第21話 誤解。
今朝になってやっと熱が下がったばかりだというのに、リリアはゲボルトや村の者達とずっと長い間話し込んでいる。明らかに無理をしているリリアに対し、クロウはずっと気をもんでいた。
盗賊を辞めると誓ったゲボルト達に何か手助けをしたいとリリアが言い出し、早速今後の村の役に立つかもしれないと、掘れば水が出そうな場所と、蜂を木箱で飼う養蜂の方法を教え始めたのだ。
巣箱を作りながら、村人達はリリアの説明に真剣な眼差しで聞き入っている。その様子を少し離れた場所から見守っていたクロウは辺りを見回す。
村は高い木々に囲まれた中にあり、北西に山、南側は開けていた。
『きっと大丈夫よ。アカシアの木があって、近くに川や沼も無い。ここは広葉樹林が広がる山のすそ野。蜂を飼うのにいい条件がそろっているわ』
リリアはそう言っていた。
今後は、少々痩せた土地でも育つクローバーを植えるなど、蜂蜜を少しでも多く採取できるようになる助言までしていた。
クロウは、出会ってからずっと彼女の知識に驚かされてばかりいる。
リリアは祖父に育てられたと言っていた。そのたった一人の肉親だという祖父も最近亡くなったとも。
彼女を育て、知識を授けたその男に会ってみたかったとクロウは思う。
『シャイル』
彼女がうわごとで何度か口にした男の名前だ。おそらく、彼女の祖父の名ではないだろう。
なぜか、その名がひどく気になっている。一度尋ねようとしたのだが、『知ってどうする?』と冷ややかなもう一人の自分の声が押しとどめた。
クロウは軽く頭を振る。
気付けば、リリアの事ばかり考えてしまっている。
「今は何より,リリアを王都へ無事送り届ける事が先決だ」
遠回りになってしまったが、確実に王都は近づいていた。
「ねえ、黒い髪と黒い瞳ってすっごく珍しいね。どこの国の人?」
「モテるんでしょ?」
「かっこいいね! それに、めちゃくちゃ強いってみんなが言ってた。お頭達にたった一人で勝ったんでしょ?」
「どこから来たの? あの子とどこに行くの?」
話し合いが終わればすぐにここを発てるように愛馬の世話をしながら物思いに沈んでいたクロウは、あっという間に三人の娘達に取り囲まれてしまった。村に住む十歳から十六歳の娘達だ。彼女達はいっせいにおしゃべりを始める。
この村に来てからずっと見られている事に気づいていたが、ルイがいないので近づいて来ないと高をくくっていたのだが、その予想は大いに外れたようだ。
「背が高いね!」
「何歳なの?」
興味津々な様子で、さらにクロウに詰め寄って来る。
クロウはげんなりとする。
ルイに比べれば少ないとはいえ、クロウの髪と瞳の色がこの国では珍しいせいか、時折こうしてまとわりつかれることがあるのだ。
「あっちに行っていろ。邪魔だ」
「え~。冷たいんだ。あの子には、すっごく優しいのにね」
「ねぇ~」
「ねぇ~」
じろりと視線を向ければ、『きゃあ~』と声を上げながら、彼女達は慌てて走り去って行った。
クロウの周りに再び静けさが戻ってきた。
「あまり冷たくしてやってくれるな。あの子らは、あんたみたいな見栄えの良い男が珍しいんだ。可愛いいじゃないか」
「……リリアとの話は終わったのか?」
訳知り顔で近づいて来たゲボルトに、さらに冷ややかな視線を向ければ、彼は両手を軽く上げ、大げさに首をすくめる仕草をする。『やれやれ』と声が聞こえてきそうな表情だ。
「ああ。今はゆっくり休んでもらっている。……しかし、不思議な娘だ。自分を売るために掻っ攫ってきた連中に熱心にいろいろ教えてくれるのだからな。あの娘はいったい何者なんだ?」
「さあな。俺は単なる護衛で、彼女の事は何も知らない」
本当に、リリアの事を何も知らなかった。クロウは自分の胸の奥がジリッと焦げるような痛みを感じていた。
「そうか……。このままこの村でずっと暮らしてくれないだろうか?」
「無理だな」
「おい、即答だな。まあ、当然か。リリア本人が『王都で大切な用事がある』と言っていたのだしな」
「リリア? だと?」
「おい、睨まんでくれ。……まさか、あの娘の名前を呼んじゃいけなかったのか?」
「……俺が決める事じゃない」
「……」
ゲボルトは一瞬妙な顔をしたが、気を取り直したのか、表情を引き締めた。
「ここは、いつ発つつもりでいるんだ?」
「暗くなる前には次の町に入りたい。リリアとの話が終わったのなら、すぐにでもここ発つつもりだ」
「そうか……。とても残念だが、仕方がないな。女達が食事を用意している。食べる時間くらいはあるだろ?」
「貴重な食料を振る舞ってしまって大丈夫なのか?」
「なぜか今日に限って獲物がたくさん捕れたんだ。だから気にするな。それに恩人に何もせず送り出したくないんだよ」
そう言って笑いながら歩き出したゲボルトの後にクロウも続いた。
彼の家にはすでに大勢の村人達が集まっている。
リリアは部屋の奥に座っていた。彼女のまわりにはゲボルトの幼い息子を含んだ村の子供達がまとわりついている。村人の大人達も入れ替わり立ち代わり彼女に声を掛けていた。彼女の前には、肉や魚、野草や木苺などが盛られた大皿が置かれ、おそらくリリアが分け与えたであろうあのスープの美味そうな匂いが入り口にまで漂っている。
「みんな集まったようだな」
ゲボルトが声を掛けると、一同はピタリと口を閉じた。静かになったがここに集まった村人達の目から熱意が伝わってくる。
この村はきっと良くなるだろう。クロウにはそんな気がしていた。
「この村は、幸運にも精霊の乙女の加護を受ける事が出来た。昨日みんなで話し合ったとおり、この大地と子供たちの為、そしてこの恩義に恥じないよう、これから生活を一新しようではないか! さあ! 我らの恩人を送り出す宴だ。みんなも大いに楽しんでくれ。明日からも厳しい生活が待っている。だが、これからも助け合って乗り越えて行こうじゃないか!」
腹に響くゲボルトの叱咤激励に男達が一斉に『おう!』と応じ、女達は目頭を押さえている者や手を叩いて喜びの声を上げている者もいて、室内はさらなる熱気に包まれた。子供たちも『おとめ! おとめ!』と騒いでいる。
「困ったわ。私は精霊の乙女ではないのに……」
「リリア」
困惑しているリリアの名を呼ぶと、弾かれたようにリリアが振り返った。
「クロウ!」
ゲボルトと共にリリアの隣に腰を落ち着けると、彼女はほっとした表情で迎えてくれた。
「……すごい事になっているな」
「そうなの。すごい事になっているの」
クロウが微笑むと、リリアも笑顔になった。
久しぶりに見る心からの笑顔だった。
クロウとリリアは一時ほどゲボルト達の好意に甘えると、別れを惜しむ村人達に見送られながらここから一番近い町リラへと出発した。その町を過ぎれば王都までは馬でたったの半日だ。
「なんとか、夕方までには町に入れそうだな」
「え? そ、そう……」
村を後にし、二人だけになってからリリアの様子がおかしい。前を向いて座る彼女の表情は見えなかったが、ひどく緊張をしているのは分かる。馬に不慣れな彼女はこれまではずっとクロウに身を任せてくれていたのに、今はなぜか真っ直ぐに背を伸ばし、自分との間に僅かな隙間を取り続けている。
「どうした? そんなに体を強張らせていると、また熱が出るぞ」
「え⁈」
振り向いた彼女の顔はひどく不安そうに見えた。
「リリア。具合が悪いなら我慢せずに言ってくれ」
「ち、違うの」
リリアは慌てたように大きく首を振る。その動きに合わせて柔らかな淡い金色の髪が揺れた。酷く思いつめた様子のリリアの表情に、クロウは一旦馬を止め、彼女の返答を静かに待つ。
「……違うの。クロウに迷惑ばかりかけているから、これ以上嫌われないようにしようと思って──」
「迷惑? 嫌う……?」
意味が分からなかった。
リリアに迷惑を掛けているのはクロウの方だ。リリアに対し『迷惑』などと感じるわけも無い。その上彼女を『嫌う』などありえなかった。
(ずっと塞ぎ込んでいたのは、俺が彼女の事を嫌っていると思っていたからだというのか? 俺は彼女に誤解を与えるような言動か振る舞いをしていた……?)
「俺は……」
慌てて誤解を解こうとしたちょうどその時、遠くから只ならぬ音が聞こえてきた。クロウは弾かれたように顔を上げる。
ここはちょうど町に向かう二つの道が一つに合わさっていた。音は自分達が来た道とは別の道の方向からだった。それもかなり緊迫した気配を感じ、クロウは馬に乗ったまま道の脇の茂みに急いで身を隠す。
「ク、クロウ?」
振り仰ぐリリアの眼差しはひどく怯えていた。
「恐らく盗賊だろう」
「!」
「大丈夫だ。俺がいる。それに、木の茂みが俺達を隠してくれる」
震えだした華奢な両肩に手を添え、あえて穏やかに声をかける。彼女は小さく頷くと、再び前を向いた。クロウは少しでも彼女の心が落ち着くようにと、その柔らかな金色の髪の頭を優しく撫でた。
だが、道の先を見据えていたクロウの眼差しは厳しさを増す。
だんだんと大きくなる馬の蹄の音と馬車の車輪の音に交じって、大勢の男達が争う声と金属がぶつかる音までもが聞こえ始めたのだ。
ガラガラガラガラッ!
道の先に馬車が姿を現した。
(商人の馬車か……)
ものすごい勢いで走って来る馬車に並走しながら、護衛らしき男達と盗賊達が剣を交えている。護衛の男達はかなりの強者ぞろいのようだが、盗賊の数が多くかなり苦戦を強いられていた。
馬車がクロウ達の隠れている茂みの前に差し掛かったちょうどその時、護衛の男が切り結んでいた男の腕を斬り飛ばした。血しぶきが噴き出す。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
その光景を目の当たりにしてしまったリリアの喉から悲鳴がほとばしった。盗賊の数人が、馬の向きを変えるのが見える。
気付かれたのだ。
「リリア! 鞍にしっかりと掴まっていろ! 身は低くだ!」
クロウはリリアの体を急いで伏せさせ、走り寄って来る盗賊達の前に茂みの中から躍り出る。盗賊達が驚き一瞬怯んだその隙に、走り去る馬車の方へ馬首を向け、自らその戦闘の中へ突っ込んで行った。
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