第13話 王城。
大陸の中央よりやや西方に位置する国──ベルンシュタイン。
大地の精霊に愛された国と呼ばれ、四季がしっかりと分かれたこの国では、季節ごとにいろいろな表情を見ることができた。
暖かく穏やかな春、国中が色とりどりの草花で華やぎ、夏になれば日差しは容赦なく照りつけてくるが、優しい雨が大地を潤し、木々を青々と茂らせていく。
そして大地が黄金色に染まる秋には、穀物や果物が豊かに実り、国中が至福の時を迎える。その後訪れる冬がどんなに厳しい寒さに包まれ、辺り一面が真っ白で冷たい雪に覆われたとしても、再び新たな生命が芽生える暖かな春が必ず訪れるのだ。
そんな自然の営みにベルンシュタインの民は心から感謝し、この国を守る国王とその家族をこよなく愛していた。
彼らが敬愛する国王が住まう白亜の城は、青く澄んだ広い湖を見下ろす小高い丘の上に聳え立ち、その城下街として栄える王都シェンドラは、その王城を臨む大きく美しい都だった。
かつて、ガルロイ・ラフィットはその白く輝く王城で近衛兵として暮らしていた。
伯爵家の次男として生まれた彼は、十八歳になると国王専属の近衛隊に入隊し、国王陛下の警護を担っていたのだ。
王城へ来て四年目の春。
その日は春と呼ぶにはまだまだ寒く、空気が澄み切った早朝に、王女リリティシアがお生まれになった。国中が喜びに包まれた事は言うまでもない。
ガルロイは王女のおそば近くで、彼女の成長をつぶさに見守る日々を送っていた。
『おはようございます。王妃様、今から中庭へお出になられるのですか? 今日は五月のまだ初めだというのに、朝から日差しが強ようございます。姫様には少し眩しすぎるかもしれません』
『まあ、そうなの? ガルロイ、それでは今日は木陰でゆっくりと過ごした方がいいわね』
そう言って朗らかに微笑むエレーネ王妃は、森の精霊の末裔を呼ばれるヴァルトヴァイゼ家出身のとても美しい女性だった。
木漏れ日を紡いだように淡く輝く金色の髪、澄んだ泉を思わせる薄青い瞳、雪のように白い肌は滑らかで、国外を問わず求婚者が殺到したと言われている。
その美しい彼女の心を射止めたのは、その頃まだ王太子であったアルフレッドだった。二人は一年間の婚約期間を終え、無事婚姻を結ばれた。
その時、アルフレッドは25歳、エレーネは17歳だった。
彼らの婚姻を見届けるようにその翌年、アルフレッドの父であった国王グランツ・フォン・アーレンベルグが死去した。74歳だった。
すぐさま国王の座に着いたアルフレッドは、若くとも亡き父王に代わりしっかりと国を統治していた。
だが、老獪な王から年若い王へ変わった事で、豊かな資源を求め隣国が攻めて来た事は一度や二度ではない。
その度にアルフレッドは自ら軍を率い、戦場では勇敢にも兵達の先頭に立って見事な戦いを見せていたと、共に戦った臣下達の間では語り草になっている。
若き王の勇ましい姿を見て兵士達もおおいに奮起し、彼が率いるベルンシュタイン軍は必ず勝って帰って来た。
しかし、日夜戦に明け暮れる日々が続く中、とても仲の良い夫婦ではあったがなかなか子宝に恵まれなかった。待望の第一子リリティシア王女が生まれたのはアルフレッドが32歳の時だった。
その頃にはすでに近隣諸国にベルンシュタイン軍の強さが知れ渡り、アルフレッドが兵を率いて戦に出かける事もなくなっていた。
『今日も姫様はご機嫌のご様子でございますね』
エレーネ王妃は幼い娘を自ら腕に抱き、従女達を引き連れて城の中庭をよく散歩をされていた。ガルロイは王妃の腕に抱かれたあどけない王女の顔をそっと覗き込むことが楽しみの一つだった。
生まれたばかりの頃はあまりにもの小ささに無事にお育ちになるのかと心配もしていたが、日を追うごとにどんどん可愛らしくなっていく王女のその愛くるしい姿にいつも口元を緩めていた。
さらに、王女はこの国の祖にあたる精霊の乙女と同じ珍しい翠緑の瞳だった。その瞳で見つめられると、どんなにささくれた気分の時でもふんわりと温かい気持ちになるのだ。
『おや、私を置いてリリティシアとお散歩かい? 私の妃殿は』
甘さを含んだ澄んだ声に、王妃の従女達が色めき立つ。
黄金を溶かしたような金色の髪。目の覚めるような青い瞳。従女達でなくとも見惚れる眩い姿の国王が現れると、どんな場所でも不思議と華やいで見えた。
国王であるアルフレッドは公務の合間を縫って、王妃と愛娘によく会いに来ていた。
『陛下。今朝の会議はもうお済になりましたの?』
王妃がおっとりと尋ねると、彼は愛おしそうに目を細める。
『ああ、大急ぎで済ませてきたよ』
アルフレッドは微笑みながらエレーネに歩み寄ると、彼女の細い腰を優しく引き寄せ、リリティシアごと王妃を抱きしめる。
そして側近達が居ようが居まいがおかまいなしに愛する妃と娘に唇を寄せては、蕩けそうな眼差しで二人を見つめるのだ。
『エレーネ。少し離れている間にまた美しくなったのではないか?』
『陛下、朝食を共に取られてからまだ数時間しかたっておりませんよ』
側近であるオスカ・フェッセンが指摘しても一向に気に留めた様子もなく、愛娘の柔らかな頬をそっとつつきながら幸せそうに呟く。
『ああ、本当にリリティシアは私によく似ている』
『どこがです? 姫様は王妃様にはとてもよく似ておられますが、陛下にはあまり似ておられませんよ』
『姫様を例えるなら、朝の澄んだ森の中に射し込む木漏れ日のようなきらきらとした輝きですが、もし陛下に似ておられたとしたらきっと真夏の太陽のようにぎらぎらとした輝きを放っておられたでしょうね』
オスカが再び間髪いれずに指摘し、彼らを背後で見守っていた宰相のラファル・ディセントも異議を唱えると、アルフレッドは緩んだ口元を不敵な笑みに変えた。
『オスカもラファルも、おまえ達はよく出来た奴だといつも思っていたが、その目はどうやら節穴だったようだな。リリティシアの耳をよく見てみろ。これほど私に似ているのに、今まで気づいていなかったのか?』
『『耳?』』
臣下達の声が重なる。確かに王女の髪の色や顔の作りは王妃によく似ていた。
だが、耳の形は国王にそっくりだったのだ。
『どうだ。そっくりだろ?』
『本当ですね。陛下の耳にこれほど似ておられたとは……』
オスカが感嘆の声を漏らすと、その場が明るい笑い声で包まれた。
その頃、ガルロイを含めベルンシュタイン国の貴族や民達は誰一人としてこのような平和な日々が永遠に続くものと信じて疑う者などいなかった。
しかし、その年の暮れも差し迫ったある日、国王が倒れた。
疲労が重なったのが原因だと三日間の休養を取られ、すぐに公務へ復帰されていたので誰もがほっと胸をなでおろしていたのだが、実はこの頃から暗い影が彼らの身の上に忍び寄り始めていたのだ。
リリティシア王女が一歳の誕生日を迎え、その一カ月後の花祭りの時に王女のお披露目式も共に行う事が決まり、王都はこれまでにないほどの賑わいを見せていた。
王城で働く者が皆準備に追われ多忙な日々を送る中、見張りを交代し休憩の為近衛隊の詰め所へ向かっていたガルロイは、人気の無い古い塔の近くで西の砦を任されていたクラード・フクス将軍の姿を見つけた。警護上、来城予定のリストを頭に叩き込まれていた彼は引っ掛りを覚えた。
彼が王都へ来るのは、まだ先のはずだったからだ。
『フクス将軍殿』
不審に思ったガルロイが近づきながら声を掛けると、あっという間に数名の兵士達に取り囲まれてしまった。
『これは、どういう事でございますか? フクス将軍』
『将軍! この者は私どもにお任せ下さい。さあ、お早く!』
兵の一人が話す言葉にわずかな隣国リコスのなまりがあった。悪い予感に背中を嫌な汗が流れる。
『いや、おまえ達の手でどうにかなる男ではない。この男は昨年の剣術大会で優勝しているのだぞ』
兵達がざっと場所を空けると、フクス将軍は微苦笑を浮かべ剣を抜いた。ガルロイの悪い予感は当たっていたのだ。
『これも国の為だ。悪く思うなよ』
そう言うと、数多の戦歴を持つ将軍はガルロイに向かって突進してきた。砦を任されるほどの猛将であったフクス将軍に敵うはずも無く、敗れたガルロイは意識不明のまま生死を彷徨うこととなった。
ガルロイが奇跡的に息を吹き返した時には、ベルンシュタイン国は一変していた。
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