第24話 大切な家族。
「クロウ?」
いつのまにか、リリアが目を覚ましていた。翠玉の輝きに似た瞳が、ぼんやりとクロウを見つめている。
「……ここは、どこ?」
「リラの町にある商人の家だ。今夜はここに泊めてくれるのだそうだ」
「……」
黙ったままのリリアにクロウは心配そうな表情を浮かべて覗き込んだ。
「大丈夫か? 気分が悪いのか?」
リリアの白い頬にクロウはそっと掌を添え、柔らかな頬を優しく撫でる。微熱があるのかほんの少し熱い。
「……大丈夫。クロウは?」
「ああ、まったく問題ない」
「……私は、またクロウに迷惑をかけてしまったのね。ごめんなさい……」
リリアは頬を撫でるクロウの大きな手に自分の手を重ね、悲しそうに目を閉じた。髪と同じ色の長い睫が白い頬に影を落としている。
「俺はリリアの事を迷惑だと思った事は一度もない。迷惑をかけているのは俺の方だ。本来ならおまえはもう王都に着いていて、こんなに色々恐ろしい目に遭う事はなかったのだからな」
苦い思いを吐き出すように言えば、彼女の引き込まれそうな澄んだ瞳が驚いたように見開かれた。リリアがゆっくりと身を起こす。
「本当に? ……迷惑だと思っていないの? 私はクロウに嫌われていると……」
クロウは堪らなくなって、リリアの両肩を掴んだ。
「嫌ってなどいない! 嫌いになどなるわけがない。俺は……」
クロウは言葉を切った。感情を抑え込むようにリリアから視線を外す。
「クロウ?」
リリアが不安そうにクロウの名前を呼ぶ。
『おまえの事が好きだ。ずっとこれからも傍に居て、おまえを守りたい!』
閉じ込めた想いが身の内で暴れまわり、心の内をすべて打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。リリアの事を知れば知るほど、惹かれていく。止められない。
だが、一方でクロウはリリアの側にいてはいけにように感じ始めてもいた。
「……俺は、おまえの事を大切にしたい。だがどうも上手くいかなくて、戸惑っている」
「え?! ……私達、同じことを思って悩んでいたってこと?」
「ああ、そういう事になるな」
クロウが苦笑しながら視線を戻せは、リリアがほっとした表情に微笑みを浮かべ見つめてきた。この笑顔をずっと見ていたいとクロウは思った。
「……明日、いよいよ王都だ。よければ、何をしに王都へ行くのか話してくれないか?」
「え? 私はクロウに話していなかったのね? ごめんなさい。……実は、亡くなったお祖父さんの大切な友人の方が王都にいらっしゃるの。その方にお祖父さんが亡くなった事を伝えに行こうとしているの」
「それは、手紙で伝えてはいけなかったのか?」
「名前は分かるのだけれど、王都に居る事以外何も分からないの。……でも、一番の理由は私がお会いしたかったから」
困惑した表情を浮かべてクロウはリリアを見た。
「……王都は広い。名前だけでは、探しても会えないかもしれないぞ」
「え? ええ? そうなの……? 名前さえ知っていれば会えると思っていたのに……」
リリアは見ていて可哀そうなほどしゅんと肩を落とした。
「リリア?」
クロウがリリアの名前を呼べば、リリアは胸の上で両手を重ね、真剣な眼差しでクロウを見てきた。
だが、上目づかいに見上げてくるその顔は酷く頼りなげで、何とかしてやりたいとクロウに強く思わせるほど可愛らしい姿だった。
「とりあえず、ここまで来たのだもの。私、頑張って探してみるわ!」
「……探してやるよ」
「え?」
「王都で、そのお祖父さんのお友達とやらを一緒に探してやるよ」
「本当に……? 一緒に探してくれるの?」
「ああ」
「! うれしい!」
寝台の端に腰を下ろしていたクロウの胸に、リリアは子供のように笑顔を弾けさせて飛び込んできた。クロウはその小さな体を両腕で抱き留める。まるで腕の中に閉じ込めるようにそのまま抱きしめるクロウの顔には、リリアへの想いが溢れ出ていた。
「それを許可する事は出来ないわ」
突然、声と共に扉が開き、赤髪の男が姿を現した。クロウを人攫いと間違えた男だ。男はおもむろに長い髪をかき上げ、吊り気味の目を優しく和ませながらリリアに微笑みかける。剣を交えた時とは仕草も声音も違っている。まるで別人のようだ。
「シャイル!」
「え?」
驚くクロウの腕の中から、リリアがするりと抜け出した。まだ足に力がはいらないのか、覚束ない足取りで男の元へ駆け寄る。『シャイル!』と男の名を呼び、手を伸ばした。シャイルは大きく両手を広げると、リリアの華奢な身体を抱き寄せる。
(この男がリリアが夢の中で何度も名を呼んでいた『シャイル』だというのか……?!)
クロウの目の前でシャイルは両腕の中にリリアを優しく包み込んでいた。おそらく泣いているのであろう彼女の小さな頭を抱えるように腕をまわし、シャイルは淡く輝く金色の髪に愛おしそうに唇を押し当てている。
クロウはその様子をただ呆然と見つめる事しか出来なかった。己でさえ驚くほど衝撃を受けていた。
(胸が痛い。……この胸の奥に渦巻くのは失望か、いや嫉妬だ)
「どれだけ心配したと思っているの? 帰ったらお説教だから覚悟してなさい」
「シャイル! シャイル! どうしてここに?!」
「精霊のお導きかしらね。仕事を終えて帰る途中だったのよ。まさかこんなとこにリリアがいるなんてね」
「クロウ! シャイルよ。私の大切な家族なの!」
リリアが歓喜の声を上げながらクロウを振り返った。
「……大切な、家族? 兄、なのか?」
無意識に期待する質問がクロウの口から零れる。
「違う」
クロウの心を見透かすように、シャイルが答えた。
「でも、兄妹のように育ってきたのよ」
リリアの無邪気な返答にシャイルは苦笑するとクロウにひたっと視線を止めた。
「私とリリアは一緒に暮らしているの。だから、明日、この子を連れて帰るわ」
「! ……待て! 王都は目の前だ。リリアはやっとの思いでここまで来たんだ。人探しが終わればちゃんと家まで俺が送り届ける。だから、それまで俺にリリアを預からせてほしい。必ずリリアの身は守ると約束する!」
「守る、ですって?」
シャイルの瞳が冷たく光った。
「シャイル、お願いよ。おじいさんのお友達の方にお会いしたらすぐに帰るわ。それに、クロウはとても強いのよ。だから安心して」
シャイルは縋り付くリリアをまるでクロウから隠すように自分の背後へ押しやり、クロウに対し眼差しを鋭くした。
「ええ、知ってる。一撃必殺だったわね。この男の剣は、人を守るためのものではなかった。人の命を奪うための剣技だった。そんな男に大切なリリアを任すわけにはいかないのよ」
シャイルの言葉はクロウの心に暗い影を落とした。
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