だ」


 クロウが応じると、ルイが腹を抱えて笑い出した。ルイの上機嫌な理由がクロウには分からなかった。

 楽しそうなルイとリリアのことが心配で仕方がないクロウを横目に、使用人の娘が大きめの箱を持ち込んでいく。クロウが彼女達にリリアの事を尋ねても『大丈夫ですよ』とにっこり微笑まれるだけで、中で何が行われているのかはまったく分からない状況が続いていた。

 苛立ちを募らせるクロウのそばで、ルイは呑気に頭の後ろで腕を組み、扉近くの壁を背に座り込んでいる。


「ねえ、クロウも立っていないで座ったら?」

「何を呑気な!」

「大丈夫だって言ってたじゃないか。それに、アマンダはいい娘(こ)だよ」

「……分かっている。だが、リリアが不安がっていたんだ」


 立ったまま扉を睨んでいるクロウをルイは感心するように見上げた。


「クロウって、過保護だったんだね~」

「からかうな」

「からかってないって。……でも、よかったね。クロウ」

「何がだ?」

「クロウもおチビさんのことが好きだったんだろ?」


 クロウは弾かれたようにルイを見た。

 だが、すぐに扉へ視線を戻す。ルイに今の自分の顔を見られたくなかったのだ。それでも、否定も誤魔化しもしないクロウに、ルイは優しい笑みを浮かべながら覗き込んで来る。


「クロウも自分の気持ちをあの子にちゃんと言葉にして伝えないとダメだよ」

「……分かっている。だが、一度心の内をさらけ出してしまうと、歯止めがきかなくなりそうで、怖いんだ」


 口をぽっかり開けたまま驚いているルイの様子に気付き、クロウはじろりと睨んだ。


「怒らない。怒らない。でも、なんだか今日は、やけに素直だね」

「からかうなと言っている」

「からかっているつもりはないんだけど……。やっぱりさ、クロウはおチビさんのことを、初めて会った時から気に入ってたんじゃない? ずっと見ていたよね」

「あいかわらず、人の事をよく観察しているな」


 呆れたように呟くクロウに、ルイは真剣な顔を向けてきた。


「そんなことより! クロウはシャイルが反対しているからおチビさんのことを諦めてここでお別れするつもりなの?」


 クロウは立ったまま扉に背を預け、自分の右手に視線を向ける。その手には先ほどリリアを抱きしめた時に感じた温かな感触がまだ残っていた。


「俺は、まだ自分のことをなにひとつ話していない」

「でも、話すつもりになったんだね?」


 クロウは開いていた手をぐっと強く握りしめた。


「ああ。……リリアが俺を受け入れてくれるのなら、俺は彼女を諦めたくない」


 まるで誓うように拳を強く握りながら答えれば、黙って見つめていたルイが何かを決心したかのように立ち上がった。


「うん。分かった。それなら俺はクロウを応援するよ」


 クロウは黒曜石のように美しく澄んだ瞳を大きく見開いた。クロウが驚く姿を見せる事はとても珍しい。そんな姿を見て、ルイは「今度はクロウが笑う姿が見たいな」とまるで弟を見守る兄のような顔でほほ笑んだのだった。

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