第25話 別れの前夜。

 室内からこぼれた暖かな光が、窓を通して暗い中庭を仄かに照らしている。いつの間にか、雨が降り始めていた。

 窓から外を眺めていたルイは、視線を室内へ戻す。

 高級な家具や調度品で飾られた部屋の中には、傷の手当てを終えた護衛の男達とガルロイ、そして赤い髪の男がいた。

 三つあるテーブルにはすでにいくつか大皿が並べられ、美味しそうな料理が見た目にも美しく盛られている。護衛の男達は慣れた様子で思い思いに椅子に座り、賑やかに食事を始めていた。

 ルイは毛足の長いふかふかの絨毯を踏みしめながらガルロイが座っている隣の椅子に腰を下ろした。


「団長。そんなに気になるなら強引にでもクロウに付いて行けばよかったんじゃない?」


 用意された食事にも手を付けず、給仕をする使用人の娘達が出入りする度に扉を気にするガルロイの手にルイは無理やりパンを持たせる。


「凄いね! どれも美味しそう~」


 ルイはガルロイに持たせた同じパンに手を伸ばすと、そのまま口に頬張った。 柔らかなパンにはローストされた薄切り肉が挟まれていて、肉の旨味と香辛料のぴりりとした刺激が舌の上に広がった。別の皿の肉料理にも手を伸ばせば、やはり高価な香辛料が惜しみなく使用されていて、さらに食欲をそそられる。


「うん! 美味い!! ほら! 団長も難しい顔してないで早く食べなよ。信じられないくらい美味しいから」

「……」


 勧められるまま黙ってパンをかぶりつくガルロイの姿を見て、ルイはホッと安堵の溜息を漏らした。

 ガルロイは統率力も判断力もあるのに、なぜか自分自身の事となると、まるっきり頓着しないので、実はとても手のかかる男だった。

 そしてもう一人、ここにはいない男の事を思い浮かべる。クロウもまたガルロイに引けを取らない、生きることに対し不器用な男だった。

 しなやかで均整のとれた長身、驚くほど整った顔、剣の腕前も並ぶ者がいないほどだ。剣の競技大会にでも出れば間違いなく優勝できるだろう。そうなれば、お城で取り立ててもらえるかもしれないのに、一介の馬車の護衛なんかの仕事に甘んじている。

 さらに、クロウに想いを寄せる女性も多いというのに、警戒心の強さと他人を寄せ付けない雰囲気で、女だけでなく人との接触自体を拒絶していた。

 そんな男が少し会わない間にずいぶんと雰囲気を変えている。とても穏やかな空気を纏うようになっていた。

 ルイは驚きを通り越してクロウと小柄な少女の間に何があったのかと、とても気になって仕方が無かった。


「……ちょっと、クロウ達の様子を見てこようかな?」

「やめておけ」


 静かだが有無を言わせないガルロイ声に、ルイは驚いて顔を向けた。ガルロイが食事の手を止め、まっすぐにルイを見てきた。


「クロウは、変わったと思わんか?」

「変わりすぎて、びっくりだよ! それに、なんだか少し見ない間に年相応の表情をするようになっているし。あのおチビさんのお陰かな?」

「そう思うなら、今日はそっとしておいてやれ。俺は明日、あの方のところへ殿下をお連れするつもりだ」


 それは、クロウとリリティシア王女が二度と会えない事を意味していた。


「……それが、団長が出した答えなの?」

「俺は初めからそのつもりだ」

「……」


 断言するガルロイの顔は言葉に反して、ひどく沈んでいるように見える。


「あの、お飲み物はいかがですか?」


 背後から声を掛けられ、ガルロイから視線を外すと、給仕をしている待女が立っていた。


「……飲み物って、何があるの?」

「発泡酒に果実酒、香草茶もございます」

「じゃあ、発泡酒を二つお願いしようかな」

「発砲酒をお二つですね? すぐにお持ちいたします」

「うん。よろしくね~」


 そう言って、給仕の待女に向かってルイは片目を瞑ってみせる。待女は頬を染めて急いで部屋を出て行く。


「あの、この果物はいかがですか? とても珍しいものなのですよ」

「新しいパンが焼けました」


 一人の待女が去れば、すぐにまた別の待女が果物を勧めてくる。気が付けば給仕の待女達が入れ替わり立ち代わりルイの側に張り付いている。


「羨ましいね。色男さん」


 護衛の男達がルイ達のテーブルに集まって来た。


「あの黒髪の兄さんはまだ来ないのかい?」

「兄さん? クロウの事? あいつ、まだ十八歳だよ」

「「「「「え?!」」」」」


 ルイの何気ない一言が護衛の男達を一様に驚かせたようだ。


「十八だと? 俺はそんな若造に助けられたのか……?」


 藁色の髪の男がうなった。


「あの戦っている時の落ち着きようは十代のものではなかったぞ!」

「十八歳であれだけの気迫が身に付くものか?」

「まさか、あんたも……」


 疑心暗鬼な眼差しがガルロイに向かう。

 ガルロイはまったく気にかける様子もなく、発泡酒を一息で飲み干した。


「俺はとうに三十を超えている」

「そ、そうか。安心した」

「あんたもかなり剣がつかえるようだったが……あんたは、十六歳ぐらいだろ?」


 護衛の男達の視線がルイに集中した。


「俺? 二十五歳だけど?」

「……二十五?」

「おまえは、もう少し落ち着け」


 ガルロイがぼそりと呟くと、その場にいた男達の間で笑いが起こった。


「賑やかですね」


 ナデイロ・エルバハルが寛いだ姿で現れた。


「申し訳ない。お言葉に甘えて、先に始めています」

「こちらこそ、長い間大切なお客様を放ったままにしてしまい、大変失礼をいたしました。どうぞ、そのままお食事をお楽しみください」

「素晴らしい食事をご用意くださり、感謝しています。有難う」

「お礼を言うのはこちらの方です。本当にこうして無事に我が家へ戻って来れたのも、あなた方のお陰ですからね。聞くところによると、王都へ向かわれているとか。まだ雨が降り続けるようです。お急ぎでなければ雨が止むまで、何日でもここに滞在してくださってもかまわないのですよ。王都へはお仕事でございますか?」

「ええ、まあ」


 エルバハルとガルロイが話し始めると、暖かに燃える暖炉の近くの壁に軽く背を付けて立っていた赤髪の男が動いた。今まで彼は果実酒を手にじっと何かを考えているようだったが、不意に給仕をしている待女に空の杯を渡すと、静かに部屋から出て行く。それに気付いたルイも談笑しているガルロイには何も告げず、赤髪の男の後を追って部屋を出た。

 男とはクロウ達を探していた時に出会った。突然、向こうから声を掛けて来たのだ。


『翠色の瞳に金色の髪と聞こえたのですが、あなた方がお探ししている人物は十代半ばの少女のことではないのですか?』

『! ……いいえ、十二、三歳くらいの髪の短い少年です』

『そうですか……。申し遅れましたが、私はシャイルと申します。よろしければ、私もご一緒にその少年を探すお手伝いをさせてください』

『私はガルロイといいます。ご厚意だけは有難くいただいておきます。少年の事は我々だけで探せますので』


 ガルロイのやんわりとした拒絶を物ともせず、シャイルと名乗った男は強引にルイ達の後をずっとついて来た。男の正体が気になったガルロイは知らぬそぶりで彼の様子を探っていたようだが、敵か味方か分からないままクロウ達と合流することになってしまったのだ。

 ルイが部屋から出ると、ちょうどアマンダとシャイルが話をしているところだった。クロウ達の部屋の場所を聞いているのだろう。

 今アマンダに会うと厄介な事になりそうなので、廊下に飾られている大きな花瓶の影に身を隠し、こちらに向かって来た彼女をやり過ごした。アマンダが先ほどまでルイがいた部屋に入るのを見届けると、急いでシャイルの後を追い、二階へと駆け上がる。部屋はすぐに分かった。シャイルが部屋には入らず、扉の取っ手に手を掛けたままじっと立っていたのだ。


(ん? あいつ、何をやっているんだ?)


 シャイルから見つからないようにこそこそと柱の影に身を隠している姿をこの屋敷の使用人にでも見つかれば怪しい事この上ない。ルイはハラハラしながらも彼の様子を覗き見ていたら、急に部屋の中に入って行く。ルイは慌てながらも足を忍ばせつつ部屋へ近付いて行けば、中から三人の話し声が聞こえて来た。


『ええ、知ってる。一撃必殺だったわね。この男の剣は、人を守るためのものではなかった。人の命を奪うための剣技だった。そんな男に大切なリリアを任すわけにはいかない』


 シャイルが発した言葉に、ルイは思わず部屋の中に飛び込んでいた。


「ク、クロウ! こんな所にいたのか?! 探しちゃったぞ! 遅いから迎えに来てやったんだ。もうみんな食べ始めている。ほら、団長が全部食べてしまう前に早く行こう!」


 寝台に座っていたクロウをの腕を掴むと、強引に部屋から連れ出す。拒むかと思ったが、クロウは何の抵抗も見せずに無言のままついて来た。


「まあ、二人ともご一緒だったのですね?!」


 ガルロイ達がいる部屋へ戻って来ると、アマンダが満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。


「さあ、こちらへどうぞ」


 ルイはアマンダがいそいそとクロウに世話を焼く姿にほっとする。何も考えずに半ば強引にクロウを連れてきてしまったが、いつも以上に感情を消してしまったクロウの顔を見ればこれでよかったのだと思った。今はアマンダの明るさが救いだった。

 しばらくして、シャイルとリリアが部屋に姿を現した。

 リリアはアマンダにまとわり付かれているクロウの姿を見て、ひどく傷ついた顔をした。そのまま顔を俯け、クロウから離れたところにある椅子に座り、シャイルに勧められるものを少しずつ口にしている。時々クロウの方へ視線を向けては、悲しそうな表情を浮かべていた。

 さすがに、ガルロイもクロウとリリアの間で何かがあった事に気付いたようだった。


「ルイ。何があった?」

「明日、シャイルがリリアを連れて帰るって」

「何だと?!」

「シャイルはリリアと一緒に暮らしているみたいだよ」

「!」


 ガルロイも薄々は気付いていたのだろう。一瞬瞠目した後、すぐに考えるような顔になった。明日どうやってリリアからシャイルを引き離すかを考えているのだろう。

 だが、ルイはまったく別の事を考えていた。

 このままリリアとクロウを終わらせたくなかったのだ。

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